ASMLの独占はいつまで続くのか。半導体業界でくすぶるこの問いに、Elon Muskがたった二語のX投稿で応じた。TSMCやSamsungの事業計画までも左右してきたEUV露光装置の独占を前に、TeslaとSpaceXを率いるMuskはテキサス州に巨大半導体工場「Terafab」を計画し、自前の製造能力を志向してきた。
「FEL FTW」——Free-Electron Laser, For The Win。MuskがXでそう投稿したのは2026年8月6日のことだ。ASMLの独占を揺るがす可能性があるとすれば、主因は技術そのものより、光源を「装置の部品」から「工場のインフラ」に変える発想の転換にある。Terafabで検討されているとみられる集中型のFEL光源は個々の露光装置に収まらないほど巨大で、複数装置での共有が前提になりうるからだ。
LPP方式はなぜ電力を食うのか、FEL方式が変える仕組み
ASMLの現行EUV露光装置はLPP(レーザー生成プラズマ)方式を採用している。真空チャンバー内で直径数十マイクロメートルのスズの微小滴を秒間約5万回のペースで飛ばし、そこにCO2レーザーを照射してプラズマ化することで波長13.5nmのEUV光を生み出す。この方式はスズという物質を介した間接的な発光であり、投入した電力のうち実際にウェハ上で使えるEUV光として得られるのはごく一部にとどまる。
FEL(自由電子レーザー)方式は原理が異なる。高エネルギーの電子ビームを、磁石を交互に並べた「アンジュレータ」に通すことで電子を蛇行させ、そのまま直接EUV光を放射させる。スズという中間物質を経由しないためスズ蒸気による光学系の汚染がなく、エネルギー変換の途中で失われる損失も少ないという。財聯社が伝えた推計では1kWのEUV出力を得るのにLPP方式は約4.4MWの入力電力を要するのに対し、FEL方式は理論上約0.7MWで済むという。36氪は同条件でFELがLPP比消費電力を4分の1から5分の1に抑えられるとしており、報道によって倍率にはばらつきがあるものの、数倍から6倍程度の省電力化が見込める点はおおむね一致している。
比較対象として、ASMLの0.33NA EUV機の消費電力は約1170kW、次世代の0.55NA(High-NA)機は約1400kWに達する見込みだ。露光装置1台がこれだけの電力を常時消費する現状に対し、FEL方式が謳う省電力性は、Terafabをはじめとする自前で大量の電力を賄う必要がある巨大施設にとって無視できない意味を持つ。ただし財聯社が報じる集中型のFEL構想では、装置自体が加速器とアンジュレータを含む大掛かりな設備になり、通常の半導体工場に収まる大きさではない。理論上は波長を精密に調整でき6ナノメートル台以下への短波長化も見込めるとされるが、この巨大な設備の設置面積は、開発コストや連続運転の信頼性確保といった課題と並び、FELが長年実用化されてこなかった要因の一つとされる。
xLightの2028年試作とTerafab量産計画の間にある溝
FEL方式やそれに類する次世代光源技術に取り組む企業は複数存在する。TAU SystemsやInversion Semiconductorといったスタートアップも、レーザー駆動の小型加速器を使った同種の光源技術を追っている。ただし量産レベルでEUV光源を供給した実績を持つ企業はどこにも存在せず、最も具体的なロードマップと政府支援を得ているのがxLightだ。
元Intel CEOのPat Gelsingerが会長を務めるこのスタートアップに対し、米商務省はCHIPS法の枠組みで2026年6月、1.5億ドル相当の株式を取得する形での支援に正式合意した。政府がxLightの主要株主の一角を占めることになる。xLightはこれに先立ち、Playground Global主導のベンチャーラウンドで4000万ドルの民間資金も調達しており、政府出資と民間資金の両輪で開発を進める体制だ。xLightはニューヨーク州オールバニのNanotech Complexで2028年に試作機を実証する計画だ。
政府がxLightに取得した1.5億ドル相当の株式は、1ドル=159円(2026年8月12日時点)換算で約238億円に相当する。一方、Terafabの第1期投資額は168億ドル、円換算で約2兆6700億円とされる。両者を単純に比較すると、政府がxLightに投じた出資規模はTerafab第1期投資のわずか100分の1程度にとどまる。この出資規模と、量産実績のないスタートアップという体制で、2028年の試作機実証から先、実際に工場で使える量産光源を仕上げられるかは未知数だ。
Terafabはテキサス州グライムス郡での建設計画が進んでおり、TrendForceの報道はエンジニア採用の動きからDRAMを中心としたメモリ工程が先行する可能性を指摘している。EUV露光を要する最先端ロジック工程がTerafabでいつ立ち上がるかは公式に示されていないが、xLightの試作機実証が2028年である以上、少なくとも現行のロードマップ通りに進む限り、それより前にFEL方式のEUV光源がTerafabで稼働する可能性は低い。ASMLは過去にFEL技術を検討したものの、効率向上が限定的な割に開発費が高いと評価し優先しなかった経緯があると、匿名の情報源を引用してBits&Chipsは報じている。業界最大手が及び腰だった技術を、Terafabという特異な規模の需要が再び持ち上げている構図が浮かぶ。
独占の中心が動く、光源が「部品」から「インフラ」に変わるとき
ASMLがEUV露光装置市場で握る立場は突出している。7nm以下の先端プロセス向けEUV露光装置では量産可能な競合が存在せず、TSMCやSamsungといった先端ファウンドリはASMLの供給計画に事業計画を合わせざるを得ない状況にある。この独占構造を支えてきた前提の一つが、光源が露光装置1台ごとに内蔵される設計だ。LPP方式のCO2レーザーとスズ滴発生装置は装置本体と一体で設計されており、光源とその周辺の光学系やマスク、制御システムを切り離して調達することは想定されていない。
Terafabで検討されているとみられる集中型のFEL光源は、物理的に巨大で個々の露光装置には収まらず、1基の光源を建屋内の複数の露光装置で共有する設計になるとみられる(TAU SystemsやInversion Semiconductorはより小型のアプローチを模索しており、大型化はFEL技術全般に共通する制約ではない)。それでもこの制約は、装置ごとに光源を内蔵するという前提そのものを崩す可能性を持つ。光源が装置ごとの「部品」から、工場全体で共有する「インフラ」へと役割を変えることを意味し、Terafab規模の巨大施設だからこそ、この設備の設置面積の大きさが障壁ではなく前提条件として成立する。
もっとも、光源の内製化が実現してもASMLへの依存が消えるわけではない。財聯社が指摘する通り、露光に必要な光学系やマスク、制御システムといった要素は光源方式が変わっても引き続きASMLの技術に頼る部分が大きい。EUV露光装置の中でも特にコストと電力を左右する光源という一要素が切り離される可能性がある。
独占を支えてきた「一体設計」という前提に、FEL光源の物理的な巨大さという技術的な穴が空きつつある。この変化を動かしているのは事業戦略上の判断ではない。装置に収まらないという物理的な制約が、構造転換を強制している。
日本の装置メーカーとエネルギーコストへの接点
Terafabをめぐっては、東京エレクトロンやApplied Materialsといった装置メーカーへの接触がsbbit.jpなどで報じられており、国内の半導体製造装置サプライチェーンにとって既に無縁の話ではない。FEL方式の採用が現実になれば、既存のLPP光源関連部材の需要構造にも影響が及ぶ可能性があり、光源そのものを手掛けていない日本の装置メーカーであっても、周辺の光学系や搬送系、制御システムの受注機会という形で影響を受けうる。
電力の観点でも接点はある。ASMLのHigh-NA機は約1400kWを消費すると見込まれており、電気料金の上昇は製造コストに直結する課題であって、国内の半導体関連企業にとっても無縁ではない。FEL方式が謳う数倍規模の省電力化が実証されれば、Terafabに限らず電力制約の大きい地域で工場を運営する事業者にとっても検討材料になるはずだ。ただし、これはxLightの試作機が2028年に実証され、その先の量産化が成功して初めて現実味を帯びる話である。
結局のところ、Muskの「FEL FTW」という二語が意味するのは、ASMLの独占が今すぐ崩れるという話ではない。xLightをはじめとする候補企業のうち、最も先行する一社が2028年の試作機実証を乗り越え、Terafabほどの規模の需要がその先の量産化を後押しできるかどうかに、EUV光源が「装置の部品」から「工場のインフラ」へ変わる未来がかかっている。
