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原子に潜む「第5の力」の兆候か? カルシウム同位体の“異常”が物理学の常識を揺るがす

Y Kobayashi

2025年6月18日

私たちの知る物理法則は、本当に世界のすべてを記述できているのだろうか?現代物理学の金字塔「標準模型」に収まらない、未知の「第5の力」の存在を示唆する新たな研究成果が、物理学界に静かな、しかし確かな波紋を広げている。ドイツ、スイス、オーストラリアの国際共同研究チームは、カルシウム原子の振る舞いを前例のない精度で測定し、標準模型だけでは完全には説明しきれない“異常”を捉えることに成功した。これは、物理学の根幹を揺るがす新発見の序章となるのかもしれない。

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揺らぐ物理学の金字塔「標準模型」とその限界

現代物理学は、私たちの宇宙を構成する素粒子と、それらの間に働く基本的な力を記述する理論的枠組み「標準模型」の上に成り立っている。この模型は、重力を除く「電磁気力」「強い核力」「弱い核力」という3つの力と、物質を構成する素粒子を驚くほど正確に説明し、数々の実験によってその正しさが証明されてきた、まさに物理学の金字塔である。

しかし、この偉大な理論が完璧でないことも、科学者たちは知っている。宇宙の質量の大部分を占めるとされる「暗黒物質(ダークマター)」や、宇宙の加速膨張を引き起こす「ダークエネルギー」の正体は、標準模型の枠内では説明できない。なぜ宇宙は物質ばかりで、反物質がほとんど存在しないのかという根源的な謎も未解決のままだ。

これらの巨大な謎を解き明かすため、物理学者たちは標準模型を超える「新しい物理学」の存在を模索してきた。その最も魅力的な候補の一つが、私たちの知らない第5の「基本相互作用」、すなわち「第5の力」の存在なのである。

これまでも、「第5の力」発見のニュースは幾度となく科学界を賑わせてきた。1986年の「反重力」を示唆する実験、2000年にダークエネルギーの説明として提唱された「クインテッセンス」、そして2015年にハンガリーの研究チームが発見したとされる新粒子「X17粒子」。最近では、米フェルミ国立加速器研究所が2023年に「発見は間近」と発表したことも記憶に新しい。しかし、いずれも決定的な証拠には至っておらず、その存在は依然として厚いベールに包まれている。

探索の舞台は「宇宙」から「原子」へ

「第5の力」を探すアプローチは多岐にわたる。一つの壮大な試みは、宇宙空間にその痕跡を見出すことだ。例えば、NASAの小惑星探査機「オシリス・レックス(OSIRIS-REx)」が調査した小惑星「ベンヌ(Bennu)」の軌道を精密に分析する研究がある。もし未知の力が働いていれば、その軌道に予測からの微細なズレが生じるはずだ、という考え方だ。2029年に地球に大接近する小惑星「アポフィス(Apophis)」の観測では、さらに高い精度での検証が期待されている。

これら宇宙規模の探査とは対照的に、全く異なるスケールで「第5の力」に迫るアプローチがある。それが、原子核と電子が織りなすミクロの世界を、極限の精度で覗き込むことだ。今回、ドイツ、スイス、オーストラリアの研究者からなる国際チームが選んだ舞台は、まさにこの原子の内部だった。彼らが『Physical Review Letters』誌に発表した学術論文は、このアプローチの新たな可能性を切り拓くものだ。

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カルシウム原子が語る「異常」の正体

研究チームが着目したのは、ごくありふれた元素である「カルシウム(Ca)」だ。しかし、彼らが行った実験は、ありふれたものとは程遠い。超高精度のレーザー技術を駆使し、カルシウムの持つ複数の「同位体」の性質を、ナノ秒以下のレベルで比較したのである。

「キングプロット」とは何か?物理学の精密な物差し

この研究の鍵を握るのが、「キングプロット」という手法だ。
同じ元素でも、原子核に含まれる中性子の数が異なるものを「同位体」と呼ぶ。例えば、カルシウムで最も一般的なのは20個の中性子を持つ「カルシウム40(40Ca)」だが、22個の「カルシウム42(42Ca)」、24個の「カルシウム44(44Ca)」なども安定して存在する。

原子に特定のエネルギーの光(レーザー)を当てると、電子はより高いエネルギー準位へとジャンプする(遷移)。この遷移に必要な光の周波数は、原子核の質量や電荷の分布によってごく僅かに変化する。この同位体ごとの周波数のズレを「同位体シフト」と呼ぶ。

キングプロットとは、2種類の異なる電子遷移について、複数の同位体で測定した同位体シフトをグラフ上にプロットする手法だ。もし、働く力が標準模型の範囲内であれば、各同位体のデータ点はほぼ一直線上に並ぶはずである。このプロットの直線性は、物理法則の普遍性を測る極めて精密な「物差し」として機能する。

1000シグマを超える「非直線性」の衝撃

研究チームは、5つの安定したカルシウム同位体(カルシウム40, 42, 44, 46, 48)を用い、2つの異なる遷移(イオン化したCa⁺と、さらに多くの電子を剥ぎ取ったCa¹⁴⁺での遷移)の同位体シフトを、前例のない sub-Hz(1ヘルツ未満)レベルの精度で測定した。

その結果は驚くべきものだった。キングプロット上に示されたデータ点は、完全な直線を描かなかったのだ。論文によれば、この直線からのズレ、すなわち「非直線性(Nonlinearity)」は、統計的な有意性が「~103σ(シグマ)」にも達するという。これは、単なる測定誤差や偶然では到底説明できない、極めて明確な物理的効果が存在することを示している。

「第5の力」か、それとも「未知の標準模型効果」か?

では、この衝撃的な「非直線性」は、即座に「第5の力」の発見を意味するのだろうか?
答えは、ノーだ。ここからが科学的探求の真骨頂である。観測された異常が、本当に「未知の力」によるものなのか、それとも既存の標準模型の中で、これまで計算の複雑さから無視されてきた、あるいは見過ごされてきた高次の効果によるものなのかを、慎重に見極める必要がある。

論文によれば、非直線性を引き起こす可能性のある標準模型内の効果として、主に2つが挙げられている。

  1. 二次質量シフト(Second-order Mass Shift): 同位体シフトにおける、より高次の補正項。
  2. 核分極(Nuclear Polarization): 原子核が電子の電場によって僅かに変形することで生じる効果。

研究チームは、この2つの効果が観測された非直線性を説明できるかを、理論計算によって徹底的に検証した。

謎解きは続く―残された「核分極」というパズル

詳細な分析の結果、興味深い事実が浮かび上がってきた。観測された非直線性の一部は、理論的に計算された「二次質量シフト」の影響では説明がつくものの、それだけではズレの方向と大きさが完全に一致しない。つまり、二次質量シフトだけでは、この異常の完全な犯人とは言えないのだ。

そこで浮上するのが、もう一つの容疑者、「核分極」である。この効果は、原子核内部の複雑なダイナミクスが絡むため、理論的な計算が極めて難しいとされてきた。研究チームの計算によると、この核分極こそが、観測された非直線の残りの部分を説明しうる、最も有力な候補だという。

この結論は、一見すると「第5の力の発見には至らなかった」というネガティブなものに聞こえるかもしれない。しかし、その真の意義は全く逆である。

今回の研究は、キングプロットの非直線性を引き起こす要因を「核分極」という一つの効果にまで絞り込んだ。これは、これまで混沌としていたパズルから、主要なピースを特定したことに等しい。もし将来、この核分極の影響を理論的に極めて高い精度で計算できるようになれば、その影響をデータから差し引くことができる。その結果、残されたズレは、もし存在すれば、それは「新しい物理学」の確固たる証拠となる可能性が飛躍的に高まるのだ。

つまり、今回の研究は「第5の力」の探索におけるノイズ源を特定し、将来の探索感度を劇的に向上させるための道筋をつけた、極めて重要な一歩なのである。

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新たな物理学への扉は開くのか?

この研究は、決定的な結論を下すものではない。しかし、標準模型という強固な城壁に、ごく僅かだが明確な「ひび」が入っている可能性を示唆した。このひびが、壁の内部構造に起因するものなのか、それとも壁の外からの未知の力によるものなのか、それを突き止めるのが科学の次なる挑戦だ。

今後、核分極の理論計算の精度向上が急務となるだろう。また、カルシウム以外の原子(例えばイッテルビウム)を用いた同様の精密測定や、さらに別の種類の電子遷移を用いた実験が、この謎を解く鍵を握るかもしれない。

小惑星の軌道というマクロな宇宙の動きと、原子内部のミクロな電子の振る舞い。全く異なるスケールで行われる「第5の力」の探索は、互いに補完し合いながら、徐々にその正体に迫っていく。科学とは、一つの華々しい発見だけでなく、こうした地道で精密な測定と、粘り強い理論的検証の積み重ねによって進歩していく営みに他ならない。

カルシウム原子が示した微細な“異常”。その先に、ダークマターや宇宙の謎を解き明かす、新たな物理学への扉が隠されているのかも知れない。


論文

参考文献

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