世界最大級のテクノロジー企業2社の間で続く、長年の対立関係が新たな局面を迎えている。市場価値で世界一となったNVIDIAと、そのAIチップとの決別を模索するAppleの関係性は、テクノロジー業界の権力構造と今後のAI開発の行方を占う重要な示唆を含んでいる。
対立の起源と深まる溝
2000年代初頭のテクノロジー業界において、AppleとNVIDIAの協力関係は必然とも思われた。高性能なグラフィックス処理を必要とするMacにとって、NVIDIA製GPUは魅力的な選択肢だったからである。しかし、両社の関係は初期段階から複雑な様相を呈していた。
最初の深刻な亀裂は、Steve Jobsが関与する象徴的な出来事として記録されている。あるNVIDIA幹部との会議の場で、JobsはNVIDIAの製品がPixarの技術を無断で使用していると痛烈に指摘した。当時、Jobsは映画制作会社Pixarの筆頭株主であり、この問題を個人的に重く見ていたとされる。NVIDIA幹部が反論を試みた際、Jobsは完全な沈黙で応じ、以降の会議で一切の対話を拒絶したという。
技術面での対立も深刻だった。NVIDIAの標準的なチップは、MacBook向けとしては電力効率が悪く、発熱も大きいという課題を抱えていた。Appleが MacBook向けにカスタムチップの設計を打診した際、NVIDIAはこの要請を拒否。この判断は後に、両社の溝を更に深める結果となった。
決定的な転換点となったのが、2008年の「Bumpgate」として知られる事件である。NVIDIAが設計したグラフィックスチップに重大な欠陥が発見され、Apple、Dell、HPなど複数の製造業者のコンピュータに影響が及んだ。この事態を受けて、AppleはグラフィックスチップのサプライヤーをAMDへと切り替える決断を下した。この移行は、後のAppleシリコン開発につながる重要な布石となった。
2010年代に入ると、知的財産権を巡る新たな対立が表面化する。NVIDIAは、Apple、Samsung、Qualcommが自社のスマートフォン向けグラフィックス描画技術の特許を無断使用しているとして、ライセンス料の支払いを要求。この要求は両社の関係を一層悪化させることとなった。
両社の対立は2019年に新たな段階を迎える。AppleがmacOS Mojaveにおいて、NVIDIAとのドライバー開発の協力を突如終了したのである。この決定により、最新のNVIDIA製グラフィックスカードはPCI-E搭載MacやeGPU対応Macでも使用できなくなった。興味深いことに、Apple側の開発者たちはNVIDIAのエンジニアリングを高く評価しており、上位モデルのサポートを望む声もあった。しかし、経営陣レベルでの決定により、この協力関係は完全に断ち切られることとなった。
AIブーム下での新たな対立構造
2024年、AIテクノロジーの急速な進展は半導体産業の勢力図を劇的に変化させた。その中心にいるのが、AIチップ市場で圧倒的なシェアを誇るNVIDIAである。同社は特にAI開発用GPUのH100シリーズで市場を席巻し、その支配的な地位を確立。みずほ証券のレポートによれば、AIアクセラレータ市場における同社のシェアは70%から95%に達している。
この圧倒的な市場支配力は、NVIDIAのGPUハードウェアと、業界標準となったCUDAソフトウェアの組み合わせによって実現された。その結果、2024年にはAppleを超える3.65兆ドルの時価総額を記録。これはEli Lilly、Walmart、JPMorgan、Visa、UnitedHealth Group、Netflixの時価総額を合わせた額を上回る規模である。
一方のAppleは、皮肉にもAI機能の実装においてNVIDIAへの依存を強いられている。ただし、その方法は特徴的だ。AppleはNVIDIAのチップを直接購入せず、AmazonやMicrosoftのクラウドサービスを経由してアクセスする戦略を取っている。これは両社の緊張関係を象徴する選択といえる。
しかし、Appleはこの状況からの脱却を図っている。2024年4月に明らかになった情報によると、同社は独自のAIプロセッサ「Baltra」の開発を本格化させた。TSMCのN3Pプロセスを採用するこのチップは、2026年の実用化を目指している。最初の導入製品はiPhone 17 Proになると見られ、これはAppleがハードウェアレベルでのAI処理能力を強化する重要な一歩となる。
さらに注目すべきは、AppleがBroadcomとのパートナーシップを通じて独自のAIサーバーチップの開発も進めている点である。これは、クラウドサービスを介したNVIDIAへの間接的な依存からも完全に脱却を図る動きとして解釈できる。
この新たな対立構造は、AIの時代における技術覇権を巡る深い戦略的含意を持つ。NVIDIAは四半期ごとの収益で80%増という驚異的な成長を続け、2024年11月期には329億ドルの売上が予測されている。一方、AppleはAI時代における自社の競争力を確保するため、かつてIntelとの決別で成功を収めた「独自チップ戦略」を再び展開しようとしている。
このような動きは、AI時代における技術の主導権を巡る競争が、単なるハードウェアの性能や市場シェアを超えて、企業の戦略的自律性にまで及ぶことを示している。AppleとNVIDIAの対立は、まさにこの時代の本質的な課題を映し出す鏡となっているのである。
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