現代の物性物理学において、電気抵抗が完全にゼロになる「超伝導」現象の解明は、最もエキサイティングで重要な研究テーマの一つだ。中でも、比較的高い温度で超伝導を示す「高温超伝導体」は、エネルギー問題の解決や次世代テクノロジーの基盤として期待されている。この高温超伝導の分野において、歴史的なブレイクスルーとなる研究成果が日本の研究チームから発表された。

名古屋大学大学院理学研究科の井上大輔氏(博士後期課程学生)、山川洋一講師、大成誠一郎准教授、紺谷浩教授らの研究グループは、2023年に世界で初めて発見され、第3の高温超伝導体として世界中から熱い視線を浴びている「二層ニッケル酸化物(La3Ni2O7)」における高温超伝導の発現メカニズムを理論的に解明した。本研究は、長年物理学者を悩ませてきた「電荷密度波(CDW)」と「スピン密度波(SDW)」という2つの相反する秩序が共存する謎を解き明かし、さらにそれらが協力して超伝導を駆動するという画期的な知見を提示したものである。この成果は2026年2月23日付の英国科学誌「Communications Physics」に早期公開され、室温超伝導の実現に向けた発見として多大な関心を集めているものだ。

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第3の高温超伝導体「ニッケル酸化物」の衝撃と、立ちはだかる謎

物質を極低温まで冷却した際に電気抵抗が消失する超伝導は、1911年にKamerlingh Onnesによって初めて発見された。長らく絶対零度(マイナス273.15℃)に近い極低温でしか起きない現象と考えられていたが、1986年に銅酸化物高温超伝導体が発見され、さらに2008年には日本の細野秀雄教授らによって鉄系高温超伝導体が発見されたことで、研究の歴史は大きく塗り替えられた。これらは、従来の理論(BCS理論)では説明ができない「非従来型超伝導体」と呼ばれ、その発現メカニズムの完全解明は物理学界の至上命題となっている。

そして2023年、中国の研究チームにより、銅酸化物、鉄系に続く世界で3例目の高温超伝導体ファミリーとして「二層ニッケル酸化物(La3Ni2O7)」が発見された。この物質は、約10GPaという高圧力下において最大80Kという高い超伝導転移温度(Tc)を示す。さらに翌2024年には、薄膜試料を用いることで、常圧(大気圧)下においても約40Kで超伝導状態となることが確認され、新規高温超伝導物質としてのポテンシャルの高さを見せつけている。

しかし、この新しいニッケル酸化物には、研究者たちを悩ませる大きな謎が隠されていた。それが、常伝導状態(超伝導になる前の通常の金属状態)において観測される「電荷密度波(CDW)」と「スピン密度波(SDW)」の共存である。
電子は、マイナスの電気である「電荷」と、ミクロな磁石としての性質である「スピン」という2つの属性を持っている。物質内で電荷の濃淡(粗密)が空間的に周期的な波のように固定される状態を電荷密度波(CDW)と呼び、スピンの向き(上向きと下向き)が周期的に整列する状態をスピン密度波(SDW)と呼ぶ。

強相関電子系と呼ばれる、電子同士の反発力(クーロン相互作用)が強い物質群では、通常、スピンの整列であるSDWが支配的になりやすく、電荷の偏りであるCDWは抑圧されてしまうのが一般的である。実際、既存の「平均場理論」と呼ばれる標準的な理論計算手法を用いてLa3Ni2O7の電子状態を解析しても、単純なSDW相が現れるだけで、実験で明確に観測されているCDWの存在を導き出すことは不可能であった。相反するはずの2つの波がなぜ共存しているのか、その微視的な起源を解明することこそが、ニッケル酸化物の高温超伝導を理解するための最大の鍵であった。

「パラマグノン干渉機構」が解き明かす電荷とスピンの共存

名古屋大学の研究チームは、この平均場理論の限界を突破するために、「パラマグノン干渉機構」と呼ばれる極めて高度な理論的アプローチを採用した。パラマグノンとは、物質内部に生じるスピン(磁気)の微小な揺らぎのことである。

パラマグノン干渉機構とは、異なる波長(波数ベクトル)を持つ複数のスピン揺らぎが量子力学的に干渉し合うことで、本来存在しなかった「電荷の揺らぎ(あるいは軌道の揺らぎ)」が新たに誘起されるというメカニズムである。水面に投げ入れた2つの石が作り出す波がぶつかり合い、全く新しい複雑な波紋のパターンを形成する様子を思い浮かべてほしい。ミクロな量子世界において、スピンの波が干渉し合うことで、巨大な電荷の波(CDW)が生まれるのである。

研究チームは、La3Ni2O7の第一原理計算に基づく精密な電子軌道モデル(二層2軌道タイトバインディングモデル)を構築した。この物質の電子状態は、ニッケル(Ni)原子の持つ「dz2軌道」と「dx2-y2軌道」という2つの電子軌道が主役となっている。解析の結果、dz2軌道から構成される「γポケット」と呼ばれる小さなフェルミ面(電子の運動量分布の境界)の形状が、この干渉効果を引き起こすための決定的な役割を果たしていることが判明した。

「頂点補正(Vertex Corrections)」と呼ばれる、電子間の非局所的な相関効果を厳密に計算に取り入れた結果、驚くべき事実が浮かび上がった。SDWの不安定性が成長するのに比例して、それに匹敵する、あるいはそれを上回る強さのCDWの不安定性が劇的に発達することが示されたのである。具体的には、波数ベクトル q’ ≈ (π/2, 0) を持つスピン揺らぎが干渉し合うことで、波数ベクトル q ≈ (π/2, π/2) を持つ強力な電荷・ボンド秩序(CDW)が引き起こされる。これにより、長年の謎であった「実験で観測されるCDWとSDWの共存状態」が見事に、そして自然な形で理論的に再現されることとなった。

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電荷とスピンの「協調」が高温超伝導を駆動する

常伝導状態における電荷とスピンの振る舞いが解明されたことで、研究の焦点はいよいよ「超伝導の発現機構」へと移る。超伝導は、金属中の膨大な数の電子が「クーパー対」と呼ばれるペアを結成し、物質内を抵抗なく滑るように移動することで発生する。互いにマイナスの電荷を持つ電子同士は反発し合うため、ペアを組むためには何らかの「引力」を生み出す「糊(のり)」の役割を果たす媒介者が必要となる。

従来型の超伝導体では、結晶格子の振動(フォノン)がこの糊として働く。一方、銅酸化物や鉄系などの高温超伝導体においては、電子同士の強い反発力に起因するスピンの揺らぎ(SDW揺らぎ)が、磁気的な糊としてクーパー対を形成すると考えられてきた。

しかし、名古屋大学の研究チームが詳細な超伝導ギャップ方程式(引力相互作用の計算)を解き明かした結果、二層ニッケル酸化物におけるクーパー対形成のメカニズムは、これまで想定されていた以上にダイナミックで協調的なものであることが明らかになった。パラマグノン干渉機構によって生み出された巨大なCDWの揺らぎが、SDWの揺らぎとともにクーパー対を強力に結びつける引力として作用していたのである。

単なるスピンの揺らぎだけでなく、スピンの干渉から生まれた電荷の揺らぎが加わることで、電子を結びつける引力相互作用は劇的に増幅される。この「電荷とスピンの量子揺らぎの協調」こそが、La3Ni2O7において最大80Kという高い転移温度で高温超伝導を駆動する真の原動力であった。計算によれば、この協力メカニズムにより、強いバンド選択性を持つ「s波超伝導状態」や「d波超伝導状態」が安定して発現することが示されている。

欠陥に打ち克つ強靭な「s波超伝導」の発見

本研究の成果は、理想的な理論モデルの中だけに留まらず、現実の物質開発が直面している極めてプラクティカルな謎にも明確な解答を与えている。それは、「酸素欠損」という結晶の不純物(欠陥)に対する超伝導の振る舞いである。

実際のLa3Ni2O7の試料においては、二層のニッケル酸化物層の間に位置する「内側の頂点酸素サイト」から酸素原子が抜け落ちる欠損(O vacancies)が多数存在することが、電子顕微鏡などの観察で知られている。一般的に、スピン揺らぎを媒介として形成される非従来型超伝導(符号反転を伴うギャップ構造を持つもの)は、不純物や欠陥による電子の散乱に対して非常に脆い。少しでも不純物が混ざると、クーパー対が破壊され、超伝導が容易に消失してしまう性質がある。それにもかかわらず、実験では酸素欠損を多く含む試料でも超伝導が観測されており、これは大きな矛盾であった。

研究チームは、この頂点酸素欠損が電子状態に与える影響をT-行列(T-matrix)理論を用いて厳密に評価した。その結果、CDWとSDWの揺らぎによって媒介される超伝導状態のうち、特定の対称性を持つ「s波超伝導状態」が、この内側頂点酸素欠損による強い不純物散乱に対して極めて強靭(ロバスト)であることを突き止めた。

その物理的な理由は、電子軌道の対称性にある。頂点酸素欠損は、二層間の巨大な電子の飛び移りを阻害する強い不純物ポテンシャルとして働く。しかし、これを「結合軌道」と「反結合軌道」という対称的な軌道基底で解析すると、この欠陥は結合軌道と反結合軌道の間での電子の散乱(軌道間散乱)を全く引き起こさないことが判明したのである。このため、主役となるdz2軌道において、符号反転を伴うs波のクーパー対は破壊されることなく維持される。

この発見は、現実のニッケル酸化物サンプルでなぜ超伝導が観測されるのかという矛盾を見事に説明するものである。同時に、「意図的に特定の欠陥原子(酸素欠損など)を導入し、その物質の超伝導が生き残るか破壊されるかを観測することで、超伝導の対称性(s波かd波か)を特定する」という、全く新しい実験手法の理論的提案としても極めて重要な価値を持っている。

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室温超伝導の探求と新規物質開発への新たな指針

名古屋大学の研究チームによる今回の画期的な成果は、単に一つの新しい物質の謎を解き明かしたという枠に留まらない。本研究が提示した「パラマグノン干渉機構による電荷とスピン秩序の共存」、そして「電荷とスピンの揺らぎが協調してクーパー対を形成する」という普遍的なメカニズムは、高温超伝導という物理学の未踏峰を制覇するための強力な羅針盤となるものである。

これまでの超伝導物質の探索は、ある種の経験則やセレンディピティ(偶然の幸運な発見)に頼る部分が少なくなかった。しかし、本研究により、電子軌道の特定の形状(フェルミ面のポケット構造や、粒子・正孔の非対称性など)がパラマグノン干渉機構を強く引き起こし、それが高温超伝導の引き金となるという明確な理論的条件が示された。

今後、スーパーコンピューターなどを用いた第一原理計算によって、この条件を満たすようなフェルミ面形状を持つ未知の化合物や人工格子構造(ヘテロ構造)を予測・設計することが可能になる。これは、より高い転移温度を持つ新規超伝導体、ひいては人類の究極の夢である「室温超伝導体」を理論的・戦略的に創製するためのパラダイムシフトを意味している。

ニッケル酸化物が切り開いた新たな扉の先に、エネルギーロス・ゼロの送電網や、超強力で安価な磁場を必要とする次世代医療機器、超高速な量子コンピューターが当たり前となる未来が待っている。日本の研究力が、その未来への確かな一歩を標した歴史的瞬間だ。


論文

参考文献