韓国を代表する電子機器メーカーであるSamsung Electronicsが、半導体事業において苦戦を強いられている。特に、高帯域幅メモリ(HBM)の開発で他社に後れを取っている現状が、業界内外で注目を集めているが、この状況について、Samsung Electronicsの半導体(DS)部門で20年近く働いてきたエンジニアが、匿名を条件に内部事情を語った。その証言からは、同社の組織文化や意思決定プロセスに深刻な問題があることが浮き彫りになった。
Samsung電子の半導体事業の現状
Samsung Electronicsの株価は5万ウォン台に低迷し、「Samsung危機論」が絶えない。この状況下で、多くの専門家が同社の組織文化を問題視している。匿名のエンジニアは「仕切りの多い会社なので全てを知っているわけではない。あくまで個人の意見だ」と断りつつ、内部の実態を語った。
同エンジニアによると、Samsungの半導体部門では、かつては技術的な議論や新しいアイデアについての活発な討論が行われていた。しかし、2010年代後半から、失敗を恐れるあまり挑戦を避ける風潮が強まったという。「効率性、つまり変化を与えずにより簡単にできることだけをしようとする」と語り、技術的に困難な新しいことを避ける傾向が強まっていることを指摘した。
この組織文化の変化は、同社の技術革新能力に深刻な影響を与えているようだ。「実務者が意見を出しても、もはや答えは決まっている。絶対に失敗できないからだ」とエンジニアは述べ、新しい技術への挑戦が極めて困難になっていることを示唆した。
HBM開発における遅れの実態
SamsungのHBM開発における遅れは、業界内で大きな話題となっている。匿名のエンジニアによると、この遅れは単なる技術的な問題だけでなく、過去の経営判断にも原因があるという。
2017年から2022年まで半導体部門を率いた金基南(キム・ギナム)前部門長の時代、HBMの開発から撤退する決定が下された。エンジニアは「当時はDRAMの方が影響力が強かったので、『DRAMの技術で十分にカバーできる』と考えたのだろう」と語る。「集積度を改善して、DRAMをうまく作ればいい。わざわざ積み上げる必要はない。積み上げるのは簡単な作業でもないのに」という考えがあったという。
この判断が、現在のSamsungのHBM開発の遅れにつながっていることは明らかだ。エンジニアは「入社当初はSamsung電子がパッケージングをうまくやると言われていたのに、ある時期からアウトソーシングを始めた」と指摘する。その結果、最新のパッケージング技術で後れを取ることになった。
さらに、エンジニアは「今日では基本的なパッケージだけでなく、PI(Power Integrity、電源の整合性)、SI(Signal Integrity、信号の整合性)が重要だが、そういった専門家もおそらく多くないだろう」と述べ、技術的な人材の不足も示唆している。
組織文化の問題点
Samsung電子の半導体部門が直面している問題の根底には、組織文化の歪みがあるとエンジニアは指摘する。特に、失敗を極度に恐れる風潮が、技術革新を妨げているという。
「実務者が意見を出しても、それを検討して上に上げることはあまりない」とエンジニアは語る。この状況は、新しいアイデアや革新的な提案が組織内で十分に評価されていない可能性を示唆している。
さらに、問題を隠蔽したり回避したりする傾向も指摘された。エンジニアによると、「希望的観測だけを反映した非現実的な計画を立てる」ことが常態化しているという。「役員たちは、すぐに来年(供給に)入らないと自分の実績にならないから、早く進もうとするだけだ。どうせ壊れるのは後任者の時だから」と、短期的な成果主義が蔓延していることを示唆している。
部署間の壁も大きな問題だという。「複数の部署が一緒に仕事をする時、できるだけ自分の部署の問題は隠し続ける。そうして他の部署で問題が生じると『あれのせいで駄目だ』と言って責任逃れをしようとする」と、部署間の協力が十分に機能していない実態を明らかにした。
この組織文化の問題は、単に一部門の問題ではなく、Samsung全体に影響を及ぼしているようだ。エンジニアは「本当に変わろうとすれば、中間管理職を大幅に入れ替える必要がある」と指摘し、抜本的な改革の必要性を訴えている。
技術開発における意思決定プロセスの課題
Samsung電子の半導体部門が直面している問題の中でも、特に深刻なのが技術開発における意思決定プロセスの問題だ。匿名のエンジニアの証言によると、この問題は組織の上層部と現場のエンジニアの間の大きな乖離に起因している。
「技術よりも財務や法務の方が力を持っている」という指摘は、技術開発の方向性が必ずしも技術的な観点から決定されているわけではないことを示唆している。具体例として、エンジニアは2019年のAppleとのモデム供給に関する案件を挙げた。「当時のシステムLSI事長はやりたがっていたが、“ソチョ”で『ノー』と言った。iPhoneはGalaxyの競合だから、そこに売れば競争力が上がると見たのだろう」と語る。ここで触れられている“ソチョ”とは、李在鎔(イ・ジェヨン)(当時)副会長の最側近である鄭賢豪(チョン・ヒョンホ)事業支援TF長のことだ。
さらに問題なのは、技術的な決定を下す立場にある上層部の技術理解度だ。エンジニアによると、財務出身の幹部が技術的な決定を下すケースが多く、「報告書を書く時、『小学生でもわかるように書け』という指示が下りる」という状況だという。「高校生でもなく、小学生レベルの技術知識を持つ経営陣が決定するのはおかしい」とエンジニアは指摘する。
この状況は、技術報告のプロセスにも影響を与えている。「技術用語を極力使わないようにしなければならない。どうしても技術用語を使わざるを得ない場合は、それを簡単に説明して下に書く」という状況は、高度な技術的議論を困難にしている可能性がある。
また、意思決定のプロセスが極めて長く、複雑になっているという指摘もある。「パート→グループ→チーム→開発室→総括→ソチョ、このように報告が上がっていって下りてくる」と説明し、「決定も遅いし、途中で変形される」と問題点を指摘している。
人材流出の懸念
Samsungの半導体部門が直面しているもう一つの大きな課題が、優秀な人材の流出である。匿名のエンジニアによると、特に中国企業からの引き抜きが増加しているという。
「中国に行けば給与が3〜5倍、多いときは9倍まで出すという話がある」とエンジニアは語る。特に、工程関連のエンジニアの引き抜きが多いが、昨年からは設計部門のエンジニアへの引き抜きオファーも増えているという。さらに、AI関連の人材の流出も顕著だという。
この人材流出の背景には、Samsung内部の評価システムの問題もあるようだ。「仕事をよくしても上司にだけ上位評価を与えるので、実務者は評価をよく受けられない構造だ」とエンジニアは指摘する。この状況は、優秀な実務者のモチベーション低下や、最終的には離職につながる可能性がある。
また、労働時間の問題も指摘されている。韓国で導入された週52時間労働制について、エンジニアは興味深い見解を示した。「52時間制が問題なら、52時間を目いっぱい使っても仕事をもっとしたい人が90%はいるはずだ。仕事をしたいのに時間が足りなくてできない、という。でも今はそういう雰囲気ではない」と述べ、労働時間の制限よりも、仕事に対するモチベーションの低下が問題だと示唆している。
さらに、Samsungの包括賃金制度も問題視されている。「週16時間までは超過勤務しても時間外手当がない。だから若い社員は『なぜ私がただで働くの?』と言って40時間だけ働いて帰ってしまう」という状況は、労働意欲の低下と直結している可能性がある。
Samsungは挽回できるのか?
Samsung電子の半導体部門が直面している問題は深刻であり、その解決には抜本的な改革が必要だと匿名のエンジニアは指摘する。しかし、その道のりは決して平坦ではないようだ。
エンジニアは「変えるのは簡単ではない」と述べ、過去の改革の試みが失敗に終わった理由を説明する。「境鉉(キョン・ヒョン)前社長がシステムを変えようとしたが、その下の役員と部署長は過去10年間の保身主義文化の中で発掘された人たちだった」と指摘。中間管理職の抵抗が改革の障害となっていることを示唆している。
さらに、組織の各層で意見の相違が生じていることも問題だという。「彼ら(中間管理職)は『何も分からないくせに変えようとするな。難しい』と言い、下の職員たちは『変えると言ったのに失望した』と言う」と、組織全体の意思統一の難しさを語っている。
エンジニアは、真の変革のためには「中間管理職を大幅に入れ替える必要がある」と主張する。現状では「決定を全くせず、報告だけ上げた後、あの頂点だけを見つめている」状態だという。「本来なら、チーム長が『私が責任を取るからこれをやってみよう』と言うべきなのに、チーム長本人が『私は何者でもないし、何も分かりません』と言う」という状況は、組織の活力を著しく低下させている可能性がある。
HBM開発の遅れを取り戻すための戦略についても、エンジニアは懐疑的な見方を示す。「1、2、3段階が全て遅れたのだから、今度は4段階で量子的飛躍をしようというのだが、基礎がないのにそれが可能だろうか」と疑問を投げかける。さらに「設計スクリプトを見ても、もはや誰も正確な意味を知らない」という現状は、技術的な基盤の弱体化を示唆している。
エンジニアは「完全に最初からやり直す必要があるかもしれない」と述べるが、同時に「そうするには1年では足りない」とも指摘する。競合他社のSK hynixが1年後にHBM4を発表する可能性を考えると、時間的な余裕がないことも明らかだ。
さらに深刻なのは、「完全に基礎から再スタートするほどトレーニングされている人も今はいないようだ」という指摘だ。これは、長年の組織文化の問題が人材育成にも悪影響を及ぼしていることを示唆している。
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