宇宙の終わりについて考えたことはあるだろうか? 永遠に輝き続けるかに見える星々も、いつかはその光を失う運命にあるのだろうか。オランダ、ラドバウド大学の研究者たちが発表した最新の研究は、私たちの宇宙観を揺るがすかもしれない、衝撃的な可能性を示唆している。彼らの計算によれば、宇宙に残された時間は、これまで考えられていたよりも遥かに、具体的には10の22乗年(1の後に0が1022個続く途方もない年数)も短いかもしれないというのである。この驚くべき結論の鍵を握るのは、かの有名な Stephen Hawking 博士が提唱した「ホーキング放射」の新たな解釈だ。
宇宙の終焉が予想より「早まる」?
私たちの宇宙が永遠ではないことは、物理学の法則から予想されていた。熱力学第二法則によれば、宇宙全体のエントロピー(乱雑さ)は増大し続け、最終的には全てのエネルギーが均一に拡散し、活動が停止する「熱的死」を迎えると考えられている。しかし、その「いつか」が具体的にいつなのかは、長らく議論の的であった。
特に長寿命と考えられてきたのが、「白色矮星」と呼ばれる天体である。これは太陽のような恒星が燃料を使い果たした後に残る、高密度の核だ。これまでの理論では、陽子崩壊といった仮説的なプロセスを経なければ、白色矮星は事実上永遠に存在し続けるとされ、その寿命は10の1100乗年(1の後に0が1100個!)というとてつもない長さだと見積もられていた。もし宇宙の年齢(約138億年)を、宇宙に存在する原子の数(推定10の80乗個)で掛け合わせたとしても、この数字には遠く及ばない。
しかし、ラドバウド大学の天体物理学者Heino Falcke教授、量子物理学者Michael Wondrak博士、数学者Walter van Suijlekom教授の研究チームは、この常識を覆す可能性のある計算結果を発表した。彼らが2025年5月12日付の『Journal of Cosmology and Astroparticle Physics』誌に発表した論文によると、白色矮星を含む全ての天体が、「ホーキング放射に似たプロセス」によってゆっくりと蒸発し、消滅する可能性があるというのである。そして、その計算に基づくと、最も長寿であるはずの白色矮星ですら、約10の78乗年(1の後に0が78個)で完全に蒸発してしまい、宇宙は完全な闇に包まれるというのだ。
10の1100乗年から10の78乗年という、単なる計算誤差では済まされない、桁違いの短縮である。これは、人間の寿命に換算すれば余命50年と宣告された人が、実は1兆分の1秒のさらに1兆分の1秒も生きられないと知らされるようなものだ(もちろん、宇宙スケールでは10の78乗年ですら想像を絶する長期間だが)。
Falcke教授は、「宇宙の最終的な終わりは、予想よりずっと早く訪れることになります。しかし幸いなことに、それはまだ非常に長い時間がかかるでしょう」と述べている。
鍵はホーキング放射? 新たな「蒸発」メカニズム
この劇的な予測変更の根底にあるのは、研究チームが2023年に発表した先行研究と、それを発展させた今回の研究である。彼らは、Stephen Hawking博士が提唱した「ホーキング放射」のメカニズムを、ブラックホール以外の天体にも拡張できる可能性を示した。
ホーキング放射とは何か?
まず、ホーキング放射についておさらいする。1975年、Hawking博士は、ブラックホールが完全な「牢獄」ではなく、粒子や放射を放出している可能性があると提唱した。これは、量子力学と一般相対性理論を結びつけた画期的なアイデアであった。
実は、何もないように見える真空の空間でも、量子的なゆらぎによって、粒子とその反粒子(質量は同じで電荷などが反対の粒子)のペアが絶えず生成・消滅を繰り返していることが分かっている(仮想粒子対)。通常、これらのペアはすぐに互いに打ち消し合って消滅する。しかし、ブラックホールの「事象の地平線」(光でさえ脱出できなくなる境界)のすぐ近くでこのペアが生成されると、特殊な状況が起こり得る。
ペアの一方(負のエネルギーを持つとされる)がブラックホールに吸い込まれ、もう一方が外部へ逃げ出すことがあるのだ。外部の観測者から見ると、あたかもブラックホールが粒子を放射しているように見える。これがホーキング放射である。このプロセスを通じて、ブラックホールはゆっくりと質量とエネルギーを失い、最終的には蒸発して消滅すると考えられている(ただし、恒星質量のブラックホールですら、蒸発には宇宙の年齢の何十倍もの時間がかかるとされる)。
事象の地平線は不要? 時空の曲率が生む粒子
Hawking 博士の元々の理論では、事象の地平線の存在が不可欠であった。しかし、Falcke教授らの研究チームは、2023年の『Physical Review Letters』誌の論文で、「事象の地平線がなくても、時空の曲がり具合(重力場の強さ)そのものが粒子生成を引き起こす可能性がある」ことを理論的に示した。
彼らのアプローチは、「共変摂動理論」という数学的な手法に基づいている。簡単に言えば、非常に強い重力場(つまり、時空が大きく歪んだ場所)では、仮想粒子のペアが生成された際に、重力の潮汐力(場所による重力の差)によって引き離され、再消滅できずに実在の粒子となって放出される、という考え方である。これは、強い電場中で電子と陽電子のペアが生成される「シュウィンガー効果」と似た現象が、重力場でも起こり得ることを示唆している。
2023年の論文発表後、研究チームには「ブラックホール以外の天体、例えば中性子星や白色矮星も、このメカニズムで蒸発するのか?」「もしそうなら、どれくらいの時間がかかるのか?」という問いが多く寄せられた。今回の研究は、まさにその問いに答えるものなのである。
星々の運命:蒸発までの驚くべきタイムスケール
研究チームは、彼らの理論に基づき、様々な天体が「重力による対生成」を通じて蒸発するまでの時間を計算した。その結果は驚くべきものであった。
- 中性子星と恒星質量ブラックホール: なんと、これらの天体の蒸発時間はほぼ同じ、約10の67乗年と算出された。これは非常に意外な結果である。ブラックホールの方が遥かに強い重力場を持つため、より速く蒸発すると予想されていたからだ。
- 白色矮星: 前述の通り、約10の78乗年。これが、現在の理論モデルにおける宇宙の物質が存在できる実質的な上限時間となる。
- 超大質量ブラックホール: 例えば、M87銀河中心にあるような巨大なブラックホールは、約10の96乗年と、さらに長い時間をかけて蒸発する。
- 月や人間: 研究チームは、遊び心も交えて(あるいは理論の適用範囲を示すために)、月や人間の蒸発時間も計算している。その結果は約10の90乗年。ただし、研究者たち自身も注記しているように、月や人間は、このプロセスが問題になるよりずっと前に、別の要因(太陽の膨張、生物学的な寿命など)によって消滅しているだろう。
なぜ中性子星とブラックホールは同じ時間?
中性子星と恒星質量ブラックホールの蒸発時間がほぼ同じというのは、直感に反するかもしれない。Wondrak博士は、Newsweekの取材に対し、その理由を次のように説明している。「ブラックホールには表面がありません。そのため、自身が放出した放射の一部を再び吸収してしまい、蒸発プロセスが抑制されるのです」。一方、中性子星には表面があり、内部で生成された粒子も外部へ放出されるため、結果的にブラックホールと同程度の時間で蒸発すると考えられる。
白色矮星:最長寿のはずが…大幅短縮の理由
白色矮星の寿命が10の1100乗年から10の78乗年へと劇的に短縮されたのは、今回の研究で提唱された「重力による対生成」が、従来考えられていた陽子崩壊などのプロセスよりも遥かに効率的に質量を失わせるためである。研究チームの計算によれば、天体の蒸発時間は、その平均密度(ρ)の-3/2乗(ταρ^-3/2)に比例する。つまり、密度が高い天体ほど、より速く蒸発するのだ。白色矮星は非常に高密度だが、中性子星やブラックホールほどではないため、それらよりは長生きするが、それでも永遠ではないのである。
宇宙論への波紋:残された謎と未来への展望
この新しい理論は、私たちの宇宙観、そして宇宙の未来像に大きな影響を与える可能性がある。
過去の宇宙の「化石」は存在する?
研究チームの論文(プレプリント版)では、興味深い可能性が示唆されている。もし、私たちの宇宙が唯一のものではなく、過去にも星が生まれ死んでいく宇宙が存在し、それらが周期的に繰り返されているとしたら(多元宇宙論の一種)、そしてその繰り返しの周期が約10の68乗年(中性子星や恒星質量ブラックホールの蒸発時間)よりも短ければ、前の宇宙で形成された中性子星などの「化石」が、現在の宇宙にも存在しているかもしれない、というのである。
ただし、研究者たちも認めているように、これは非常に思弁的な話である。もしそのような「化石」が存在したとしても、現在の宇宙では周囲の物質を吸い込んで成長している可能性が高く、また、インフレーション(宇宙初期の急膨張)がそのような過去の遺物を完全に消し去っている可能性もある。検出は極めて困難だろう。
陽子崩壊仮説に代わる可能性
物質が最終的にどのように消滅するのかは、物理学の大きな謎の一つである。これまで、陽子(物質を構成する基本的な粒子の一つ)が非常に長い時間をかけて崩壊するという仮説があったが、実験的には未だ観測されていない。今回の研究が示す「重力による対生成」は、陽子崩壊とは別のメカニズムで、物質(少なくとも高密度の天体)がエネルギーに変換され、消滅していく可能性を示唆している。これは、物質の究極的な運命を考える上で、新たな視点を提供するかもしれない。
ホーキング放射の謎は解けるか?
ホーキング放射は、理論物理学における金字塔の一つであるが、その詳細なメカニズムや、ブラックホールに吸い込まれた情報がどうなるのか(情報パラドックス)など、未解決の謎も多く残されている。
今回の研究は、ホーキング放射(あるいはそれに類似したプロセス)が、事象の地平線という特殊な境界だけでなく、より一般的な強い重力場でも起こり得ることを示唆しており、ホーキング放射そのものの理解を深める上で重要な一歩となる可能性がある。数学者のvan Suijlekom教授は、「このような問いを探求し、極端なケースを考察することで、私たちは理論をより深く理解し、いつの日かホーキング放射の謎を解き明かしたいのです」と語っている。
遠い未来への新たな視点
ラドバウド大学の研究者たちが示した「宇宙の終焉が早まる」という説は、まだ理論段階であり、実験的な検証は(その時間スケールの壮大さゆえに)不可能に近いだろう。しかし、彼らの緻密な計算と理論的考察は、宇宙の究極的な運命について、私たちに新たな、そしてより「早い」タイムラインを提示した。
10の78乗年という時間は、人間の感覚からすれば永遠と同じだが、宇宙の歴史全体を考える上では、無視できない変化である。この研究は、ブラックホールだけでなく、白色矮星や中性子星といった、かつては永遠と思われた天体でさえも、時空の量子的な性質によってゆっくりと消滅していく運命にあることを示唆している。
私たちは、この広大な宇宙の、ほんの一瞬に生きているに過ぎない。しかし、科学の力によって、宇宙の始まりから、そして今回のように、その遥か遠い未来の姿までも描き出すことができるのだ。この研究が、ホーキング放射の謎の解明、そして宇宙の究極の運命に関する理解をさらに深めるきっかけとなることを願ってやまない。
論文
参考文献
- Redboud Universiteit: Universe decays faster than thought, but still takes a long time
- Newsweek: End of the Universe Coming Sooner Than Thought, Scientists Reveal