米メリーランド大学やヴァンダービルト大学などの研究チームが、硫黄から従来より多くの電子を取り出せるリチウム硫黄電池を開発した。塩化物を利用して硫黄の反応範囲を広げ、実験では硫黄1g当たりの容量と平均電圧の両方を高めた。

研究成果は9月10日付の査読誌『Nature Energy』に掲載され、研究チームは小型のパウチ型電池でも充放電を試している。

ただし、目を引く「1,700Wh/kg超」という数字は、完成した電池全体の性能ではない。電極材料で得られた値、電池を構成する部材の重量から算出した値、パウチ型電池で確認した耐久性は、それぞれ分けて見る必要がある。

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硫黄から取り出せる電子を2個から3個へ

従来のリチウム硫黄電池では、硫黄が充放電に伴って0価とマイナス2価の間を行き来し、硫黄原子1個につき2個の電子が反応に関わる。

硫黄は軽く安価な正極材料として期待されてきたが、作動電圧の低さや反応速度、多硫化物が負極側へ移動する「シャトル現象」などが課題となっている。材料そのものの容量を増やしても、電圧が低ければ取り出せるエネルギーは大きく伸びない。

研究チームは今回、硫黄と塩素が結び付く反応を加え、充電時に硫化リチウムから二塩化二硫黄(S₂Cl₂)を生成する経路を設計した。

この反応では硫黄がプラス1価まで酸化されるため、従来の2電子反応にさらに1電子分を加えられる。放電時には逆方向の反応が起きる。

単に正極へ塩素を加えたのではなく、硫黄が利用できる酸化還元反応の範囲そのものを広げた点が今回の特徴だ。

論文の公開要旨によると、25℃、0.2Cでの試験では、平均作動電圧が従来方式の2.05Vから2.54Vへ上昇した。硫黄の質量を基準とする容量も58%増加した。

電池から取り出せるエネルギーは容量と電圧の両方で決まるため、今回の仕組みはその二つを同時に高めたことになる。

ただし、この「58%増」は電池全体に蓄えられるエネルギーが58%増えたという意味ではない。完成した電池では、正極以外にも負極、電解液、セパレーター、集電体などの重量が加わるためだ。

塩化物を供給しながら、反応生成物を正極に留める

塩素を反応に加えるだけでは、安定した充放電を繰り返すことはできない。

生成した二塩化二硫黄が電解液に溶け、金属リチウム負極側へ移動すれば、正極で次の反応に使う物質が失われてしまう。また、塩化物イオンが電解液中でリチウムイオンと強く結び付きすぎると、硫黄の酸化反応に利用しにくくなる。

研究チームは分子シミュレーションを使ってイオンの動きを調べ、反応に利用できる遊離した塩化物イオンを確保しやすい、イオン液体を含む電解液を選んだ。

同時に、生成した二塩化二硫黄が電解液へ溶け出しにくくなる条件を整え、正極付近に留まるようにした。

大学の発表によると、複数の分光法を使い、充放電に伴って硫黄の化学状態が変化することも確認している。

別の条件で行った実験からは、電解液の組成を変えるだけでは十分ではないことも分かった。

正極にLiClを含む別の電解液を使った場合でも、硫黄を高い電圧側まで酸化する反応そのものは起きた。しかし、生成物が電解液へ溶け出し、多くの活物質を正極に留めることができなかった。

つまり今回の仕組みで重要なのは、塩化物を供給するだけではない。生成物を正極付近に留め、次の放電で再び反応に使えるようにすることも必要になる。

論文の補足資料(Note 3)によると、塩化物の供給源は電解液だけではない。

正極に組み込んだ塩化リチウム(LiCl)が溶けながら塩化物を補給し、電解液中の遊離した塩化物イオンが反応を仲介する。

研究チームは、電解液そのものに由来するエネルギーは、電池全体の約2~3%にとどまると推定している。

これは、電解液を増やせばその分だけ容量を増やせる仕組みではないことを理解するうえでも重要だ。

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「1,700Wh/kg超」は完成した電池の性能ではない

論文に登場する三つの目立つ数字は、それぞれ対象が異なる。

電極材料の段階で算出した比エネルギー、電池を構成する部材の重量を想定した計算値、小型パウチ型電池の容量維持率を、すべて同じ「電池のエネルギー密度」として比較することはできない。

数値 何を示しているか 注意点
1,700Wh/kg超 論文要旨に示された電極段階の比エネルギー 負極や電解液、容器などを含む完成電池の実測値ではない
477Wh/kg 補足資料の表2で算出した電池部材の重量を含む比エネルギー 面積容量など一定の条件を置いた計算値。比較対象の従来型リチウム硫黄電池は346Wh/kg
100回後78% 小型の単層パウチ型電池で、100回の充放電後に残った容量 耐久性を示す数字であり、パウチ型電池のWh/kgではない

つまり、1,700Wh/kg超と477Wh/kgは同じ条件で測定された数字ではない。また、パウチ型電池について確認されたのは100回後の容量維持率78%であり、1,700Wh/kgや477Wh/kgがそのままパウチ型電池で実現したわけでもない。

1,700Wh/kg超は、論文要旨で電極段階の比エネルギーとして示された値だ。

一方、補足資料の表2にある477Wh/kgは、正極だけでなく、金属リチウム負極、セパレーター、電解液、集電体などの重量を加えて算出した値だ。

この計算では面積容量を4.00mAh/cm²としている。同じ条件で計算された従来型のリチウム硫黄電池は346Wh/kgであり、477Wh/kgという数字は、その設計条件でどの程度改善する可能性があるかを示している。

一方、大学の発表では、小型パウチ型電池について実測したWh/kgは示されていない。

補足資料の表2では、今回の正極について、搭載量を6.23mg/cm²、活物質の割合を90%、電解液の充填率を100%として計算している。

これらは477Wh/kgを算出するために設定した条件であり、実際のパウチ型電池で同じ条件と性能を確認したという意味ではない。

また、この計算に含まれるのは電極、セパレーター、電解液、集電体などであり、セルの外装やバッテリーパック全体まで含めた数値でもない。

実用化には電解液の削減と寿命の改善が必要

小型のパウチ型電池で100回充放電した後も初期容量の78%を維持したことは、コイン型セルを使った基礎実験から一歩進んだ結果といえる。

一方、ヴァンダービルト大学は、今回の試作品には実用化に向けた課題が残っていることも説明している。

試作品では正極に使う硫黄の量が比較的少なく、商用電池と比べて多くの電解液を使っている。また、負極には金属リチウムを採用している。

セルを大型化し、電解液の量を減らした場合にも同じ反応と性能を維持できるかは、今回の結果だけでは分からない。

金属リチウム負極にも別の課題がある。

充放電のたびに金属リチウムが析出・溶解を繰り返すため、負極と電解液の界面が劣化しやすい。正極で高い容量を実現しても、負極の劣化によってセル全体の寿命が先に尽きれば、その性能を十分に生かすことはできない。

この問題は補足資料の実験にも表れている。

当初の電解液を使って金属リチウム同士を向かい合わせた対称セルでは、安定して動作したのは約10サイクルにとどまり、約20サイクル後には過電圧が大きくなって短絡した。

そこで研究チームは、電解液に別の塩と硝酸リチウムを加えた。その結果、同じ対称セル試験で100サイクルを超えて安定した動作を確認した。

これは金属リチウム負極を安定させる方法の一つを示した結果だが、実際のパウチ型電池で長期間の寿命や安全性が確保されたことを意味するものではない。

今回の研究は、硫黄が利用できる反応範囲を広げることで、リチウム硫黄電池が抱えてきた低い作動電圧という課題を改善できる可能性を示した。

次に重要になるのは、正極へ載せる硫黄の量を増やし、電解液を減らした、より実用的な条件でも同じ性能を維持できるかどうかだ。

その条件でセル全体のWh/kgを実測し、長期間の充放電後にも容量を維持できれば、今回の「高容量・高電圧」という材料段階の成果が、実際の電池性能へどこまでつながるのかが見えてくる。