世界的な半導体・EV産業の発展と米中の地政学的緊張を背景に、カナダ政府が重要鉱物の国内生産体制の確立に向けて包括的な戦略を本格的に展開し始めた。2024年に公開された「Canadian Critical Minerals Strategy Annual Report」において、同国は34種の重要鉱物の採掘・精製に関する詳細な戦略を提示。この動きは、世界的なサプライチェーンの再編要請と2050年のカーボンニュートラル達成という二つの重要課題に応えるものとなっている。カナダ政府は重要鉱物を「供給チェーン上のリスクを抱え、かつ国内での生産可能性がある鉱物」と定義し、特に半導体産業とEV産業に不可欠な鉱物の確保を最優先課題として位置付けている。
米中対立を背景に供給網の多様化を目指す
カナダ政府による重要鉱物戦略の中核を担うのが、Natural Resources Canada(NRCan)内に設置された重要鉱物センター(CMCE)だ。同センターは特に半導体産業向けの戦略的プロジェクトの支援に注力しており、自動車、航空宇宙、防衛産業向けの半導体製造に必要な高純度材料の開発を強力に推進している。具体的には、センサーやマイクロエレクトロメカニカルシステム(MEMS)の製造に必要な原材料の確保、そして化合物半導体の開発に向けた重要鉱物の処理・材料製造能力の向上を重点項目として掲げている。
特にリチウム、グラファイト、ニッケル、コバルト、銅、そしてレアアースの6種類を最優先の開発対象として位置付けているが、これは世界的な需要予測に基づく戦略的な選択の結果だ。国際エネルギー機関(IEA)の予測によれば、グローバルなエネルギー転換に伴い、2040年までに重要鉱物の需要は現在の30倍以上に拡大する可能性がある。とりわけリチウムの需要は40倍以上の急激な伸びが見込まれており、カナダの戦略はこうした長期的な需要増加を見据えたものとなっている。
さらに、同国最大のニッケル埋蔵量を誇るCanada Nickel Companyのクロフォード・ニッケル硫化物プロジェクトは、2030年までの操業開始を目指している。このプロジェクトは、世界第2位のニッケル埋蔵量を持つとされ、EVバッテリー用の重要な供給源となることが期待されている。
環境規制と開発スピードのジレンマ
だが、こうしたカナダの野心的な重要鉱物戦略に対して、業界からは期待と懸念が入り混じった複雑な評価が示されている。CMC Microsystems のCEO、Gordon Harling氏は、カナダの厳格な環境規制がもたらす課題について詳細な分析を展開している。同氏によれば、新規鉱山の開発には環境影響評価や地域社会との協議など、様々な手続きにより10-15年という長期間を要する。特にリチウムの精製・処理工程は環境負荷が極めて高く、環境に配慮した新たな処理技術の開発が不可欠だと指摘している。
Exigerのサプライチェーンソフトウェア部門上級副社長であるDerek Lemke氏は、現在の状況を「周期表の武器化」と表現し、より広い地政学的な文脈からの分析を提示している。中国による希少金属の輸出規制強化は、半導体製造に不可欠なゲルマニウムやガリウム、アンチモンなどの供給に大きな影響を与えている。これは短期的にはサプライチェーンの混乱要因となるものの、長期的にはカナダにとって新たな機会となる可能性を指摘している。
特に注目すべきは、Fireweed Metals社がユーコン準州で展開するMacMillan Passプロジェクトである。同プロジェクトでは、亜鉛鉱石の副産物として614,800kgのゲルマニウムの採掘が見込まれている。ただし、これは世界的な需要に比べるとまだ限定的な量であり、さらなる開発の必要性が指摘されている。
技術的課題と研究開発の最前線
トロント・メトロポリタン大学(TMU)の研究チームによる技術開発は、カナダの重要鉱物戦略の実現に向けた重要な取り組みの一つとなっている。化学工学部門のHuu Doan教授の指導下で研究を行うMichael Chan氏のチームは、特に電子機器製造に不可欠なランタンとセリウムの回収に焦点を当てた研究を展開している。
Chan氏は、レアアースの採掘・精製の本質的な課題について興味深い見解を示している。「これらの元素は、金や銀のように真に稀少なわけではない」と同氏は説明する。「真の課題は、これらの鉱石を処理するために必要な膨大な時間とエネルギーにある」。研究チームは、実際の鉱山からの廃水サンプルを用いて、どの程度のレアアースが回収可能かを詳細に調査している。
技術的な核心は、産業用吸着剤を使用したレアアース回収プロセスにある。しかし、現在の吸着技術には選択性の問題が存在する。Chan氏によれば、現在の産業用吸着剤は「賢くない」スポンジのように、あらゆる金属イオンを無差別に吸着してしまう。そのため、目的のレアアースだけを効率的に回収するためには、さらなる処理工程が必要となる。
研究チームは、サスカチュワン大学のCanadian Light Sourceを活用した高度な分析により、イオン交換プロセスの詳細な理解を進めている。この研究は10年以上の歴史を持つ分野であり、南米の研究者らによる異なるアプローチでも一定の成果が報告されている。Chan氏の研究チームは、特に鉱山の廃水池からのランタンの回収と、回収されたランタンの電子機器向けの再利用プロセスの確立に注力している。
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