1998年、遠方の超新星爆発を追跡していた天文学者たちは、深遠な謎に直面した。宇宙の膨張速度が、重力によって減速するどころか、未知の力によって猛烈に加速しているという事実である。物理学の法則に従えば、ビッグバンで飛び散った物質は互いの重力で引き合い、いずれその勢いを失うはずであった。空に投げ上げたボールが加速しながら宇宙の彼方へ消えていくようなこの奇妙な現象を説明するため、科学者たちは空間そのものを押し広げる正体不明の推進力に「ダークエネルギー」という名を与えた。

それから四半世紀以上が経過した現在でも、ダークエネルギーは宇宙の全質量とエネルギーの約70%を占める絶対的な支配者でありながら、その正体は全くの謎に包まれている。我々は自らが住む宇宙の大部分の性質を知らないまま生きてきた。しかし今、アリゾナ州のキットピーク国立天文台に設置された巨大な観測装置が、この長きにわたる宇宙論の停滞を打破しようとしている。

米国エネルギー省(DOE)のローレンス・バークレー国立研究所が主導する国際プロジェクト「ダークエネルギー分光器(DESI)」は、当初予定されていた5年間の初期観測ミッションをスケジュール前倒しで完了し、人類史上最も広大で極めて精緻な宇宙の3Dマップを完成させた。そこに描き出されたのは、110億年という途方もない時間の深淵を遡り、空間の膨張がどのように変化してきたのかを記録した宇宙の航海日誌である。そして、この膨大なデータが示唆する予備的な結果は、現代宇宙論の土台を根底から揺るがす破壊力を持っていた。

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万物の反発力か、アインシュタインが残した「定数」という呪縛

事の重大さを理解するためには、現代宇宙論の支配的なパラダイムである「ΛCDM(ラムダ・コールド・ダークマター)モデル」の前提を紐解く必要がある。このモデルにおいて、ダークエネルギーは「宇宙定数(Λ:ラムダ)」と同義であると見なされてきた。

宇宙定数とは、アルベルト・アインシュタインが自身の一般相対性理論の方程式において、重力で潰れない静的な宇宙を記述するために便宜的に書き込んだ項である。のちにエドウィン・ハッブルの観測によって宇宙が膨張していることが発見されると、アインシュタインはこれを生涯最大の過ちと呼んで撤回した。しかし皮肉なことに、20世紀末に宇宙の加速膨張が発見されると、この定数は空間そのものが持つ反発力、すなわち「真空のエネルギー」を表現する極めて都合の良い概念として見事に復活を遂げた。

宇宙定数が正しいとすれば、ダークエネルギーの密度は宇宙がどれほど膨張しようとも、過去から未来に至るまで常に一定のままである。空間が広がれば広がるほど、そこに含まれる反発エネルギーの総量は増え続け、最終的にはあらゆる天体を引き離して宇宙を冷たく暗い終焉へと導く。

しかし、この仮定には致命的な矛盾が潜んでいる。量子力学の理論を用いて真空が本来持っているはずのエネルギーを計算すると、実際の天体観測から導き出されるダークエネルギーの値よりも10の120乗倍も大きくなってしまうのだ。これほどまでに理論と観測が乖離する現象は他に類を見ず、物理学における最大の謎の一つとされてきた。

果たして、ダークエネルギーは本当に不変の定数なのだろうか。それとも、時間とともに姿を変える動的なフィールドなのだろうか。この問いに対する明確な答えを出すためには、数十億年という宇宙の歴史の各地点における膨張速度を、極めて高い精度で測定し直す必要があった。

5000の機械の瞳が捉えた110億年の時空の波紋

ダークエネルギーの振る舞いを追跡するため、DESIのチームは夜空の光を捉えるかつてないアプローチを採用した。ニコラス・U・メイヨール4メートル望遠鏡の巨大なドームの中で行われているのは、天文学というよりは精密工学の極致である。焦点面に並ぶ5000本の光ファイバーは、それぞれが独立したマイクロモーターを備えた鉛筆サイズの超小型ロボットアームに接続されている。

ターゲットとなる銀河の配置は夜空の領域(タイルと呼ばれる)ごとに異なるため、望遠鏡の向きを変えるたびに、この5000機のロボットたちは数秒のうちに新たな配列へと自らの位置を微調整する。この振る舞いは、まるで巨大な機械の網膜が、見えない宇宙の神経細胞に一つひとつピントを合わせるかのようである。

ロボットたちは瞬時に目標となる銀河やクエーサー(巨大ブラックホールを動力源とする極めて明るい銀河の中心核)に狙いを定め、数千の天体から発せられたかすかな光を同時に捉える。集められた光は望遠鏡の下部に設置された10台の高精度な分光器に送られ、そこで光の波長がどのように引き伸ばされているかを測定される。光は波であり、光源が我々から遠ざかっていると、その波長は赤い方へと長く引き伸ばされる。この「赤方偏移」の度合いを読み解くことで、天体までの正確な距離と、過去のある時点での空間の後退速度が同時に明らかになる構造である。

当初の計画では、2021年5月の稼働開始から5年間で3400万個の銀河とクエーサーを観測する予定であった。しかし、観測機器のハードウェア性能とソフトウェアの効率化は設計上の期待を大きく上回り、DESIは北天の約3分の2にあたる1万4000平方度を掃天し、4700万個以上の銀河とクエーサー、さらに2000万個の近傍恒星の座標と距離を特定した。これは過去に行われたすべての観測プロジェクトで得られたデータ量の合計を6倍以上も凌駕する、桁違いの到達点である。毎晩およそ80ギガバイトのデータが蓄積され、ローレンス・バークレー国立研究所の国立エネルギー研究科学計算センター(NERSC)のスーパーコンピューターへと送られ続けている。

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DESIの5年間の観測データから作成された、110億年にわたる宇宙の大規模構造の一部。各点は一つの銀河を表しており、重力によって銀河が集まり、網の目のような「コズミック・ウェブ」を形成している様子や、その間に広がる空洞(ボイド)が鮮明に描かれている。 (Credit: DESI Collaboration / DESI Member Institutions / DOE / KPNO / NOIRLab / NSF / AURA / R. Proctor / M. Zamani, NSF’s NOIRLab. DOI: None)

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凍りついた音波を定規にする。過去の膨張速度を測る巧妙な仕掛け

では、広大な宇宙空間に点在する銀河の座標データから、どのようにして目に見えないダークエネルギーの歴史を読み解くのか。その鍵を握るのが「バリオン音響振動(BAO)」と呼ばれる物理現象である。

ビッグバン直後、初期の宇宙は陽子や電子、光子が激しく衝突を繰り返す超高温で高密度なプラズマのスープ状態であった。このスープの中に生じたわずかな密度の偏りが重力で周囲の物質を引き寄せようとすると同時に、光子が強烈な放射圧でそれを外側へと押し返そうとした。この押し引きの攻防が巨大な圧力波を生み出し、水面に落ちた石が作る波紋のように宇宙空間を広がっていった。これが音波の正体である。

ビッグバンから約38万年後、宇宙が冷えて電子と原子核が結合すると、光子は物質との干渉から解放され、空間を真っ直ぐに進めるようになった。この瞬間、音波を伝播させていた圧力が突如として消滅し、波紋の広がりは空間の中に「凍りついた」状態になったのである。

現在、この凍りついた波紋の縁の領域には、他の場所よりもわずかに物質が集まりやすく、結果として銀河が形成されやすいという性質が残されている。銀河と銀河の間の距離を統計的に測ると、約5億光年という特定の距離を隔てて対になっている銀河がわずかに多いことがわかる。この5億光年という特定の距離は、宇宙の歴史を通じて決まったサイズを持つ「標準定規」の役割を担う。

DESIはこの宇宙に刻まれた巨大な定規を、110億年の歴史の様々な時代(異なる距離)において測定した。遠くの波紋(古い時代の定規)と近くの波紋(新しい時代の定規)の見かけの大きさを比較することで、その間の時代に空間がどれほどの速度で引き伸ばされたかを逆算する仕組みである。ダークエネルギーが強ければ定規は速く遠ざかり、弱ければゆっくりと遠ざかる。この精緻な測定こそが、空間そのものの伸び縮みを測る唯一の手段となっている。

変動するダークエネルギー。標準宇宙論を揺るがす5シグマへの挑戦

集積された膨大なデータは、現代物理学に強烈な一石を投じている。2024年に公開された観測初年度のデータ、およびその後分析された3年分のデータにおいて、ダークエネルギーが宇宙定数のような不変のものではなく、時間とともにその強度が「弱まっている」可能性が示唆されたのである。

項目 従来の宇宙論(ΛCDMモデル) DESIが示唆する新パラダイムの可能性
ダークエネルギーの性質 宇宙定数(Λ)。時間や空間に関わらず密度が常に一定。 クインテッセンス等。時間とともに強度が変化し得る動的なエネルギー場。
宇宙の終焉シナリオ 永遠に加速膨張を続け、すべてが引き裂かれるか凍りつく「ビッグフリーズ」。 エネルギーの減衰により膨張が鈍化し、収縮に転じる可能性や未知の結末へ。
他分野への影響予測 既存の理論枠組みを維持可能だが、真空のエネルギー問題(10の120乗のズレ)は未解決のまま。 素粒子物理学の標準模型の拡張が不可避となり、量子重力理論の構築に向けた新たなアプローチが必要となる。

もしダークエネルギーが時間とともに減衰しているとすれば、それはアインシュタインの宇宙定数が最終的に破棄され、「クインテッセンス」と呼ばれる動的なスカラー場など、全く新しい物理学の導入が不可避となることを意味する。その影響は天文学の領域内に留まらず、素粒子物理学における標準模型の拡張を迫り、長年停滞してきた「量子重力理論」の構築に向けた強烈な推進力となる。

さらに、世界中の研究予算の配分や、進行中の巨大プロジェクトの観測戦略にも劇的なパラダイムシフトを引き起こす。欧州宇宙機関(ESA)が打ち上げたユークリッド宇宙望遠鏡や、間もなく稼働するヴェラ・C・ルービン天文台、そしてNASAのナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡といった次世代の旗艦ミッションは、この「減衰するダークエネルギー」という新たな前提の下で観測データの解析手法を根本から再構築する必要に迫られる。

現時点での統計的な信頼度は2.8から4.2シグマの間に位置している。物理学において新しい発見が認められるための黄金基準は5シグマ(偶然そうなる確率が約350万分の1)であり、まだ確定的な結論を下す段階にはない。しかし、今回完了した全5年分のデータをスーパーコンピューターで解析することで、2027年頃にはこの兆候が幻であったのか、あるいは物理学の歴史を塗り替える真実であったのかが明らかになる見通しである。

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DESIが構築した宇宙の3Dマップの断面図。地球を中心に据え、数百万の銀河の分布を距離ごとにプロットしている。遠方に行くほど過去の宇宙の姿を表しており、110億年前の宇宙の膨張速度を測るための基礎データとなっている。 (Credit: DESI collaboration and KPNO/NOIRLab/NSF/AURA/R. Proctor. DOI: None)

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炎とウイルス、そして見えないサイバー脅威を越えて

これほどまでに巨大で繊細な科学的偉業がスケジュールを前倒しで達成された裏には、プロジェクト存続の危機に瀕する数々のドラマがあった。

2020年からの世界的パンデミックによる人員制限と稼働遅延の危機を乗り越えた直後、2022年6月には大規模な山火事(コントレラス火災)が猛烈な勢いでキットピーク国立天文台に迫った。一時は電力と通信網が完全に途絶し、研究者たちはウェブカメラの映像が暗転したまま12時間以上、高価な光学計器が燃え尽きたかどうかも分からない恐怖と闘った。幸運にも消防士の決死の活動によって望遠鏡本体は焼失を免れた。

さらに通信基盤がダウンしている間、彼らは民間企業の通信衛星網を用いた緊急のデータ転送システムを構築した。また、2023年に複数の天文台を狙った深刻なサイバー攻撃が発生した際には、システムを直ちに物理的にインターネットから切り離し、毎朝観測データをハードディスクにコピーして山を下り、麓の研究所まで車で直接運ぶ「スニーカーネット」と呼ばれる古典的かつ確実な手法で観測スケジュールを死守した。気象条件、大気の乱れ、そして月の明るさ(反射光による微弱な光の観測阻害)をも緻密に計算に入れた観測運用により、いかなる悪条件の夜でも無駄なくデータを集め続けたのである。

より暗く、より遠い深淵へ。DESI-IIが描く次なる宇宙の設計図

DESIプロジェクトはここで立ち止まることはない。当初の計画を完遂した現在、すでに2028年まで延長された「DESI-II」ミッションが始動しており、計器の小規模なアップグレードを経て、観測マップをさらに20%拡張する計画が進んでいる。

この次のフェーズでは、これまで技術的に観測が困難だった領域や、より遠方のかすかな「発光赤色銀河(LRG)」、近傍の矮小銀河、そして天の川銀河の周囲を引き裂かれながら流れる恒星ストリームなどが新たな標的となる。初期宇宙に近い時代の微弱な光を捉えることは、ダークエネルギーがいつ、どのようなきっかけで「減衰」を始めたのかというトリガーの瞬間を特定する鍵を握っている。

我々は今、人類が長きにわたって信じてきた宇宙のルールが根底から覆るかもしれない瞬間に立ち会っている。アインシュタインが方程式に残した定数という呪縛を払い退け、宇宙を支配する真の力学が解き明かされる日は、すぐそこまで来ている。


論文

 

参考文献