AMDの最新プロセッサRyzen 7 9800X3Dが発売後わずか数週間で品薄状態に陥っている。その背景には、次期Donald Trump(ドナルド・トランプ)政権下での大規模な輸入関税導入を見越した企業の”パニック買い”の可能性が浮上している。
広がる関税への警戒感
次期Trump政権が掲げる包括的な関税政策に対し、米国産業界では具体的な対策の検討が始まっている。Trump陣営が2024年の選挙戦で打ち出した全輸入品への20%関税、特に中国からの輸入品に対する最大60%の高率関税という方針は、産業界に大きな衝撃を与えている。
この動きを受け、ロビイング企業Sandler, Travis & Rosenbergの国際貿易・政府関係部門を率いるNicole Bivens Collinson氏のもとには、関税対策を求める企業からの問い合わせが殺到している。Collinson氏は「電話が鳴り止まない状況で、関税の適用除外や抜け道を探る企業からの相談が数十件単位で寄せられている」と証言する。
同様の状況はロビイング企業Sorini, Samet & Associatesでも見られる。同社のプリンシパルであるRon Sorini氏は、1日に2〜3件のペースで企業からの相談を受けており、特に中国からの部品調達に関する懸念が強いという。企業の関心は「中国からどのように部品を調達するか」「サプライチェーン全体をどのように中国から移転させるか」という点に集中している。
特に注目すべきは、2018年の第一次Trump政権時代の教訓だ。当時、関税の適用除外を獲得することは、企業にとって中国でのサプライチェーンを維持するための「黄金のチケット」となった。2021年の研究によれば、共和党への政治献金実績のあるロビイング企業を通じた適用除外申請は、承認される可能性が高かったことが明らかになっている。
全米小売業協会(NRF)政府関係上級副社長のDavid French氏は、この状況について「関税の脅威は小売業者や幅広い米国企業に深刻な懸念をもたらしている」と指摘。「我々の会員企業は、Trump氏が候補指名を確実にして以来、緊急対応計画の策定を本格化させている」と述べている。
National Foreign Trade Councilのグローバル貿易政策担当副社長Tiffany Smith氏は、「関税政策の具体的な内容や適用除外制度の有無が明らかになるまで、企業は複数のシナリオを想定した計画を立てざるを得ない」と分析している。この不確実性こそが、企業の駆け込み的な在庫確保の動きを加速させている要因とみられる。
Ryzen 7 9800X3Dの異常な需要
こうしたTrump関税を見越してか、Moore’s Law is Deadが聴取したという複数の小売業者の証言によると、Ryzen 7 9800X3Dは「大量の初期在庫があったにもかかわらず」品薄状態が続いているという。注目すべきは、この品薄状態が純粋な消費者需要だけでなく、企業による戦略的な大量購入に起因している可能性が高いことだ。
ある大手米国小売業者は、Ryzen 7 9800X3Dの需要が予想を大幅に上回り、既存の注文を処理しきれないため、一時的に新規注文の受付を停止する事態に追い込まれたと証言している。この小売業者は「発売時に大量の在庫を確保し、その後も毎日のように補充を受けているにもかかわらず、需要に追いつけない状況が続いている」と述べている。
特に注目すべきは、この異常な需要の背景にある企業の購買行動だ。大手流通業者の証言によると、多くの米国企業が将来の関税リスクに備えて、実際の必要量を上回るRyzen 7 9800X3Dやその他のPC部品を購入している実態が明らかになった。企業は優先的な配送を確保するため、通常よりも高額な輸送費の支払いにも応じているという。
この状況は特に米国市場で顕著となっている。欧州や英国などの市場でも一定の供給は維持されているものの、AMDは意図的に米国市場向けの供給を優先していると見られる。これは企業による「パニック買い」に対応するための戦略的な判断とされる。ある流通業者は「2021年の半導体不足の時期を思い起こさせる状況が生まれている」と警鐘を鳴らしている。
小規模な小売業者にとって、この状況は特に深刻だ。大手企業による大量購入の影響で、流通段階での在庫確保が困難になっているためだ。ある小規模小売業者は「発売時には相当量の在庫を確保できたものの、それは需要に対して全く不十分だった。次回の入荷時期も不透明な状況が続いている」と述べている。
市場関係者の間では、この異常な需要が単なる製品の人気だけでなく、次期Trump政権下での関税導入を見据えた企業の予防的な在庫確保の動きを反映しているとの見方が強まっている。この状況は、政治的な不確実性が市場に及ぼす影響の具体例として、業界関係者の注目を集めている。
Xenospectrum’s Take
この状況は2021年の半導体不足を彷彿とさせる。しかし、今回の品薄は需要と供給の単純な不均衡ではなく、政治的リスクに対する企業の過剰反応という側面が強い。AMDが米国市場向けに供給を優先している事実は、同社も関税リスクを深刻に受け止めている証左といえる。
企業の”駆け込み需要”は一時的な現象かもしれないが、関税が実際に導入された場合、PC部品全般で20-60%の価格上昇は避けられない。これは、すでにインフレの影響を受けている消費者市場に追加の負担を強いることになるだろう。皮肉なことに、関税回避を目的とした現在の買い占め行動自体が、市場の混乱を加速させている可能性がある。
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