市場調査会社Jon Peddie Research(JPR)の最新の市場調査によると、2024年のGPU(Graphics Processing Unit)市場規模は985億ドルに到達する見込みとのことで、依然として大きな成長を続けているようだ。この急成長の背景には、AIインフラ整備に向けた旺盛な需要があり、特にデータセンター向け高性能GPUセグメントが市場を牽引しているという。
市場構造の劇的な変化
パラダイムシフトの実態
従来のGPU市場の主役はゲーミング用途だったが、現在は様相が一変している。JPRのJon Peddie所長が「AI分野は急速な成長と高い平均販売価格で注目を集めているものの、他の市場セグメントと比較すると出荷量は少ない」と指摘する通り、量から質への転換が起きている。
特にデータセンター向けAI処理用GPUの市場は、独特な収益構造を形成している。出荷台数こそゲーミングGPUと比較して数百万台程度と少ないものの、1台あたりの単価は3万から4万ドルにも達する。その結果、出荷量では少数でありながら、市場収益の大半をこのセグメントが生み出す構図となっている。
主要企業の戦略転換
この構造変化を象徴するのが、主要企業の業績推移だ。特にNVIDIAの変貌は顕著である。同社は2025年度の最初の2四半期だけでAI・HPC向けGPUから420億ドルを獲得し、年間では900億ドルを超える売上が予測されている。一方、AMDも同セグメントで30億ドル以上の売上を見込んでいるが、両社の規模の差は歴然としている。この状況は、かつてのゲーミング市場における競争構造とは大きく異なる様相を呈している。
現代のGPU市場は、複数の用途が重層的に絡み合う構造へと進化している。データセンターでのAI処理という最も収益性の高い領域を頂点として、ゲーミング、スマートフォンやタブレットでの組み込み用途、産業用途、車載システム、AR/VRまで、その応用範囲は着実に広がりを見せている。
構造変化がもたらす影響
この市場構造の変化は、業界全体に広範な影響を及ぼしている。高収益が見込めるAI向け需要の増加は、製造能力の配分にも影響を与え始めている。その結果、従来のゲーミング向けGPUの供給動向にも変化が生じる可能性がある。さらに、この潮流は新規参入企業による市場参入を促進する一方で、米中関係に代表される地政学的要因による市場の分断リスクも高まっている。
JPRのレポートが指摘するように、GPUは今やあらゆる産業、科学、商業、消費者製品に不可欠な存在となっている。しかし同時に、AI処理向け高性能GPU市場の急成長が続く中で、この普遍性と専門性の両立が、今後の市場構造をより複雑なものにしていくだろう。この二面性こそが、現代のGPU市場を特徴づける本質的な要素となっている。
市場参入者の多様化
GPU市場の急成長に伴い、参入企業の顔ぶれも大きく変化している。JPRの調査によると、現在のGPU市場には20社のメーカーと7社のIP提供企業が参入しており、その構図は従来の寡占市場から多極化へと確実に移行している。
伝統的プレイヤーとそれを迎え撃つテクノロジー企業
長年市場を牽引してきたNVIDIAは、AIブームを背景に圧倒的な優位性を確立している。同社の次世代AI向けハードウェアは3万から4万ドルという高価格帯に位置づけられ、データセンター向け市場で支配的な地位を築いている。これに対しAMDは、より幅広い価格帯での展開を試みており、特に中価格帯でのプレゼンス向上を図っている。一方、Intelは統合GPU市場での強みを活かしながら、離散GPU市場への本格参入を進めている。
注目すべきは、AppleやMetaといったテクノロジー大手の動きだ。特にAppleは独自のシリコン戦略の一環としてGPU開発に注力し、統合GPU分野で独自の地位を確立しつつある。Metaはデータセンター向けの特殊用途GPUの開発に力を入れており、AI処理の効率化を追求している。
中国企業の台頭
中国市場からはBiren、MetaX、Moore Threadsなど、新興企業が相次いで参入している。これら企業の特徴は、ゲーミング市場ではなく、データセンター向けAI GPU市場に焦点を当てている点にある。米国による技術規制という大きな障壁に直面しているにもかかわらず、AI市場の成長性を重視し、積極的な投資を続けている。
市場参入者の多様化は地理的な広がりも見せている。従来は米国企業が主導してきた市場だが、現在は中国に加え、その他のアジア地域からも新たなプレイヤーが登場している。これにより、GPU技術の開発拠点も世界各地に分散する傾向が強まっている。
技術的アプローチの多様化
新規参入企業の増加は、GPU設計における技術的アプローチの多様化ももたらしている。伝統的な汎用GPU設計に加え、特定用途に特化した専用アーキテクチャの開発や、新たな製造プロセスの採用など、技術革新の方向性も多岐にわたっている。
この参入者の多様化は、市場競争の様相も変えつつある。高性能GPU市場ではNvidiaの優位性が際立つ一方で、特定用途向けGPUや中低価格帯市場では、新規参入企業との競争が活発化している。この競争環境の変化は、技術革新の加速や価格競争力の向上など、市場全体にポジティブな影響をもたらす可能性を秘めている。
しかし、この多様化の流れは同時に、市場の分断化リスクも内包している。特に米中間の技術覇権競争は、グローバルなサプライチェーンや技術標準の統一性に影響を及ぼす可能性があり、業界全体として注視が必要な課題となっている。
Xenospectrum’s Take
この985億ドル規模という数字は、単なる市場規模の拡大以上の意味を持つ。スマートフォン市場(約5000億ドル)や自動車市場(上位20社で2.1兆ドル)と比較すると、依然として小規模だが、その成長率と収益性は驚異的だ。
興味深いのは、この状況がGPUメーカーの戦略に及ぼす影響だ。例えば、Nvidiaにとって、ゲーミング向けGPUの500ドルの利益と、データセンター向けの1万ドルの利益を比較した場合、製造能力の配分は自ずと後者に傾くだろう。
これは、AMD、Intel、その他のメーカーにとって、特に中低価格帯のコンシューマー市場で新たな機会が生まれる可能性を示唆している。ある意味で、AIブームがGPU市場の健全な競争を促進する皮肉な展開となるかもしれない。
Source
- Jon Peddie Research: Summary report on the worldwide total GPU market
コメント