半導体大手のMicronは、AIやデータセンターからの旺盛な需要と供給制約を背景に、DRAMおよびNANDフラッシュメモリの価格を2025年から2026年にかけて引き上げる計画を正式に発表した。この動きは、メモリ市場全体の価格上昇トレンドを加速させる可能性がある。
Micronが価格改定を正式発表、市場回復と需要増が背景
Micron Technologyは2025年3月25日付けで、主要顧客に対しメモリ製品の価格引き上げに関する書簡を送付したことを、翌26日に公式に認めた。同社によれば、この決定は3月20日に開催された同社の収益報告会での経営陣コメントと完全に一致するものである。ただし、現時点での具体的な財務見通しに関する追加コメントは控えている。
今回の価格改定の背景には、メモリ市場全体の大きな構造変化がある。長らく続いた供給過剰とそれに伴う価格下落の局面を経て、メモリ市場は明確な回復基調を示している。これは、Micronを含む主要メモリサプライヤーが実施してきた戦略的な生産調整が功を奏し、需給バランスが改善したことによるものである。実際、過去1年間でDRAMおよびNANDフラッシュメモリのスポット価格および契約価格は、着実に上昇傾向をたどってきた。
Micronはこの回復局面において、さらなる価格引き上げに踏み切る。同社がチャネルパートナー向けに説明したところによると、「様々な事業セグメントにわたる予測外の需要」が主な理由であるという。特に、AI(人工知能)関連アプリケーションからの需要増と、競争の激しい市場で製品ポートフォリオの優位性を維持する必要性を、価格調整の根拠として挙げている。
需要サイドの要因として最も注目されるのは、AIおよびHPC(高性能コンピューティング)分野からの爆発的な需要増である。NVIDIA、AMD、Intelといった主要半導体メーカーが次世代AIアクセラレータや高性能GPUの開発を加速させる中で、それに不可欠な高性能メモリへの要求がかつてないほど高まっている。
その中でも特に需要が逼迫しているのが、HBM(High-Bandwidth Memory)である。HBMは、複数のDRAMダイを垂直に積層し、広帯域なインターフェースで接続することで、従来のメモリ規格(DDR SDRAMなど)と比較して桁違いのデータ転送速度を実現する高性能メモリ技術である。AIモデルのトレーニングや推論といった膨大なデータ処理を行う上で、HBMの性能は不可欠とされており、供給が需要に追いついていない状況が続いている。Micronや競合他社はHBMの増産を進めているものの、供給タイトな状況は容易には解消されず、これがメモリ全体の価格上昇圧力の一因となっている。
さらに、PC(パーソナルコンピュータ)やスマートフォンといった広範なコンシューマーエレクトロニクス市場の回復も、メモリ需要を下支えする要因として期待されている。デバイスメーカー各社は、2025年後半から2026年にかけて予定されている新製品のローンチに向けて、DRAMやNANDフラッシュメモリの発注量を増やすと予測されており、これもMicronが価格引き上げに踏み切る根拠の一つとなっている。
HBM増産へ巨額投資、市場全体への波及と影響
旺盛な需要、特に逼迫するHBMの供給に対応するため、Micronは生産能力の増強に向けた大規模な投資計画も明らかにしている。同社は、シンガポールに約70億米ドルを投じて、最先端のHBM組立およびテスト施設を新たに建設すると発表した。
この新工場は2026年の稼働開始を目標としており、現在主流のHBM3Eだけでなく、次世代規格であるHBM4、さらにはその先のHBM4Eといった、より高性能なメモリ製品の生産に重点を置く計画である。この投資により、Micronは急成長を続けるHBM市場での競争力を強化し、より大きなシェアを獲得することを目指している。
Micronによる今回の価格引き上げの発表は、メモリ業界全体に大きな影響を与える可能性が高い。メモリ市場はMicron、Samsung Electronics、SK hynixの3社による寡占状態にあり、1社が価格引き上げに動けば、他の競合メーカーも追随する傾向が強い。そのため、多くの業界アナリストは、SamsungやSK hynixも同様の価格戦略をとる可能性が高いと見ており、メモリ価格の上昇トレンドが今後数年間(少なくとも2026年まで)継続するとの見方が強まっている。
このメモリ価格の上昇は、最終製品の価格にも影響を及ぼすことが避けられないだろう。高性能なグラフィックボードを搭載したゲーミングPC、最新のAI機能を搭載したスマートフォン、そして企業のITインフラやクラウドサービスを支えるデータセンターのサーバーに至るまで、メモリを搭載するあらゆる製品でコスト増につながる可能性がある。TechPowerUpなどの専門メディアは、このコスト増が今後のハードウェア更新サイクルや、企業・個人による新技術の導入ペースにどのような影響を与えるか、注意深く見守る必要があると指摘している。
供給が需要に追いつかない状況が続くことを見据え、Micronはサプライチェーンの安定化にも努めている。同社はチャネルパートナーに対し、より正確で長期的な需要予測の提出を強く要請している。これは、限られた供給能力を効率的に配分し、生産計画を最適化することで、可能な限り安定した製品供給を維持しようとする取り組みの一環である。
メモリ市場は、AIという巨大な需要ドライバーを得て、新たな成長局面に入った。Micronの価格引き上げは、その変化を象徴する動きであり、テクノロジー業界全体がその影響を注視している。
Sources
- Micron [PDF]
- Tom’s Hardware: Micron confirms memory price hikes as AI and data center demand surges