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東京大学が革新的なチップ冷却技術を開発:AI半導体の高性能化を支える世界最高レベルの冷却効率を実現

Y Kobayashi

2025年4月20日

東京大学の研究チームが、水の気化熱を利用した画期的なチップ冷却技術を開発した。特殊な三次元マイクロ流路構造により、従来の水冷方式を大幅に上回る冷却効率と省エネ性能を両立し、AIチップなどの次世代半導体の進化を加速させることが期待される。

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半導体の熱問題と冷却の限界

現代社会を支える電子機器の進化は目覚ましい。スマートフォンからデータセンターまで、その心臓部である半導体チップは、ムーアの法則に沿って小型化・高集積化の一途をたどってきた。しかし、この進化は同時に、チップからの発熱量増大という深刻な課題をもたらしている。チップが高温になると性能が低下したり、誤動作を起こしたり、最悪の場合は故障に至る。そのため、発生した熱をいかに効率よく取り除くか、すなわち「冷却」が、半導体の性能を最大限に引き出す上で極めて重要となっているのである。

これまで様々な冷却技術が開発されてきたが、発熱密度の増大に伴い、従来の空冷や単純な水冷方式では限界が見え始めていた。特にAI(人工知能)に使われるような高性能プロセッサやGPU(Graphics Processing Unit)は、極めて高い発熱密度を持つため、より強力な冷却ソリューションが求められていた。

気化熱を利用する「二相冷却」の新アプローチ

こうした中、東京大学生産技術研究所の野村政宏教授らの研究チームは、チップ内部に微細な水路(マイクロ流路)を直接形成し、そこを流れる「水」の冷却能力を最大限に引き出す新しいアプローチを開発した。この技術の核心は、水が液体から気体へと相変化する際に大量の熱を吸収する「気化熱(潜熱)」を利用する点にある。この「二相冷却」と呼ばれる方式は、液体状態のまま熱を運ぶ従来の単相冷却に比べ、理論上、はるかに高い冷却能力を持つ。水の潜熱を利用することで、熱吸収能力は実に7倍にも達するという。

しかし、この二相冷却を微細なチップ内部で実現するには、大きな技術的障壁があった。マイクロメートル(100万分の1メートル)単位の極めて細い流路内で水が沸騰すると、発生した気泡(水蒸気)が流れを妨げたり、冷却水を加熱面から押しやってしまったりする。これにより、冷却効率が不安定になったり、予期せず局所的に高温になる「ホットスポット」が発生したりする問題があったのだ。

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鍵は「マニホールド」と「キャピラリー構造」

研究チームは、この二相流の制御という難題に対し、独創的な「三次元マイクロ流路構造」を用いることで解決策を見出した。その鍵となる技術は、「マニホールド構造」と「キャピラリー構造」の巧みな組み合わせである。

  1. マニホールド構造 (Manifold distribution layer): チップ内に設けられた、マイクロ流路よりも太い流路ネットワークである。これは、外部から供給された冷却水を多数の微細なマイクロ流路へ均一に分配し、加熱された冷却水(液体と水蒸気の混合物)を効率的に回収するという、いわば「交通整理」の役割を担う。これにより、個々のマイクロ流路を流れる水の速度が最適化され、流路全体の圧力損失(冷却水を流すためにポンプが必要とするエネルギー)が大幅に低減される。
  2. キャピラリー構造 (Capillary structure): マイクロ流路の側壁付近に、さらに微細な柱(マイクロピラー、μ-pillars)を多数配置した構造である。この微細構造が毛細管現象(細い管の中の液体が、管の内壁との間の表面張力によって吸い上げられる現象)を引き起こし、液体の水を薄い膜状にして常に高温のチップ表面に保持し続ける。一方で、沸騰によって発生した水蒸気は、主に液膜から離れた流路の中央部を通過して排出される。これにより、加熱面が水蒸気で覆われて乾いてしまう(ドライアウト)現象を防ぎ、安定かつ効率的な熱伝達を維持することが可能になるのだ。

研究チームは、シリコン基板上にこれらの精密な三次元構造を形成し、2枚の基板を貼り合わせることで、新しい冷却デバイスを作製した。

世界最高レベルの冷却性能を実証

この革新的な構造により、研究チームは実験で驚異的な冷却性能を実証することに成功した。

  • 性能係数 (COP) 10万達成: 冷却効率を示す重要な指標である「性能係数(COP:Coefficient of Performance)」は、最大で10万 (10^5) という驚異的な値を達成した。COPは、投入したエネルギー(ポンプ動力など)に対してどれだけ多くの熱を除去できたかを示す値であり、数値が大きいほど効率が良いことを意味する。この10万という値は、従来の高性能な単相水冷システムと比較して実に10倍以上、他の最先端の二相冷却研究と比較しても世界最高レベルであると報告されている。
  • 高い熱処理能力 (CHF): どれだけ高密度の熱に耐えられるかを示す「臨界熱流束(CHF:Critical Heat Flux)」は、1平方センチメートルあたり700ワット (W/cm²) 以上を達成した(東京大学発表)。これは、最新の高性能プロセッサが発生させる高密度の熱にも十分対応できるポテンシャルを示している。Cell Reports誌に掲載された論文のデータによれば、マイクロピラー付きの設計では、特定の条件下で770 W/cm²というさらに高いCHFも記録されている。
  • 大幅な圧力損失低減: マニホールド構造の採用により、冷却水を流すために必要な圧力損失は、マニホールド構造を持たない単純なマイクロ流路と比較して62%も低減された。これは、冷却システム全体の消費電力を大幅に削減できることを意味し、省エネルギー化に直結する。
  • 安定性の向上: マイクロピラーを用いたキャピラリー構造は、高い熱流束がかかった状態でもチップ表面の温度変動を抑制し、安定した冷却動作を実現する効果も確認されている。

これらの結果は、開発された新しい冷却技術が、極めて高い冷却能力とエネルギー効率、そして安定性を兼ね備えていることを示している。

AI時代を支える次世代冷却技術への期待

この高効率かつ省エネルギーな冷却技術は、現代テクノロジーが直面する熱問題に対する画期的な解決策となり得る。

特に期待されるのが、AIサーバーやデータセンターへの応用である。これらの施設では、膨大な計算処理のために高性能チップが密集して搭載されており、その冷却に莫大な電力が消費されている。本技術を導入することで、チップの性能を最大限に引き出しながら、冷却にかかる電力消費を大幅に削減できる可能性がある。これは、AI技術の持続的な発展を支え、カーボンニュートラルの実現にも大きく貢献しうる。

研究チームは、この技術がAIチップやGPUだけでなく、高出力レーザー、LED、レーダーシステムといった様々な先端電子機器の熱管理問題にも応用可能であると考えている。さらに、自動車や航空宇宙産業への展開、さらにはポンプを使わずに液体の相変化だけで熱を輸送する受動冷却(パッシブクーリング)システムへの応用の可能性ありそうだ。

発表者である野村 政宏 教授は、「この研究は、より省エネで静かな放熱技術になる可能性があり、持続可能なAI産業の発展に要求される『環境にも人にもより優しい電子機器』の実現に貢献すると期待できます。今後もさまざまな技術が組み合わさって半導体は進化していきますが、私もそのお手伝いができれば嬉しいです」とコメントし、本技術がもたらす未来への期待を語っている。

チップに埋め込まれた微細な水路で水を沸騰させるという、この革新的な冷却技術は、電子機器の性能向上と省エネルギー化を両立させ、より持続可能なデジタル社会の実現に向けた重要な一歩となるかもしれない。


論文

参考文献

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