オーディオの世界には、ケーブルの素材が音質を決定的に左右するという根強い信念が存在する。99.9999%の純銀導体、OFC(無酸素銅)、あるいはリッツ線……高級オーディオケーブルの素材表記は、まるで希少金属の鑑定書のようだ。そうした製品が数万円から、場合によっては数百万円の値札を掲げている現実がある。だが、diyAudioフォーラムのモデレーターであるMichael Mardis(ハンドルネーム:Pano)が実施したブラインドテストは、この信念に対して極めて不都合な実験結果を突きつけた。プロ用銅線を通した音、バナナを通した音、そして火山性の湿った泥を通した音を、リスナーたちはほぼ区別できなかったのである。
中米の山中で生まれた実験
Panoがこの実験を着想した背景には、あるドキュメンタリーがある。フィリピンにおいて米軍が単線の電信線を敷設する様子を描いた映画「Amigo」を視聴した際、回路を完成させるには2本の導線が必要なはずだと彼は疑問を抱いた。しかし実際の電信システムは、地面そのものを帰路として利用していた。長距離にわたって大地を導体として信号を送れるのであれば、同じ原理でオーディオ信号を泥やバナナに通したら何が起こるのか。この素朴な疑問が、実験の出発点となった。
実は今回のテストは「リメイク版」にあたる。10年以上前にPanoはフルーツや野菜、ビール、スチールウールなどを導体として使用する類似の実験を行っていた。しかし当時のテストはノイズフロアに問題があり、テスト対象の素材も多すぎたと彼自身が振り返っている。「最初のテストをもっと改善できたはずだという10年来の引っかかりが、今回のリメイクの動機だった」とPanoは語る。今回は導体を3種類に絞り、アルミホイルによるシールドでノイズの問題も解消した。
実験の構成と手法

実験のセットアップは驚くほどシンプルである。ラップトップでReaper(DAWソフトウェア)を起動し、M-Audio Fast Track Proインターフェースから音声信号を出力する。信号はテスト素材を経由して再びインターフェースに戻り、録音される。使用された導体は以下の3種類だ。
約180cmのプロ用オーディオ銅線。約120cmの銅線と組み合わされた約20cmの火山性の湿った泥(Panoは中米の山岳地帯に在住している)。そして約120cmの銅線と組み合わされた約13cmの未熟なバナナである。バナナには米国の1セント硬貨をハンダ付けした古いマイクケーブルが電極として刺さっている。泥はアルミホイルを敷いたベーキングトレイに入れられ、同様にケーブルが接続されている。高級な計測機器や特殊な録音環境は一切使われていない。この「手作り感」は意図的なもので、一般のホビイストが手元の機材で再現できることを重視した設計思想による。

リスナーには、オリジナルのCD音源を含む4種類の30秒間の音声ファイルが提示された。ファイルはロスレスのFLACおよびWAV形式で配布され、ロック、ジャズ、クラシックなど複数のジャンルが用意された。テストはブラインドで実施され、各リスナーは他者に影響を与えないよう個別に回答を提出した。
後から振り返って重要だったのは、ループ録音だけでなくオリジナルの非ループ音源を4番目の選択肢として含めた点である。「それがいかに賢明だったかは後から指摘された」とPanoは述べている。リスナーがオリジナルとループ録音を区別できなければ、録音チェーン自体が信号を劣化させていないことの証明になるからだ。
結果は「ランダム」と一致した
このスレッドは3,000以上の閲覧数を記録し、多くの人が結果に関心を寄せた。しかし実際にテストに参加したリスナーは限られていた。「なぜこれほど少数しかテストを受けないのか分からない」とPanoは首をかしげる。「間違えたら馬鹿に見えるのが怖いのかもしれない」
結果は明快だった。43件の回答のうち、オリジナル録音またはオーディオケーブル経由の録音を正しく特定できたのは、わずか6件にすぎなかった。正答率は13.95%。Tom’s Hardwareが二項分布を用いて統計分析を行ったところ、ランダムに推測した場合にこの正答数以下になる確率は6.12%と算出された。これは多くの統計学者が用いる5%の有意水準をわずかに上回る数値であり、「結果はランダムと一致している」という結論が導かれた。
Pano自身も結果を「基本的にランダム」と評価している。ベータテスト段階で唯一、オリジナルファイルをやや高い確率で特定できた参加者がいたが、その人物は微細なディテールの再生に特化した極めて高解像度なシステムを使用していた。それでも差は僅差であった。
興味深いエピソードもある。あるリスナーは2回連続でバナナ経由の録音を「最も良い音」として選んでしまった。「バナナとオリジナルは本当に似た音に聞こえた」と当人は振り返り、「自分にとって衝撃だったのはバナナを選んだことより、泥と銅線の音がいかに似ていたかだ」と述べている。バナナ録音に対するわずかな選好傾向は確認されたものの、それは正答率の向上とは相関しなかった。
物理学が語る「なぜ区別できないのか」
銅線の抵抗値はほぼゼロに近い。一方、泥の抵抗値は約33kΩ、未熟なバナナは約5.1kΩと測定された。導体としての性能には明らかな差があるにもかかわらず、周波数応答の測定結果はほぼ同一だったとPanoは報告している。「ほぼすべてが定規のようにフラットだった。1つだけわずかに高周波域での偏差が見られたが、テストのカンニングに使われる可能性があるため公表を控えている」
この結果の背景にある物理は比較的単純である。ライン・レベル(アンプで増幅される前の信号レベル)においては、信号の電圧は小さく、電流はごくわずかであり、伝送距離も短い。このような条件下では、たとえ導体が銅でなく有機物であっても、抵抗、静電容量、インダクタンスのいずれも可聴帯域(20Hzから20kHz)内の周波数応答を変化させるほどの影響を与えない。バナナや泥は本質的に直列に挿入された抵抗器のように振る舞い、信号レベルを多少低下させるだけで、音の「個性」や「色づけ」を生み出すには至らないのである。
水は純粋な状態では電気を通さないが、バナナに含まれるカリウムや泥に溶け込んだ各種ミネラルが電解質として機能し、導電性を生む。導体としては「まともではない」にもかかわらず、短距離のライン・レベル信号の伝送には十分だったわけだ。
似た実験は他にも存在する
Panoの実験が孤立した事例ではないことも見逃せない。2024年末、オーディオエンジニアのJulian Krauseはベビーキャロット(小さいニンジン)をRCAアダプターとして使用するテストを実施した。荒唐無稽に見えるこの実験でも、信号対雑音比は約110dB(A)、歪みはごくわずか、干渉は-100dB付近に埋もれていた。ニンジンによる影響は4〜6dBの信号低下とわずかな高域のブーストにとどまり、ブラインドリスニングで検知できるレベルではなかった。

Pano自身も以前のdiyAudioスレッドでジャガイモやビールを導体として使用した実験を文書化しており、基本的な結論は同じだった。オーディオフォーラムの片隅で細々と続けられてきたこれらの実験は、再現性のある経験則を積み上げてきたのである。
導体素材が「本当に」重要になる条件
ただし、この実験結果をもってすべてのケーブルが無意味だと断じるのは早計だ。導体素材や構造が実際に音質に影響を与えるシナリオは存在する。
スピーカーケーブルのように増幅後の高電力信号を長距離にわたって伝送する場合、抵抗値や静電容量によるトーナルバランスの変化が生じうる。泥をスピーカーケーブルとして使えばインピーダンスの不整合が起こり、アンプを過熱させる可能性すらある。また、10メートルを超えるような長尺のケーブルランでは、ライン・レベル信号であっても高周波域のわずかな減衰が測定可能になる。さらに、電磁干渉の多い環境ではシールドの品質が信号品質を左右する。
Pano自身もこの点を明確に区別している。「インターコネクトにおいて実際に重要なのはDCR(直流抵抗)とシールドだ。泥やバナナは信号レベルの損失を引き起こし、そのうち一つの素材は完全にフラットな周波数応答を持っていない。音質において差をほとんど(あるいはまったく)生まないのは、導体の素材そのものだ」
つまり今回の実験が証明したのは、短距離のライン・レベル・インターコネクトにおいて、導体の材質は音質に対してほぼ無意味であるという限定的だが明確な命題である。
10万ドルのケーブルとバナナの間にある問い
この実験がバイラルに拡散し、Redditの複数のサブレディットで取り上げられた理由は明白だ。10万ドルを超える価格のスピーカーケーブルが実在する市場において、バナナや泥と聴き分けられないという事実は痛烈な皮肉となる。「何年も前にスピーカーケーブルを泥のトレイに交換した」「バナナのインターコネクトが好きだ。温かくてふわっとしたカリウムの音がする」といったRedditユーザーの冗談は、高額ケーブル市場への不信感の表出でもある。
しかし、この実験にはオーディオファイルを嘲笑する以上の意味がある。バナナや泥を通してもまともな音声信号が得られること自体が驚くべき事実なのだ。銅線の代わりにフルーツを使って音楽が聴けるという事実は、オーディオ信号伝送の物理的な頑健性を示している。
Creative BloqのBeren Nealeは実験の含意を端的に要約している。「一般的なデスクセットアップのインターコネクトを選ぶクリエイティブプロフェッショナルにとって、結論はすっきりしている。きちんと作られ、適切にシールドされたケーブルがあれば十分だ。1メートルのケーブルにおいて、10ドルの製品と200ドルの製品の差は、銅線とバナナの差とほぼ同等だ」
この実験が問いかけているのは、視覚的な手がかり、価格、そして期待が取り除かれたとき、人間の聴覚はどこまで客観的でいられるのかという根源的な問題である。ブラインドテストの前では、荒唐無稽な導体ですら検知可能な変化を生まない。そうであれば、高価なケーブルがもたらすとされる微妙な改善が可聴域に達している可能性はさらに低い。マーケティングが暗示するほど、人間の耳は鋭敏ではないのかもしれない。あるいは、耳が実際に捉えているのは音そのものではなく、「良い音を聴いているはずだ」という確信バイアスなのかもしれない。
フォーラムのある参加者はこう冗談を残した。「ハイエンドなバナナがあるのかもしれない。一般的なキャベンディッシュ種は味もそれほどだし。インターコネクトとしても短すぎる」。オーディオの世界において、真にハイエンドな素材とは何かという問いに対する回答を、科学は静かに、しかし明確に提示し続けている。
Sources
- diyAudio: Copper wire vs bananas vs mud – An interconnect test
- Headphonesty: Audiophiles Can’t Differentiate Audio Signals Sent Through Copper, Banana, and Mud in Blind Test
- Tom’s Hardware: In a blind test, audiophiles couldn’t tell the difference between audio signals sent through copper wire, a banana, or wet mud — ‘The mud should sound perfectly awful, but it doesn’t,’ notes the experiment creator