1982年2月4日、西ドイツ・ガルヒングのマックスプランクプラズマ物理研究所で、Fritz Wagnerは中性ビーム加熱実験中に予期しない現象に遭遇した。プラズマの閉じ込め性能が突然2倍に跳ね上がり、縁部の乱流がほぼ消滅したのだ。後にHモード(High-confinement mode)と名付けられるこの状態は、核融合炉の実現に向けた最大の跳躍台になった。ITERの設計はHモードを前提とし、世界中のトカマクがHモード運転を標準としている。
ただし、Wagner自身が当初から気づいていたように、Hモードには代償が伴う。閉じ込めが良くなるほどプラズマ縁部に圧力が溜まり、やがて耐えきれなくなって爆発的に放出される。この周期性の不安定現象がELM(Edge Localised Mode、縁起局在モード) だ。1996年にはASDEX Upgradeのデータに基づく系統的な分類が進み、2000年代初頭にはpeeling-ballooningモデル(プラズマ縁部の電流勾配と圧力勾配が結合して引き起こす磁気流体力学的不安定性)として理論的枠組みが確立した。
問題は規模にある。Type-I ELMは1回の事象でプラズマ蓄積エネルギーの最大10%を数百マイクロ秒の間に壁面へ叩きつける。ITERのタングステン製ダイバータ板が受けるELM熱負荷は1平方メートルあたり0.5〜1.5メガジュールと見積もられており、これは瞬時にタングステン表面を溶融させる水準だ。繰り返し受ければ再結晶化、巨視的亀裂、冷却系の臨界熱流束到達へと連鎖する。商用炉で数年にわたり連続運転するには、ELMを許容できない。
「圧力を逃がす」4つの流儀
英国原子力公社(UKAEA)のCulhamキャンパスにあるMAST Upgradeは、アスペクト比の低い球状トカマク(主半径0.8メートル、小半径0.5メートル)として、このELM問題に正面から取り組んできた。2025年から2026年にかけて実施された第5次実験シリーズでは1,100発以上の核融合プラズマを生成し、ELMを抑制した状態でMAST Upgrade史上最高のプラズマ圧力を記録した。2026年8月6日にUKAEAが発表したこの成果は、エディンバラで開催された欧州物理学会プラズマ物理会議2026でも報告されている。
特筆すべきは、ELM抑制に4つの独立した手法で同時にアクセスした点だ。それぞれのメカニズムは異なるが、共通する原理は「圧力が臨界に達する前に小出しに逃がす」ことにある。
QCEモード(Quasi-Continuous Exhaust mode) は、プラズマ縁部に高周波・低振幅のフィラメント構造を発生させ、圧力を連続的に bleeding(排出)する。大きな爆発が起きる前に小さな穴から空気を抜き続けるイメージだ。EUROfusionの最近のレビュー論文では、QCEモードで達成されたペデスタル頂上の値が通常のELM付きHモードと正規化後ほぼ同等であることが示されており、閉じ込め性能を犠牲にしない点が強みとされている。
RMP(Resonant Magnetic Perturbations、共鳴磁気擾乱) は、装置内部のコイルで3次元的な磁場擾乱を印加し、プラズマ縁部の圧力勾配を局所的に崩すことでELMの発生条件そのものを回避する。MAST Upgradeでは2列の容器内コイル(中間面上方に4本、下方に8本)を用いており、低アスペクト比トカマクでのRMPによるELM抑制は世界で初めて観測された。
QHモード(Quiescent H-mode) は、縁部にEdge Harmonic Oscillation(EHO)と呼ばれる電磁的不安定性を定常的に維持し、余剰熱を連続的に排出する。ELMのような突発的爆発ではなく、穏やかな振動として熱を逃がす仕組みだ。
Iモード(Intermediate-mode) は、縁部に急峻な温度障壁を形成しながら粒子だけは通過させるという非対称な輸送特性を利用する。熱は閉じ込め、粒子(とそれに伴う圧力)は逃がすことで、ELMの引き金となる圧力蓄積を防ぐ。
| 手法 | メカニズム | 圧力排出の様式 | 閉じ込めへの影響 |
|---|---|---|---|
| QCEモード | 縁部の高周波フィラメント | 連続的・低振幅 | ペデスタル頂上はELM付きHモードと同等 |
| RMP | 3次元磁場擾乱による圧力勾配の局所崩壊 | 連続的 | 軽微な閉じ込め低下の可能性 |
| QHモード | EHO(縁調和振動)による定常排出 | 連続的・振動的 | Hモード閉じ込めを維持 |
| Iモード | 温度障壁と粒子輸送の分離 | 粒子のみ選択的に排出 | 温度閉じ込めは良好 |
4つのモードを同一装置で実証した意味は大きい。MAST UpgradeのJames Harrison(MAST Upgrade科学部門長)は「4つの安定な高性能プラズマ運転領域にアクセスしたことは、将来の核融合炉の設計に直接的に影響を与える」と述べている。異なる装置で個別に確認されていた手法を、一つの球状トカマク上で統合的に検証できたことで、ITERやSTEPの設計選択肢が広がった。
光でプラズマの位置を掴む
第5次実験のもう一つの成果が、プラズマ位置のリアルタイム制御技術だ。MAST Upgradeチームは、上下のダイバータ(排気系)から放出される重水素の可視光を測定し、プラズマの微小な位置ずれを検出する手法を開発した。UKAEAはこれを「世界初の手法」と位置づけている。
なぜ位置制御が重要なのか。核融合プラズマは数億度の温度を保ちながら、容器壁に接触しないよう磁場で浮かせ続ける必要がある。位置がわずかにずれれば壁面への熱負荷が局所的に集中し、機器を損傷する。商用炉では人間が常時監視・操作することは非現実的であり、自動化されたリアルタイム制御系が必須になる。今回の可視光による検出手法は、その制御系への入力信号として使えることを示した。
Super-Xダイバータと窒素放射冷却の統合
ELMを抑制しても、プラズマから逃げてくる熱そのものは消えない。この排熱をどう処理するかが、もう一つの大きな課題だ。MAST UpgradeはSuper-Xダイバータという独自の排気構造を持つ。通常のダイバータでは磁力線が容器壁にほぼ垂直に近い角度(約8度)で入射するのに対し、Super-Xでは磁力線の接続長を12メートルから22メートルに延ばし、入射角を約1度まで浅くする。これにより、付着状態でダイバータターゲットのピーク熱流束を少なくとも10分の1に低減できることが実測されている。
さらにチームは、プラズマ縁部に少量の窒素を注入する放射冷却も実証した。窒素イオンがプラズマの排熱を光として体積的に放出するため、熱が壁面に到達する前に散逸する。Super-Xジオメトリだけでは商用炉の熱負荷を十分に下げきれない場合、この不純物放射冷却の併用が必要になるとUKAEAはみている。
MAST UpgradeのSuper-Xダイバータは、密閉型のバッフル構造を持ち、上下両方のダイバータ室を独立に制御できる点で、球状トカマクとしては世界初の詳細な研究プラットフォームになっている。
負の三角形度が開くELMのない世界
第5次実験ではもう一つ、国際核融合コミュニティが注目する取り組みが含まれている。「負の三角形度(negative triangularity)」と呼ばれるプラズマ形状の探索だ。通常のトカマクではプラズマ断面がD字型(三角形度が正)をしているが、これを逆向きに反転させると、ELMを伴わない高功率運転が可能になることが理論的に予測されていた。MAST Upgradeでは低アスペクト比トカマクとして初めて、負の三角形度によるELM付きHモードから高性能Lモードへの遷移を観測している。
この形状が商用炉で採用されれば、ELM抑制のための追加コイルや制御系が不要になる可能性がある。装置の簡素化は建設コストと保守性に直結する。
STEPへの道筋と残された問い
MAST Upgradeは今年中にさらなる強化を受ける。中性ビーム入射器を2基追加して加熱容量を現在の約3.8メガワットから倍増させ、加えて電子バーンスタイン波(EBW)加熱システム(1.6メガワット)を導入する。EBWは高密度プラズマ内部に高周波の静電波で加熱と電流駆動を行う技術で、STEPでの採用が計画されている。第6次実験は2028年に予定されており、UKAEAの2026〜2030年戦略では「STEPのプラズマシナリオに必要な閉じ込めと電流駆動の実験的裏付けを提供する」と明記されている。
STEP(Spherical Tokamak for Energy Production)は、ノッティンガムシャー州West Burtonの旧石炭火力発電所跡地に建設される英国の核融合原型炉で、2040年代初頭の運転開始を目標としている。英国政府は13億ポンドを投じ、UK Fusion Energy Ltdが建設を主導する。MAST Upgradeの成果は、この炉の設計に直接反映される。
ただし、今回の成果を過大評価しないための留保も必要だ。MAST Upgradeのプラズマ電流は最大1メガアンペア(設計値2メガアンペア)であり、ITERの1,500万アンペアとは桁が2つ違う。ELM抑制手法がITER規模のプラズマで同じように機能するかどうかは、まだ検証されていない。QCEモードのアクセス条件がセパラトリクス密度に依存することも分かっており、商用炉の運転条件で同じパラメータ領域に到達できるかは今後の課題だ。さらに、4つのモードを「実証した」とはいえ、長時間の定常維持や、核融合反応が支配的になる燃焼プラズマ条件下での検証は、MAST Upgradeの規模では原理的に不可能である。
ELMとの戦いは、Hモードの発見から44年が経った今も続いている。MAST Upgradeの実験はその戦いにおいて、初めて複数の武器を同時に使えることを示した。次の問いは、その武器が本物の戦場で通用するかどうかだ。



