SoftBankグループは2025年3月20日、サーバーチップ設計企業Ampere Computingを65億ドル(約9,730億円)で買収すると発表した。元Intel社長のRenée James氏が創業したAmpereは、Armアーキテクチャベースの高性能・省エネプロセッサを手がけており、この買収はSoftBank、Arm系半導体企業Ampereを65億ドルで買収—AI戦略を加速のAIインフラ投資戦略を強化する重要な一手となる。
買収の詳細:65億ドルの全額現金取引、2025年後半に完了へ
今回の買収は全額現金での取引で、2025年後半に完了する見込みだ。取引完了には米国の競争法上の承認や対米外国投資委員会(CFIUS)による承認など、監督官庁の通常の承認が条件となる。買収後もAmpereはSoftBankグループの完全子会社として、現在の社名と本社(カリフォルニア州サンタクララ)を維持し、独立した運営を継続する。
現在のAmpereの主要株主であるCarlyle Group(持分率59.65%)とOracle(同32.27%)は、保有株式の売却に合意。SoftBankグループは既にARM関連会社を通じて間接的にAmpereの8.08%の株式を保有している。買収資金はみずほ銀行をはじめとする取引金融機関からの借入で調達される予定だ。
SoftBankグループの孫正義会長兼CEOは声明で次のように述べている。
「人工超知能の未来には画期的なコンピューティングパワーが必要です。Ampereの半導体と高性能コンピューティングにおける専門知識は、このビジョンの加速に役立ち、米国におけるAIイノベーションへの当社のコミットメントを深めます」
Ampere Computing:Armベースの高性能サーバーチップで市場に挑戦

Ampereは2017年、Intelで28年間勤務し社長まで務めたRenée James氏によって設立された。同社はArmコンピュートプラットフォームをベースにした高性能かつエネルギー効率に優れたサーバー向けCPU(中央演算処理装置)の設計・開発に特化している。約1,000人の半導体エンジニアを雇用し、クラウドコンピューティングやAIワークロード向けの革新的なプロセッサを開発している。
最新技術と製品ラインナップ
同社の最新プロセッサ「AmpereOne M」は以下の特徴を持つ:
- 最大192コアを搭載(一般的なサーバー用CPUの数倍)
- 前世代製品と比較してメモリ帯域幅が向上
- 2024年12月に出荷開始
また、開発中の次世代チップ「Aurora」は:
- 最大512コア(AmpereOne Mの2.7倍)
- AI専用モジュールを搭載
- 高帯域幅メモリ(HBM)を採用
- AIワークロードに最適化
Ampere社の技術的優位性
Ampereの製品の最大の特徴は、Intel社やAMD社が提供するx86アーキテクチャベースのサーバーチップよりもエネルギー効率が高い点にある。これはデータセンターの運用コスト削減という市場ニーズに合致している。
Armアーキテクチャを採用しつつも、同社は独自のカスタムコアを開発することで:
- ARMへのライセンス料を抑制
- 開発の自由度を向上
- 顧客ニーズに合わせた最適化が可能
顧客基盤も着実に拡大しており、Google Cloud、Microsoft Azure、Oracle Cloudといった北米の大手クラウドプロバイダーから、Alibaba、Tencentなどの中国テック企業、さらにはHPEやSupermicroといったサーバーメーカーにも採用されている。
創業者兼CEOのJames氏は買収発表の声明で次のように述べている:
「AIを進展させるという共通のビジョンを持ち、SoftBankグループに参加し、その先端技術企業のポートフォリオとパートナーシップを結ぶことに期待しています。これは我々のチームにとって素晴らしい結果であり、高性能ArmプロセッサとAIに向けたAmpereOneロードマップを推進することに意欲的です」
SoftBankのAI戦略:半導体からデータセンターまで垂直統合を加速
今回の買収は、SoftBankグループが近年積極的に推進しているAIインフラへの投資拡大の重要な一環だ。同社のAI関連投資は多岐にわたる:
最近のAI関連投資・提携
時期 | 内容 | 概要 |
---|---|---|
2024年7月 | Graphcore買収 | 英国のAIチップメーカーを買収 |
2025年2月 | OpenAIとの提携 | 企業向けAI「Cristal intelligence」の共同開発 |
2025年初 | Stargateプロジェクト | トランプ大統領の5,000億ドル規模AI投資に参画 |
2025年3月 | Ampere買収 | 65億ドルでARMベースサーバーチップ企業を買収 |
半導体戦略の進化
SoftBankグループの半導体戦略は2016年のArm買収に始まる。ARMは独自の命令セットアーキテクチャ(ISA)を開発し、これをチップメーカーにライセンス供与するビジネスモデルで世界中のモバイルデバイスの90%以上に採用されている。SoftBankは2023年にArmの新規株式公開(IPO)を実施したが、現在も最大株主の地位を維持している。
2024年7月には、英国のAIチップメーカーGraphcoreを買収。Graphcoreは「Bow IP」と呼ばれる特殊なAIプロセッサを開発しており、以下の特徴を持つ:
- ウェハーオンウェハー技術を使用した垂直積層アーキテクチャ
- 論理回路層と電荷保持コンデンサ層の2層構造
- 論理回路への電力供給を効率化し性能を向上
垂直統合戦略の可能性
今回のAmpere買収により、SoftBankグループは以下の技術を手に入れることになる:
- Armの基本設計技術とエコシステム
- Graphcoreの先進AI処理アクセラレータ技術
- AmpereのARMベースサーバーCPU技術
これにより、AIワークロードに最適化された半導体からデータセンターまでの垂直統合型AIインフラ戦略を加速できる可能性がある。SoftBankの発表によれば、「Armの設計力を補完する形で、ARMベースのチップの開発および製造準備(テープアウト)で実績を持つAmpereの専門知識を統合することで、長期的な保有株式価値(NAV)の拡大につながる」と期待している。
テープアウトとは、半導体製造工程において、複雑な回路設計が完成し、そのデータを製造部門やファウンドリに送付することを指す設計工程の区切り目を表す用語だ。
半導体業界への影響:ARMエコシステムの拡大とx86市場への挑戦
サーバーCPU市場の変化
サーバー向けCPU市場は長年、IntelとAMDが支配してきたが、近年はクラウドプロバイダーを中心にArmベースのプロセッサへの移行が加速している:
- Amazon Web Services(AWS):自社開発のGraviton Armチップを提供し、大手顧客の間で人気
- Microsoft:2024年10月に独自のArmベースクラウドインスタンス「Cobalt 100」を提供開始
- クラウド各社:消費電力とコスト削減のため、ARMベースの選択肢を拡大中
ArmとAmpereの関係性
興味深いことに、Armも単なるライセンサーの立場を超えて、独自のサーバーCPUおよびAIチップ開発を計画しているとされる。これはAmpereなど既存顧客との競合を意味するが、今回の買収によりArmとAmpereが同じSoftBankグループ傘下となることで、競合ではなく協力関係に転換する可能性がある。
ただし、そのためには微妙な関係調整が必要だ。Armの顧客には、AWS、マイクロソフト、Qualcommなど多数の企業が含まれ、Armがチップ販売ビジネスに参入することで、顧客との関係が複雑化する恐れがある。実際、Armは昨年Qualcommが買収したNuviaの独自コア開発をめぐり訴訟を起こしている。
組み合わせの可能性
業界専門家の間では、SoftBankグループが買収したGraphcoreとAmpereの技術を組み合わせることで、AIサーバー市場に強力な製品を投入する可能性も指摘されている:
- AmpereのArm系CPUがAIワークロードの調整を担当
- Graphcoreのアクセラレータが実際のAI計算処理を担当
- 両者の組み合わせによる電力効率と性能の最適化
当面はAmpereとArmは別々の企業として運営される見通しで、長期的な統合計画については明らかにされていない。
Ampereの財務状況と今後の展望:技術力と財務改善のバランス
赤字続きの経営実態
公表された財務情報によれば、Ampereは過去3年間、大幅な赤字経営を続けている:
期間 | 売上高 | 営業損失 | 当期純損失 |
---|---|---|---|
2022年12月期 | 1億5,182万ドル | 5億1,829万ドル | 5億1,381万ドル |
2023年12月期 | 4,670万ドル | 7億1,468万ドル | 8億3,084万ドル |
2024年12月期 | 1,646万ドル | 5億1,062万ドル | 5億8,076万ドル |
2022年から2024年にかけて売上高は大幅に減少している一方、損失は継続している。この背景には、サーバーチップ市場の競争激化と、次世代製品開発への大規模投資があると考えられる。
評価額の変化
Bloombergの報道によれば、2021年時点でのAmpereの評価額は80億ドルとされており、今回の65億ドルでの買収は当時より低い評価額となっている。2022年には非公開で新規株式公開(IPO)を申請したものの、半導体市場の冷え込みもあり実現には至らなかった。
今後の成長機会
今回の買収によりAmpereには以下の成長機会が生まれる:
- 技術的シナジー:SoftBankグループ傘下のARMやGraphcoreとの技術連携
- 資金力の強化:研究開発や市場拡大のための十分な資金へのアクセス
- 顧客基盤の拡大:SoftBankのグローバルネットワークを活用した販路拡大
- AIビジョンへの貢献:孫正義会長が推進する「AIスーパーインテリジェンス」の計算基盤として貢献
Ampereは顧客基盤の拡大と次世代チップ「Aurora」の開発を通じて、半導体業界におけるポジションを強化していくことが期待される。SoftBankグループは、Ampereの技術力と市場開拓能力を評価し、長期的な視点で投資を決断したとみられる。
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