AMDはこれまでコードネーム「Strix Point」と呼ばれていた新たなノートPC向けAPU「Ryzen AI 300」シリーズを発表した。
これまでのRyzen 8040シリーズから大きく命名規則が変更となり、“AI”の単語が表すように、先日Microsoftが発表した「Copilot+ PC」に加わるべく、AI機能が強化されており、発表もその点に重点が置かれていた。
AI PC時代に登場した新たなモバイル向けRyzen
AMDの新しいモバイルSoCには、新しいZen 5 CPUアーキテクチャに加え、新しいRDNA 3.5ベースの統合グラフィックスと第3世代のXDNA2ベースのNPUが組み込まれている。特にNPUはAIベースのワークロードで50TOPSの性能を発揮すると評価されており、これは先日Qualcommが発表した「Snapdragon X Elite」チップよりも高い性能となる。
Strix PointことRyzen AI 300シリーズは、AMDのモバイル・チップ・ラインナップの大幅なアップグレードとなり、それに伴い今回ネーミングも大きく変更となった。
Ryzenブランドは維持するが、NPU搭載チップには“AI”のブランドが追加され、ナンバリングシステムがリセットされた。
ブランド名の後にはブランドレベル、シリーズ、SKUが記載される。例として今回登場するAMD Ryzen AI 9 HX 370について以下のスライドで解説されている。9/HXの部分は、ブランドレベルや製品スタックの中でのパーツの位置づけを示す。最後の370の部分は、3はシリーズを示し、AMDのブランディングから第3世代のNPUを搭載していることを意味し、最後の2つの数字は部品番号とSKUを示す。
今回AMDが発表したのは、最初の2つのRyzen AI 300 SKUだ。1つは上記の通りRyzen AI 9 HX 370で、12個のZen 5コアを搭載し、最大ブーストクロックは5.1GHzで、36MBキャッシュ(12MB L2 + 24MB L3)を搭載している。発表されたもう1つのチップはRyzen AI 9 365で、Zen 5コアが2つ少なく(10コア)、5,0 GHzのブーストクロックと10 MB L2 + 24 MB L3キャッシュを搭載する。
コア数 | ベースクロック | ブーストクロック | キャッシュ | グラフィック | NPU | TDP | |
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Ryzen AI 9 HX 370 | Zen 5 x 4 Zen 5c x 8 (24スレッド) | 2.0GHz | 5.1GHz | 24 MB | Radeon 890M 16 CU | XDNA 2 (50 TOPS) | 15-54W |
Ryzen AI 9 365 | Zen 5 x 4 Zen 5c x 6 (20スレッド) | 2.0GHz | 5.0GHz | 24 MB | Radeon 890M 12 CU | XDNA 2 (50 TOPS) | 15-54W |
ご覧のように、TDPは15Wから54Wとかなり広い。ウルトラブックから高性能ノートPCまで対応可能な性能を誇っている。
CPUはデスクトップ向けRyzen 9000にも採用された新たなZen 5コア・アーキテクチャが採用されており、既報の通りIPCはZen 4比で16%の向上を期待できると言う。
ただし、今回AMDが大きく方針を変更した点も見て取れる。これまでの8コアから12コアへと大きくコア数が増えてはいるが、前モデルまではフルサイズのコアで統一されていた物が、今回のStrix Pointでは4つのZen 5コアとコンパクトなZen 5cコアの組み合わせに変更され、Intelと同様な戦略に変更されている。これにより電力効率の大きな削減が期待出来ることだろう。ただし、マルチスレッド・パフォーマンスにどの程度影響が出てくるのかが気になるところだ。
統合グラフィック・プロセッシング・ユニット(GPU)は、Ryzen AI 9 HX 370、Ryzen AI 9 365で同じRadeon 890Mとなるが、Ryzen AI 9 HX 370は16基、Ryzen AI 9 365は12基のコンピュート・ユニットを搭載すると述べている。
Ryzen AI 300シリーズの最も重要な点は、最新のXilinxベースの第3世代NPUと搭載し、大幅なAI性能の向上を果たしているところだろう。
AMDは、同社のXDNA2 NPUは、量子化なしで8ビット性能(INT8)と16ビット精度(FP16)の両方の生成AIワークロードを処理できる独自の「Block FP16」またはNPUアーキテクチャにより、前世代と比較して5倍の計算能力と2倍の電力効率を有すると主張している。量子化は、AIモデルの電力効率を高めたり(Qualcommがスマートフォンのチップで採用している)、大きなデータセットからの入力値を小さなデータセットの出力値に変換したりするための一般的な手法だ。
AMDのグラフにあるように、第3世代Ryzen AI NPUは、低性能のAIモデルが使用する8ビット浮動小数点で最大50TOPSを達成するとしている。TOPSを測定するための現在の業界標準(MACカウントと周波数の組み合わせ)は、一般的にINT8整数を使用している。旧世代のRyzen 8040モバイルシリーズ内のRyzen AI NPUの最高性能はわずか16 TOPSだった。
この50TOPSという数字は、IntelのLunar Lakeモバイル・プラットフォームや、Qualcommがすでに発表したSnapdragon X Eliteチップの性能を5 TOPS上回ることになる。
AMDの新しいZen 5ベースのRyzen AI 300シリーズモバイルチップに搭載されている、「Block FP16」は、標準的な16ビット浮動小数点表記とは本質的に異なる。この独自のアプローチでは、各浮動小数点値がそれぞれの8ビット指数を持つのではなく、全ての数値に対して1つの8ビット指数を共有する。この方法により、プロセッサ、具体的にはRyzen AI NPUは、ユニークな有効数字をINT8の数値として扱うことができ、INT8演算と同等の性能を達成する。Block FP16は、INT8の性能を持ちながらもFP16の精度を提供し、量子化なしで高速かつ正確な処理を実現するというアイデアである。
Ryzen AI 300チップの採用者にとって、このBlock FP16 NPU設計は、AI駆動型アプリケーションを使用する際にワークロードをより効率的なパフォーマンスに変換し、ゲームから生産性向上のためのソフトウェア/タスクに至るまで、全体的なユーザーエクスペリエンスを効果的に向上させると理論的に期待される。
AMDはQualcomm Snapdragon X Eliteと比較したパフォーマンスデータを共有している。通常、AMDとIntelが競い合うのが一般的だが、Qualcommとの比較は今後のWindows on Armとx86/x64陣営との戦いにおいてより一般的になってくることだろう。
AMD Ryzen AI 9 HX 370とQualcomm Snapdragon X Eliteの比較だが、ベンチマークデータをそのまま受け取るといくつかの顕著な向上が見られる。GeekBench 6.3.1Tでは、Snapdragon X Eliteと比較して5%の応答性向上が見られる。生産性タスクでは、ULのProcyon Officeベンチマークで10%のブーストをAMDが主張している。マルチタスクでは、Cinebench 2024のマルチスレッドテスト(nT)において30%の性能向上が見られる。しかし、これらの数字はいずれも具体的なデータセットやスコアなどで裏付けられていない。
生産性、コンテンツ作成、マルチスレッド性能など多くのメトリクスにおいて、AMDはRyzen AI 9 HX 370をIntelのMeteor LakeベースのCore Ultra 185Hと比較している。AMDのデータによると、Ryzen AI 9 HX 370はこれらの比較において優位に立っており、ULのProcyon Officeベンチマークによる生産性タスクで4%の向上が見られる。Adobe Premiere Proを使用したビデオ編集では、40%の大幅な向上が示されており、Cinebench 2024のマルチスレッドテストでは47%の差が見られる。最も印象的な性能向上はBlenderを使用した3Dレンダリングで、Ryzen AI 9 HX 370はIntel Core Ultra 185Hと比較して驚異的な73%の性能向上を示している。ただし、これらのデータやパーセンテージを裏付ける具体的な数値やスコアは提供されていないため、注意が必要である。
ゲーム性能に関する提供されたデータによると、Ryzen AI 9 HX 370は、AMDが選定したタイトル全体でIntel Core Ultra 185Hに対して平均36%の性能向上を誇っている。『Shadow of the Tomb Raider』では28%、『Assassin’s Creed Mirage』では32%の向上が見られる。『Far Cry 6』では33%、『F1 2023』では38%、『Borderlands』では40%の向上が示されている。最も要求の厳しい『Cyberpunk 2077』では、47%の大きな性能向上が見られる。
AMD Ryzen AI 300シリーズのモバイルチップとともに、これらの新しいチップセットがComputexで発表されている。AsusやMSIなどのベンダーも、新しいラップトップ向けSoCの提供プラットフォームを発表している。AMDが発表したSKUはわずか2つで、12コア/24スレッドまたは10コア/20スレッドの構成のみである。今週発表されるモデルには、主に生産性向けに市場に出されるASUS Zenbook S 16やASUS VivoBook S 14/15/16モデルが含まれている。一方、MSIは折りたたみ型のSummit A16 AI+と、主にゲーミング向けにターゲットされたMSI Stealth A16 AI+を発表している。
AMD Ryzen AI 9 HX 370およびRyzen AI 9 365は、7月に発売される予定である。Acer、Dell、HP、Lenovo、MSIなどのOEMやノートPCベンダーから、100以上の新しいデザインのノートブックが今後数週間で発売されると予想されている。これらのノートブックの価格はOEMが発表することに依存するが、以前のRyzen 8040シリーズのノートブックと同様の価格帯になると予想されている。
AMD Ryzen AI 9 HX 370とRyzen AI 9 365は、強力なAI処理能力を備えた最新のモバイルチップであり、幅広いアプリケーションやタスクにおいて優れたパフォーマンスを発揮することが期待されている。これらの新しいチップは、次世代のコンピューティング体験を提供することを目指しており、生産性向上やゲーム、コンテンツ作成など、多岐にわたるユーザーのニーズに応えることができる。
今後の数週間で発表される予定のノートブックは、最新のRyzen AI 9シリーズチップを搭載し、ユーザーに革新的な性能と機能を提供することが期待される。各OEMがどのようなデザインと機能を提供するか、そして価格がどのように設定されるかについての詳細が明らかになるのが楽しみだ。
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