最先端の半導体チップ内部には、線幅数ナノメートルの微細な電子回路が刻み込まれている。この極小パターンをシリコンウェハーへ転写するEUV(極端紫外線)露光装置は、現代の情報社会を支える中核技術である。しかし、露光装置の稼働には1台あたり1MWを超える大きな電力が必要とされる。半導体受託生産大手のTSMCによる電力消費は台湾全体の約1割に迫る規模に達していると報じられており、製造コストや環境負荷の観点から消費電力の低減が急務となっていた。
理化学研究所光量子工学研究センターの高橋栄治チームディレクターや宇都宮大学の東口武史教授らによる国際共同研究グループは、波長2µm帯の固体レーザーを用いてスズからEUV光を取り出す実験において、複数のレーザービームを同時照射するマルチレーザー照射法の実証に成功した。筆頭著者は宇都宮大学大学院博士前期課程の長浜直輝氏であり、本成果は2026年7月19日に受理され、光学分野の査読付き学術誌『Optics Letters』に掲載された(DOI: 10.1364/OL.607856)。理化学研究所は2026年8月25日に本成果を公式発表した。
1台で1 MWを超えるEUV露光装置の消費電力という壁
半導体の回路パターンを微細化するには、波長13.5 nmという極めて短いEUV光を用いた露光が欠かせない。現在の量産型EUV露光装置では、真空チャンバー内に供給された微小なスズの液滴に高出力レーザーを照射し、高温高密度のスズプラズマを生成して波長13.5 nmの光を放射させている。
このプラズマを励起する駆動光源として広く用いられているのが、波長10.6 µmの炭酸ガス()レーザーである。炭酸ガスレーザーは大出力を得やすいものの、投入した電気エネルギーをレーザー光へ変換する効率が数%程度と低い。EUV光源用駆動レーザーは大きな消費電力に関わっており、露光装置全体として1台あたり1MWを超える電力を消費する要因の一つとなっている。
次世代のHigh-NA(開口数)およびHyper-NA露光装置に向けて光源パワーをさらに高める必要が生じる中、レーザーの低消費電力化が強く求められていた。そこで世界的に研究が進められているのが、電気から光への変換効率に優れる波長2µm帯の固体レーザーへの置き換えである。
しかし、2µm固体レーザーはEUV露光装置が必要とする高出力レベルには到達しておらず、実用化のめどはまだ立っていない。論文のアブストラクトが指摘するように、次世代リソグラフィー向けEUV光源パワーのスケーリングには、パルスあたりエネルギーを低減しつつ変換効率を高めることが求められる。1パルスあたりのレーザーエネルギーを抑えながら高い光変換効率を達成する新たな物理的手法が必要とされていた。
単一ビーム照射から2ビーム同時照射への転換
高橋チームディレクターらは、単一の超高出力レーザーに頼るのではなく、比較的低出力のレーザーを複数組み合わせて照射する手法の適用を試みた。
実験では、真空容器内に設置されたスズ金属の平板ターゲットに対し、波長2,090 nm、パルス幅20 ns、繰り返し周波数1 kHzで動作するホルミウム添加イットリウム・アルミニウム・ガーネット(Ho:YAG)固体レーザーを集光照射した。
まず単一ビーム照射条件において、入射角0度、総エネルギー40 mJ、集光スポット径40 µmの条件でスズ平板を加熱した。レーザー強度を変化させたところ、1平方センチメートルあたり約の集光条件でEUV光変換効率が最大値2.6%に達した。このとき、波長13.5 nmを中心とする帯域内発光の割合を示すスペクトル純度は最大8%を記録し、帯域外の不要な発光が強く抑制されていることが確認された。
研究グループは次に、総レーザーエネルギーを40 mJに保ったまま、ビームを2本に分割(20 mJ+20 mJ)し、入射角度からスズ平板ターゲットへ同時照射した。各ビームの集光スポット径を30 µmに調整することで、ターゲット表面でのレーザー強度を単一照射時と同一のに維持した。
その結果、EUV光変換効率は単一ビームの2.6%から2ビームの3.6%へと上昇し、約40%の効率向上を達成した。総エネルギーと照射強度を変えず、ビームの分割と多方向からの同時照射という幾何学的配置を変更しただけで効率が改善した。この3.6%という数値は、2µmドライバーを用いたスズ平板ターゲット実験において過去最高の報告値となった。放射流体シミュレーションによる理論計算でも変換効率は約3.2%と算出され、実験値の傾向が裏付けられた。このとき、プラズマの電子温度は約30 eV、電子密度は約と計算されている。
| 照射条件 | レーザー構成 | 1ビームあたりエネルギー | スポット径 | レーザー強度 | EUV変換効率 |
|---|---|---|---|---|---|
| 単一ビーム | 1本(入射角0度) | 40 mJ | 40 µm | 2.6% | |
| 2ビーム同時 | 2本(入射角度) | 20 mJ | 30 µm | 3.6% |
プラズマ冷却の抑制と発光プロファイルの維持
なぜ照射ビームを分割するだけで、変換効率が向上するのか。その理由はプラズマの急激な膨張と冷却の抑制にあると考えられる。
強力なパルスレーザーを金属ターゲットに照射すると、表面の物質は瞬時に電離してプラズマ化する。スズプラズマがEUV光(13.5 nm)を強く放射するには、プラズマ中の電子温度を約30 eV(電子ボルト)、電子密度を約という適切な範囲に保つ必要がある。
単一のレーザービームを狭いスポットに集中照射した場合、生成されたプラズマは真空中に向かって3次元的に急速膨張し、熱を失って短時間で温度が低下してしまう。これに対し、2本のビームを異なる角度から照射すると、レーザーによって加熱されるプラズマの空間的領域が広がる。論文では、これにより3次元的なプラズマ膨張による過度な冷却が抑えられ、EUV光の放射に適した電子温度(約30 eV)がより長く維持されると説明されている。
エネルギーメーターで記録された信号の時間波形を測定したところ、ピーク振幅そのものは単一ビームと2ビームで同等だった。一方で、信号の半値全幅(FWHM)は単一パルスの約150 nsから2ビーム照射では約200 nsへと伸びており、時間積分値が増加した。エネルギーメーターの応答は積分値を反映するため、この波形の長期化自体が直接のEUV発光時間の延長を示すものではないものの、総EUVエネルギーの増加を明確に示している。効率向上は発光面積の増大だけでなく、時間的な効果が実質的に寄与していると論文は指摘する。
また、ファラデーカップを用いて観測したスズイオンのエネルギースペクトルは、1ビームと2ビームの間で一致したプロファイルとピークエネルギーを示した。同等のプラズマ条件が再現性よく生成されたことを裏付けている。
露光装置の光学設計において、発光点である光源の大きさは重要なパラメータとなる。光源が大きすぎると、露光装置内の集光ミラーで効率よく光を集められなくなるためだ。EUVピンホールカメラで観測したところ、発光部のサイズは単一照射時と2ビーム照射時の双方で約60〜70 µmにとどまり、ほとんど変化しなかった。将来の高NAおよびHyper-NA露光装置で要求される光源サイズ100 µm以下という条件を満たしている。
実機適用へ残された液滴ターゲットでの検証
本研究の成果は、将来のEUV露光装置における省電力化へ向けた重要な知見を提供する。研究グループは2024年に波長1 µmのNd:YAGレーザー(パルスエネルギー500 mJ)を用いてマルチレーザー照射の概念提案を行っていたが、波長やエネルギー条件が異なるため直接の効率比較はできない。今回は本命視される2µm帯の固体レーザーを用い、より低いパルスエネルギー(40 mJ)の条件下で効率向上を実証した。
本方式は複雑な能動制御装置を必要とせず、受動光学系のみで構成できるため、既存のレーザー光学系アーキテクチャとも原理的な親和性を持つ。
ただし、今回の成果は研究室環境におけるスズ平板ターゲットを用いた実験である点に留意が必要だ。実際のEUV露光装置では、ターゲットとして真空中に射出される極微小な液体スズの液滴(ドロップレット)が用いられている。固体平板ターゲット実験は最もアクセス可能で再現性の高いベンチマークとして位置づけられているが、実際の量産機で用いられる液滴状スズターゲットで、この手法の有効性と実装可能性を検証することが今後の課題となる。
また、2µm固体レーザー自体もEUV露光装置が要求する出力レベルにはまだ達しておらず、実用化のめどはまだ立っていない。照射ビーム本数のさらなる最適化、液滴状スズターゲットでの有効性実証、そして2µm高出力レーザー技術そのものの進展が揃うことで、省電力な次世代半導体露光プロセスの実現へ近づくことになる。
