米国の防衛テック企業Anduril Industriesが英国に欧州初となる大規模な自律型兵器製造工場の建設を計画していることが複数の報道により明らかになった。研究開発センターを併設する同施設では、高度な攻撃ドローンから海洋システムまで幅広い次世代兵器を生産予定で、数千の雇用創出と英国防衛産業の競争力強化に寄与するとみられている。
10億ドル規模の次世代兵器生産拠点
Andurilが構想する英国の新施設は、陸・海・空あらゆる領域で運用可能な無人システムと自律型兵器を一貫して製造する総合工場となる。The i Paperによると、この工場は基礎研究から開発、製造までをシームレスに行える体制を目指しており、英国軍向けの高度な攻撃ドローン中心に多様な防衛システムを生産する計画だ。
立地については、英国政府が「欧州のシリコンバレー」として育成を目指すオックスフォード-ケンブリッジ回廊が最有力候補地となっている。Siftedが情報筋から得た情報では、イングランド北西部も候補地リストに入っており、地域の政治リーダーたちが誘致に向けて政府への働きかけを強めているという。
「この計画はまだ機密段階にあり、公式発表はされていない」とThe i Paperは報じているが、規模感については、同社が米国オハイオ州コロンバスで進める「Arsenal-1」メガファクトリーに匹敵する可能性が高い。Arsenal-1は46ヘクタール(約114エーカー)の敷地に10億ドルを投じる大型プロジェクトで、「自律型システムと武器の生産規模とスピードを根本から再定義する」ことを目指している。
英国の新工場は完成時に約46万平方メートルの施設面積を持ち、年間数万基の軍事システムを生産する能力を備える見込みだ。さらに将来の拡張に備えて約202ヘクタールの追加用地も視野に入れており、長期的な成長戦略が垣間見える。
280億ドル企業の欧州戦略
Andurilは2017年に設立された新興防衛企業だが、AIを活用した偵察ドローン、徘徊弾(ロイタリング・ミュニション)、統合センサーシステムの開発で急速に業界での地位を確立してきた。すでに30億ドル以上の資金を調達しており、最新情報によれば、Peter ThielのFounders Fundから追加25億ドルを調達し、企業価値280億ドルで評価される交渉の最終段階にあるとされる。
Rich Drake氏(Andurilの英国・欧州担当ゼネラルマネージャー)はBloombergのインタビューで「十分な受注があれば、確実に英国に施設を開設する計画です」と明言し、欧州市場攻略の本気度を示した。
Andurilの英国進出戦略の核心は「ソブリンサプライヤー」(sovereign supplier)としての地位確立にある。これは米国の輸出規制や許可制度に依存せず、将来的な貿易摩擦のリスクにも左右されない自立した供給体制を意味する。同社は英国の専門人材とサプライチェーンを積極活用し、真の意味での現地化を推進する計画とのことだ。
Andurilの創業者Palmer Luckey氏は先月The Timesのインタビューで「英国は兵員数の面で軍の規模拡大を計画しておらず、人的要素を最小化するシステムへの依存を認識すべきだ」と指摘し、無人・自律型システムへのシフトを強調している。
英国の防衛予算増額との好タイミング
Andurilの英国進出計画は、同国の防衛政策の転換期と絶妙なタイミングで重なっている。英国政府は先週、2027年までに防衛予算をGDP比2.5%まで引き上げることを発表。これは欧州全域で米国の安全保障コミットメント後退への懸念から各国が防衛投資を急増させている流れを反映している。
特筆すべきは、工場計画の浮上約2週間前に、英国国防大臣John HealeyがワシントンのAndurilオフィスを訪問し、ウクライナ国際基金(International Fund for Ukraine)を代表して3000万ポンド(約57億円)の契約を結んだ点だ。この契約はウクライナ軍向け攻撃ドローン調達を目的としており、すでにAndurilの英国部門が受注している。
「英国国防省はカリフォルニア企業への支持をすでに示しており、ウクライナに代わって攻撃ドローンを注文する3000万ポンドの契約をAndurilに与えた」とThe i Paperは報じている。この動きは両者の関係強化を示すシグナルと受け止められている。
防衛産業へのインパクトと懸念
ポーツマス大学のドローン専門家Peter Lee教授は、このような大型工場の誘致について「防衛産業全体にとって重大な転機となりうる」と評価する。Lee教授によれば、これを契機にスタートアップ企業の新規参入が促され、業界全体の革新サイクルが加速する可能性があるという。
一方で、名前を明かさないことを条件に取材に応じた防衛アナリストは、英国政府がAndurilの提供する高度かつ高額な武器システムに大規模投資をする意向があるかどうかに疑問を呈している。このアナリストはウクライナ戦争から得られた教訓として「高価な先進兵器よりも、より安価な兵器を大量に配備する戦略が有効である場合が多い」と指摘している。
投資会社Project A Venturesのプリンシパル、Jack Wang氏はSiftedに対し、Andurilの参入は短期的には英国の防衛スタートアップ企業にとって競争環境の厳しさを増すが、長期的には業界全体の底上げにつながると分析している。「英国や欧州全域から優秀な人材が防衛技術分野に引きつけられ、最終的に英国のドローン製造能力全体が向上するでしょう」とWang氏は述べた。
さらに注目すべきは、自律型兵器の普及拡大に伴う倫理的課題だ。AndurilはすでにOpenAI(ChatGPTの開発元)と提携し、AIを活用した敵ドローンの検知・対処システムの開発を進めており、軍事分野におけるAI技術の応用が加速する可能性がある。
Andurilの動きは、ドイツの防衛技術企業Helsing(2024年7月に4億5000万ユーロのシリーズCを調達)が英国に製造施設を設立し5年間で3億5000万ポンドの投資を約束するなど、欧州全体で防衛テック企業の活動が活発化する中での展開となる。フランスのAIスタートアップMistralも欧州各国政府との防衛契約を積極的に追求しているとされ、業界の競争は一層激しさを増す見込みだ。
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