テクノロジー業界において、生成AIの隆盛は「革命」と称賛される一方で、ハードウェアのエコシステムには予期せぬ「副作用」をもたらしている。その波紋は、世界中の愛好家やエンジニアに愛されるシングルボードコンピューター(SBC)の代名詞、「Raspberry Pi」にも到達した。

Raspberry Pi Foundation(ラズベリーパイ財団)は2025年12月1日、主力製品であるRaspberry Pi 4およびRaspberry Pi 5の価格引き上げを正式に発表した。その一方で、エントリーユーザーの受け皿となるメモリ1GB版のRaspberry Pi 5を45ドルで投入するという、硬軟織り交ぜた戦略を打ち出している。

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メモリ市場の高騰が招いた「痛みを伴う決断」

事態は深刻だ。Raspberry Pi FoundationのCEO、Eben Upton氏が「痛みを伴う」と表現したように、今回の価格改定は一部のモデルで最大25ドル(約20%以上)の上昇を記録している。

価格改定の全貌:ハイエンドほど大きな打撃

発表された新価格体系を見ると、メモリ容量(Density)が大きいモデルほど、価格上昇幅が大きいことが明確に見て取れる。特に、AI開発やサーバー用途で人気を博していた16GBモデルの価格急騰は、パワーユーザーにとって無視できない影響を与えるだろう。

以下は、今回発表された価格改定の詳細である。

製品モデルメモリ容量旧価格新価格差額
Raspberry Pi 51GB$45 (新登場)
Raspberry Pi 52GB$50$55+$5
Raspberry Pi 54GB$60$70+$10
Raspberry Pi 58GB$80$95+$15
Raspberry Pi 516GB$120$145+$25
Raspberry Pi 44GB$55$60+$5
Raspberry Pi 48GB$75$85+$10

さらに、産業用途で利用されるCompute Module 5 (CM5) の16GBバリアントについても、20ドルの値上げが確認されている。

一方で、安堵すべき点もある。Raspberry Pi 4の低容量モデル(1GB/2GBなど)、Raspberry Pi 3 B+以前の旧モデル、そして超小型のRaspberry Pi Zeroシリーズについては、価格が据え置かれた。これは、教育現場やシンプルなIoT工作を楽しむ層への影響を最小限に留めたいという財団の意図が読み取れる。

なぜ今、DRAM価格は高騰しているのか?

ユーザーが抱く最大の疑問は「なぜ?」であろう。その答えは、現在のテクノロジー業界を牽引する「AIインフラへの過剰な需要」にある。

1. AIサーバーによるDRAMのブラックホール化

Eben Upton氏は今回の値上げの主因として「AIインフラの展開による競争」を挙げている。生成AIのトレーニングや推論には、膨大な量の高性能メモリが必要となる。NVIDIAのH100/B200といったAIアクセラレータを搭載したサーバー群が、市場に出回るDRAMチップ(特にLPDDR4/5などの高速メモリ)を貪欲に飲み込んでいるのだ。

2. サプライチェーンの逼迫

供給側の事情も逼迫している。Samsungをはじめとする主要メモリベンダーは、AI特需を受けて価格を引き上げている。一部報道では、SamsungはAI関連の需要急増を背景に60%もの価格引き上げを行い、調査会社はDRAM価格が前年比で倍増する可能性すら示唆している。

Raspberry Piのような「低コスト・高ボリューム」を目指す製品にとって、部材コストの中で大きな割合を占めるRAM価格の変動は、利益構造を直撃する。財団が「2026年の市場逼迫を見据えて在庫を確保するため」と説明していることからも、この傾向が短期的なものではなく、少なくとも中期的(1〜2年)な課題として認識されていることが分かる。

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45ドルの救世主:「Raspberry Pi 5 1GB」の戦略的意義

暗いニュースの中で一筋の光となるのが、新たにラインナップに加わった「Raspberry Pi 5 1GBモデル」の存在だ。価格は45ドル。これは、今回の値上げラッシュに対する財団からの「回答」である。

「低コストコンピューティング」の防衛線

Raspberry Piのミッションは、高性能なコンピューティングを低価格で提供することにある。主力モデルが50ドル、60ドルと値を上げていく中で、「50ドル以下(Sub-$50)」の選択肢を維持することは、教育用コンピュータとしてのアイデンティティを守るために不可欠だったと推測できる。

1GBで何ができるのか?

「今どき1GBのメモリで足りるのか?」という懸念はあるだろう。確かに、現代のデスクトップOSとしてブラウザで複数のタブを開くような用途には心許ない。しかし、Raspberry Piの本質的な用途である以下のシナリオにおいては、1GBでもRaspberry Pi 5の強力なプロセッサ(Broadcom BCM2712, 2.4GHzクアッドコア)が真価を発揮する。

  • IoTエッジデバイス: センサー制御やデータ収集。
  • ヘッドレスサーバー: GUIを持たないファイルサーバーやDNSサーバー(Pi-hole等)。
  • レトロゲームエミュレーション: メモリ消費が少ない古いゲームコンソールの再現。
  • デジタルサイネージ: 静止画や動画の再生専用端末。

2021年発売のRaspberry Pi Zero 2 W(512MB RAM)ですら多くのプロジェクトが現役で稼働している事実を鑑みれば、最新のCPUを備えた1GBモデルは、用途を絞れば極めてコストパフォーマンスの高い選択肢となる。

今後の展望とユーザーへの提言

値上げは「一時的」か?

Eben Upton氏は、この価格上昇を「痛みを伴うが、究極的には一時的なもの(painful but ultimately temporary)」と表現し、市場の圧力が緩和されれば価格を元に戻す意向を示している。しかし、AIブームの沈静化やメモリ生産能力の増強がいつになるかは不透明であり、少なくとも2026年中はこの高値水準が続くと覚悟すべきだろう。

賢明な購入戦略

この状況下で、ユーザーはより慎重なモデル選びが求められる。

  1. 「大は小を兼ねる」の再考: 漠然と「とりあえず8GB」を選ぶのではなく、自身のプロジェクトに本当に必要なメモリ量を見極める必要がある。多くの電子工作や学習用途では、新発売の1GBモデルや、据え置き価格の2GBモデルで十分なケースが多い。
  2. 既存資産の活用: Pi 4やPi 3B+など、手持ちのボードで代替できないかを検討する。最新のPi 5は魅力的だが、旧モデルも依然として強力なツールである。
  3. 代替SBCの検討: 高容量メモリが必要な場合、価格差が縮まったことで、中古のミニPC(Tiny PC)など、x86ベースのハードウェアとの比較検討も現実的な選択肢となるだろう。

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エコシステムの強靭さが試される時

今回のRaspberry Piの価格改定は、一企業の決定という枠を超え、「AIという巨大な潮流が、ホビーや教育向けの小規模ハードウェア市場をも飲み込み始めた」ことを象徴する出来事である。

しかし、逆風の中で「1GBモデル」という安価な選択肢を即座に投入したRaspberry Pi財団の機動力は評価に値する。ハードウェアの価格が上がっても、そこで生まれる「知恵」や「創造性」の価値は変わらない。ユーザーは今こそ、リソースの制約を工夫で乗り越えるという、エンジニアリングの原点に立ち返る時なのかもしれない。


Sources