鴻海精密工業(Foxconn)は2026年10月16日、三菱電機の自動車機器事業を担う三菱電機モビリティの株式50%を、傘下の投資会社を通じて取得する最終契約を締結した。取得価格は1150億円を見込み、取引完了後は三菱電機と鴻海が折半出資する合弁会社として運営する。4月に始まった資本提携の検討が、正式な契約締結に至った形だ。

今回の提携は、鴻海が持つEVの開発・製造技術と、三菱電機側の電子制御技術やソフトウェアを組み合わせることが狙いだ。ただし、提携対象はEV関連事業に限らず、既存の内燃機関関連事業も含まれる。10月19日に公表された事業計画からは、EV向け事業の成長を目指す一方、既存事業の収益改善にも取り組む方針が読み取れる。

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1150億円で取得する事業の範囲

株式を取得するのは、鴻海が全額出資するLin Yin International Investmentである。三菱電機は残る50%の株式を保有し、両社で共同運営する予定だ。10月16日の発表資料によると、競争当局の承認などを条件に、2027年10月の株式譲渡完了を見込んでいる。契約締結から実際に共同運営が始まるまでには、約1年の期間がある。

今回の取得価格1150億円は、事業全体の企業価値を単純に半分にした金額ではない。契約上の企業価値は3200億円だが、資産の変動などを考慮した株式価値は2300億円と算定されている。鴻海が支払う1150億円は、この株式価値の50%に相当する。企業価値と株式価値、実際の取得価格を区別することが、今回の取引を理解するうえで重要となる。

取得対象となる事業の範囲にも注意が必要だ。三菱電機モビリティは2024年4月に発足したが、三菱電機の自動車機器事業がすべて同社に集約されているわけではない。株式譲渡に先立ち、三菱電機本体に残る対象事業を会社分割によって承継させるほか、国内外のグループ会社が持つ対象事業も三菱電機モビリティまたはその子会社に移管する計画となっている。

この違いは売上高にも表れている。適時開示資料によると、現在の三菱電機モビリティの2026年3月期売上高は6575.65億円だが、譲渡対象となる自動車機器事業全体の売上高は8756億円に上る。両者は集計対象が異なるため、6575.65億円の売上高を持つ企業の株式を単純に折半する取引と捉えると、実際の事業規模を見誤ることになる。

4月24日に締結した覚書では、鴻海による50%の出資受け入れを視野に、共同運営を検討する段階だった。今回の最終契約では、取得する持分と価格に加え、対象事業を集約してから株式を譲渡する具体的な手順も定められた。EVプラットフォームを共同開発するという構想が、資本関係と事業体制の再編を伴う具体的な計画へと進んだことになる。

鴻海が求めるのは車両制御技術とソフトウェア

鴻海は10月19日の説明会資料で、三菱電機モビリティとの提携を決めた理由として、電子制御技術、豊富なソフトウェア資産、先進運転支援システム(ADAS)やソフトウェア定義車両(SDV)に関連する技術を挙げた。鴻海が求めているのは、単なる自動車部品の生産能力ではなく、車両の機能や動作を制御する技術である。EVの開発・製造を手がける鴻海にとって、車両制御技術とソフトウェアの強化は、完成車の開発能力を高めるうえで重要な意味を持つ。

両社が協業の中心に据えるのは、電動パワートレイン、自動運転、車載インテリジェンスの3領域だ。電動パワートレインではインバーターなどの技術を活用し、車載インテリジェンスでは車両制御に関するソフトウェアを生かす構想である。運転者の状態を検知するドライバーモニタリング技術も、今後の協業に活用する技術の一つとして位置付けられている。

三菱電機側の強みは、こうした技術だけではない。世界各地に展開する事業拠点や、自動車メーカーとの既存の取引関係も重要な資産となる。一方、鴻海は自社の調達力と開発スピードを生かし、両社で日本発のEVプラットフォームを構築する方針を掲げている。車両の基本構造から電子制御システム、ソフトウェアまでを一体的に開発することで、EV事業の競争力を高めようとしている。

ただし、現段階で示されているのは、両社の技術や事業基盤を組み合わせた今後の開発構想である。出資契約の締結によって、新たなEVの受注台数や自動運転性能が確定したわけではない。共同開発した技術が実際の車両に採用され、量産と販売につながるまでには、製品開発や顧客による採用判断など、複数の段階が残されている。

また、三菱電機モビリティは、EV関連事業だけを手がける企業になるわけではない。説明会では、電動化関連製品、ドライバーモニタリング、電動パワーステアリング、新モビリティ事業・サービスを今後の4本柱として示した。これらに加えて内燃機関関連事業も継続し、モビリティ関連データを活用したソリューション事業の育成にも取り組む計画だ。新たなEV関連事業を成長させながら、既存製品の供給と収益確保も担う事業構成となっている。

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2030年度の売上高1兆円目標、鍵を握る既存事業の収益改善

10月19日の説明会資料20ページに掲載されたロードマップでは、自動車機器事業の売上高について、2025年度実績の8756億円に対し、2026年度は8200億円を見込んでいる。そのうえで、2030年度には1兆円超を目指す計画だ。売上高がいったん減少する見通しのなかで、既存事業の収益性を改善し、将来的な成長につなげる方針が示されている。

指標 2025年度実績 2026年度見込み 2030年度目標
売上高 8756億円 8200億円 1兆円超
調整後営業利益率 5.7% 9.3% 数値の記載なし

同資料によると、2026年度は売上高の減少を見込む一方、調整後営業利益率は2025年度の5.7%から9.3%へ改善する見通しだ。なお、調整後営業利益率は同社が用いる独自の調整指標であり、通常の営業利益率と同一視することはできない。売上規模の拡大と収益性の改善は必ずしも同時に進むわけではなく、両者を分けて評価する必要がある。

ここで重要なのは、2026年度の利益率改善が、鴻海との共同運営開始よりも前に計画されている点だ。2026年度は2027年3月に終了する一方、株式譲渡の実行予定は同年10月となっている。そのため、2026年度の利益率改善見込みを、合弁会社としての共同運営による成果と評価することはできない。説明会資料でも「既存事業の稼ぐ力」を成長の土台と位置付け、不採算事業の終息や主要事業の収益改善をロードマップに盛り込んでいる。

つまり、2030年度の売上高1兆円超という目標を評価するには、三菱電機が従来から進めてきた事業構造改革と、鴻海との提携によって生まれる新たな成長を区別する必要がある。既存事業の収益性がどこまで改善するかに加え、共同開発した製品がどれだけ売上高を押し上げるかが、目標達成の重要な判断材料となる。

今後の焦点は共同開発製品の採用と量産

三菱電機は今回の株式譲渡に関連して、2027年3月期に約1000億円の減損損失を計上する見込みだ。その他の影響についても精査を進め、10月30日に同年度の連結業績予想を公表する予定としている。提携による将来の成長が期待される一方、資産評価や短期的な業績への影響も明らかになりつつある。

株式譲渡後、三菱電機モビリティは2028年3月期から三菱電機の連結子会社ではなくなり、持分法適用会社となる見込みである。これにより、三菱電機の連結売上高の変化だけでは、共同運営する自動車機器事業の成長を把握しにくくなる。今後は、対象事業そのものの売上高や利益率に加え、共同開発製品の採用状況と量産の進展を継続的に確認する必要がある。

両社は日本発のEVプラットフォームの発展を掲げているものの、2030年度の売上高目標を示したロードマップには、新たなEV関連製品がどの程度売上高に寄与するかという内訳は記載されていない。今後、共同開発製品がどの車種に採用され、いつ量産を開始し、どれだけの売上高を生み出すのかが明らかになれば、1150億円の出資がもたらす事業上の効果を具体的に評価できるようになる。既存事業の収益改善を進めながら、鴻海との協業を実際の受注と量産につなげられるかが、今回の提携の成否を左右することになる。