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経常収益5億ドル達成のCursor、次の一手は月額200ドル「Ultra」プラン

Y Kobayashi

2025年6月18日

AI搭載コードエディタ「Cursor」を開発するAnysphereが、月額200ドルの新料金プラン「Ultra」を発表した。年間経常収益(ARR)5億ドルという驚異的なマイルストーンを達成した同社が、AIコーディング市場の覇権争いが新たな局面に突入する中で、どのような未来を描こうとしているのか。その戦略的な意図と、OpenAIやGoogleといったモデル供給者でありながら最大の競合でもある巨人たちとの、複雑で緊張感に満ちた「競合と協調(Coopetition)」関係を深く読み解くことで、ソフトウェア開発の未来が見えてくる。

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驚異的成長と次の一手:「Ultra」プランの戦略的価値

Anysphereが公式ブログで発表した新プラン「Ultra」は、月額200ドルで、既存の「Pro」プラン(月額20ドル)の実に20倍ものAIモデル利用量を提供する。加えて、新機能への優先アクセス権も付与される。同社はこのプラン導入の背景を、パワーユーザーから寄せられた「予測可能な価格設定」への強い要望に応えるためだと説明している。

しかし、この動きの裏には、より深い戦略が垣間見える。現在、Anysphereのビジネスは驚異的な速度で拡大している。特に注目すべきは、わずか数ヶ月でARRを2億ドル上乗せし、5億ドル(約780億円)の大台に乗せたという事実だ。そして、その収益の実に60%以上が、個人の開発者ではなく、企業向けのチームライセンスによって生み出されているという。

AnysphereのCEOであるMichael Truell氏は、この点を明確に認めている。「個人のパワーユーザーが我々のスタート地点だったが、成長の真のエンジンは、全エンジニアリングチームによるCursorの採用だ」と彼は語る。チーム全体が同じAIと同じ文脈を共有することで生産性が飛躍的に向上する、というのが同社の企業向けセールスの核心だ。

この文脈で「Ultra」プランを捉え直すと、その真の狙いが浮かび上がる。これは、Anysphereにとって最も価値の高い顧客層、すなわち高頻度でAIを利用するプロフェッショナルな開発者と、生産性向上のために高額な投資を厭わない企業チームを確実に囲い込むための「市場セグメンテーション戦略」なのだ。利用量ベースの課金がもたらす予測不能性を排除し、安定した開発環境を提供することで、顧客のスイッチングコストを高め、収益基盤を盤石にする。同時に、既存の「Pro」プランもレート制限付きの無制限モデルへと移行させ、より幅広いユーザー層の満足度を維持するという、巧みな二段構えの戦略だ。

AIコーディング「軍拡競争」の地殻変動

Anysphereの動きは、真空地帯で起きているわけではない。AIコーディング支援ツールの市場は、今や「軍拡競争」の様相を呈している。

依然として市場で支配的なのはMicrosoftの「GitHub Copilot」だが、あるアナリストが指摘するように「ワンサイズ・フィット・オール(one-size-fits-all)のモデルは死んだ」。開発者がより専門的で特殊なツールチェーンを求めるようになるにつれ、Cursorのような特化型ツールが急成長する土壌が生まれたのだ。

この市場の地殻変動を、巨人たちも見逃してはいない。

  • Googleは、自社のクラウド環境に深く統合されたブラウザベースの開発環境「Firebase Studio」で攻勢をかける。
  • Amazon Web Services (AWS) も、Cursorやその競合を明確に意識した独自のAIコーディングサービスを開発中と報じられている。
  • そして、この競争に最も大きなインパクトを与えたのが、OpenAIによるCursorの直接の競合「Windsurf」の買収合意だ。報道によれば、その額は約30億ドルにものぼる。

このOpenAIの動きは、単に優れたツールを手に入れる以上の意味を持つ。自社の強力なAIモデルを、自社のコーディングツールを通じて提供することで、開発者エコシステムにおける支配力を決定的にしようという野心の現れだ。市場は、単なる機能競争から、プラットフォームの覇権を賭けた戦略的な囲い込み競争へと完全に移行したのである。

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巨人たちの掌の上か、新たなルールメーカーか?「Coopetition」の綱渡り

ここで、Anysphereが直面する最大のリスクであり、同時にビジネスの根幹をなす「Coopetition(競合と協調)」という複雑な関係性に目を向けなければならない。

協調の側面(光):
Anysphereは、「Ultra」プランがOpenAI、Anthropic、Google、xAIといった主要AI企業との複数年にわたるパートナーシップによって可能になったと誇らしげに語る。これは、Cursorが各社のAIモデルにとって価値ある応用事例であり、巨大なコンピュートリソースを安定的に供給されるだけの信頼関係を築いている証左だ。

競合の側面(影):
しかし、これらのパートナーは、自社のコーディングツールでAnysphereのシェアを奪おうとする最大の競合でもある。この緊張関係を象徴する出来事が、OpenAIによるWindsurf買収合意の直後に起きた。モデル供給元の一つであるAnthropicが、OpenAI傘下に入るWindsurfへのAPIアクセスを遮断したのだ。Anthropicの共同創業者は「我々のモデル(Claude)をOpenAIに売るようなもので、奇妙なことだ」と述べ、その決定を正当化した。

この一件は、AnysphereのようなAIアプリケーション企業が常に抱える根源的なリスクを浮き彫りにした。すなわち、ビジネスの基盤を支えるモデルプロバイダーが、自社の戦略的利益に反すると判断すれば、いつでも「蛇口を締める」ことができるという現実だ。

Anysphereはこのリスクを座視しているわけではない。同社は、OpenAIやAnthropicのモデルと並行して機能する独自のAIモデル「Tab」を開発・展開している。これは将来的にモデルプロバイダーへの依存度を下げ、自社の独立性と交渉力を確保するための、極めて重要な戦略的布石である。Anthropicの共同創業者Jared Kaplan氏が「Cursorとは長く協業することになるだろう」と楽観的な見通しを語ってはいるが、ビジネスの世界において、言葉だけの約束が永続的な保証にならないことは自明だ。Anysphereは、巨人たちの掌の上で踊るだけの存在で終わるつもりはないという意志を、自社モデル開発という行動で示している。

価格設定が映し出すAIコーディングの未来

Anysphereによる月額200ドルの「Ultra」プランの発表は、AIコーディング市場が新たな成熟期に入ったことを告げるものだ。

この市場の競争軸は、もはや「どのモデルが賢いか」という純粋な技術競争のフェーズから、「いかにして高価値な顧客セグメントを特定・囲い込み、持続可能なビジネスモデルを構築するか」という、より高度な戦略的競争のフェーズへと完全に移行した。「Ultra」プランは、この新しいゲームのルールに対するAnysphereの明確な回答なのである。

今後の焦点は、Anysphereがこの危険な「Coopetition」の綱渡りを続けながら、自社モデル開発によってどれだけ独立性を高め、巨大プラットフォーマーの容赦ない攻勢をかわし続けられるかにかかっている。

このダイナミックな市場の動きは、単なる一企業の戦略を超え、私たち開発者や企業がテクノロジーとどう向き合うべきかを問いかけている。特定のツールやプラットフォームにロックインされるリスクを理解しつつ、自らの生産性を最大化する選択をどう下していくのか。AIコーディング市場の覇権争いの行方は、ソフトウェア開発の未来そのものを占う試金石となるだろう。


Sources

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