Ayar Labsは、AIインフラ向けに世界初のUCIe(Universal Chiplet Interconnect Express)対応光チップレット「TeraPHY」を発表した。8Tbpsの帯域幅でデータボトルネックを解消し、AI性能と効率を向上させる。
加速するAI需要に応える新技術:UCIe対応光チップレット登場
AI(人工知能)技術の急速な進化は、データセンターにおけるコンピューティングインフラに前例のない負荷をもたらしている。特に、大規模言語モデル(LLM)や生成AIなどの複雑なワークロードは、膨大なデータを処理する必要があり、従来のコンピューティングアーキテクチャにおけるデータ伝送のボトルネックが深刻な課題となっている。この課題に対し、米国のスタートアップ企業Ayar Labsは、業界標準規格であるUCIeに準拠した世界初の光インターコネクトチップレット「TeraPHY」を発表し、解決策を提示した。
TeraPHY:8Tbpsの帯域幅とUCIe準拠が鍵
Ayar Labsが2025年3月31日に発表した「TeraPHY」は、同社独自の16波長対応光源「SuperNova」を利用し、8Tbps(テラビット毎秒)という驚異的な帯域幅を実現する光I/O(入出力)チップレットである。これは、従来の銅線ベースの電気的インターコネクトと比較して、桁違いのデータ伝送能力を意味する。
技術的な特徴:
- シリコンフォトニクスとCMOSの融合: Ayar Labsは、光回路をシリコン基板上に集積する「シリコンフォトニクス」技術と、標準的な半導体製造プロセスであるCMOS(相補型金属酸化膜半導体)を融合。これにより、高性能な光インターコネクト機能を、他の半導体チップと同一パッケージ内に実装可能な「チップレット」として実現した。
- Co-Packaged Optics (CPO): このチップレットは、GPU(画像処理装置)やその他のアクセラレーターチップと同一パッケージ内に実装される、いわゆるCPO(Co-Packaged Optics)構成を可能にする。チップ間の物理的な距離を極限まで短縮することで、信号伝送における遅延と消費電力を大幅に削減できる。
- 長距離・広帯域通信: この技術により、GPUなどのアクセラレーターは、パッケージ内のわずか数ミリメートルの距離から、データセンター内のラック間、さらにはキロメートル単位の長距離まで、あたかも単一の巨大なGPUであるかのように効率的に通信することが可能になる。
- UCIe準拠: TeraPHYの最大の特徴の一つは、チップレット間の相互接続規格である「UCIe」に準拠している点である。UCIeは、AMD、Intel、TSMC、Google Cloud、Metaなど、半導体およびクラウド業界の主要企業が共同で策定したオープンな標準規格であり、異なるベンダーが製造したチップレット間の相互運用性を保証する。
Ayar LabsのCEO兼共同創業者であるMark Wade氏は、「AIスケールアップファブリックにおける電力密度の課題を解決するには、光インターコネクトが必要です。我々は早い段階からCo-Packaged Opticsの可能性を認識しており、それがAIアプリケーションにおける光ソリューションの採用を推進する上で有利な立場につながりました」と、述べている。
UCIe標準化がもたらすエコシステムとコスト効率
TeraPHYがUCIe標準に準拠していることは、単なる技術的な達成にとどまらない。これは、光インターコネクト技術の普及に向けた大きな一歩を意味する。
- 相互運用性の確保: UCIe準拠により、システム設計者はAyar Labsの光チップレットを、他のベンダーが提供するUCIe準拠のCPU、GPU、メモリチップレットなどと自由に組み合わせて使用できるようになる。これにより、特定のベンダーにロックインされることなく、最適なコンポーネントを選択できる柔軟性が生まれる。
- エコシステムの構築: 標準化は、多様な企業が参加する健全なエコシステムの構築を促進する。Ayar Labs自身も、「サプライチェーン、製造、テスト、検証プロセスをまとめ上げ、顧客がこれらのソリューションを大規模に展開できるようにしている」と述べており、TSMCやGlobalFoundriesといった主要な半導体ファウンドリとの連携も発表されている。TSMC North Americaのビジネス管理担当バイスプレジデントであるLucas Tsai氏は、「UCIe光チップレットの登場は、強力なエコシステムを育成し、最終的には業界全体の幅広い採用と継続的なイノベーションを推進するだろう」と期待を寄せている。
- コスト効率の向上: オープンな標準規格と活発なエコシステムは、競争を促進し、技術の成熟とともにコスト効率の向上をもたらす。これにより、高性能な光インターコネクト技術が、より多くのAIインフラや高性能コンピューティング(HPC)システムで利用可能になることが期待される。
UCIeコンソーシアムの議長であるDebendra Das Sharma氏は、「UCIe標準の進歩は、相互運用可能なチップレットのエコシステムのおかげで、より統合され効率的なAIインフラを構築するための重要な進展を示す」とコメントしている。
なぜ今、光インターコネクトなのか? AI時代の必然
AIモデルの巨大化とデータ量の爆発的な増加に伴い、従来の銅線を用いた電気配線はその物理的な限界に直面している。
- 帯域幅の限界: 銅線は周波数が高くなるほど信号の減衰が大きくなり、伝送できるデータ量(帯域幅)に限界がある。
- 消費電力と発熱: 高速な信号を伝送しようとすると、銅線の抵抗による電力損失が増大し、発熱も大きくなる。これはデータセンター全体の消費電力増加と冷却コスト増大につながる。
- 配線密度: チップ上やパッケージ内の配線密度を高めることにも限界があり、チップ間の接続数を増やすことが困難になっている。
これに対し、光インターコネクトは以下のような利点を持つ。
- 圧倒的な帯域幅: 光は電気信号よりもはるかに高い周波数で情報を伝送できるため、桁違いの帯域幅を実現できる。
- 低消費電力: 長距離伝送においても信号の減衰が少なく、電気信号に比べて少ないエネルギーで大量のデータを伝送できる(エネルギー効率が高い)。GlobalFoundriesのシリコンフォトニクス製品ライン担当シニアバイスプレジデントであるKevin Soukup氏は、「シリコンフォトニクスは、チップレットベースの標準との互換性を維持しながら、長距離にわたって高速データを非常にエネルギー効率よく伝送する上で不可欠な役割を果たしている」と述べている。
- 低遅延: 光速に近い速度でデータが伝送されるため、遅延を低減できる。
- ノイズ耐性: 電磁干渉の影響を受けにくいため、信号品質が高い。
Ayar LabsのTeraPHYのようなCPOソリューションは、これらの光の利点を最大限に引き出す技術として注目されている。チップのすぐ近くで光電変換を行うことで、電気信号の伝送距離を最小限に抑え、性能と電力効率を極限まで高めることを目指している。
Ayar Labsのみならず、今週はLightmatterも新たな光インターコネクト「M1000」及び「L200」Passageシリーズを発表している。これらも標準の相互運用可能な UCIe ダイツーダイ (D2D) インターフェイスを使用している。
業界からの期待と今後の展望
Ayar Labsの発表は、半導体業界およびAIインフラ関連企業から大きな期待を集めている。
- AMD: チップレット技術のリーダーであるAMDは、「UCIeによって提供される堅牢でオープン、かつベンダーニュートラルなチップレットエコシステムは、AIの可能性を最大限に引き出すためのネットワーキングソリューションをスケーリングするという課題に対応するために不可欠である」と述べている(Mark Papermaster氏、CTO兼EVP)。
- ASE: 半導体パッケージング・テスト大手のASEは、「相互運用可能なチップレットソリューションの開発に深く関与しており、Ayar Labsの貢献を称賛する」とコメントしている(CP Hung氏、R&D担当VP)。
- Alphawave Semi: 高速接続IPを提供するAlphawave Semiは、「Ayar Labsとの提携により、AIインフラの未来を推進する新しい光インターコネクトソリューションを進化させることを誇りに思う」とし、自社の電気I/Oチップレットとのシームレスな統合に言及している(Letizia Giuliano氏、製品マーケティング・管理担当VP)。
- d-Matrix: AI推論アクセラレーターを開発するd-Matrixは、「コンピューティングアクセラレーターをスケールアウトするにつれて、ネットワークボトルネックを解決するためには光接続が不可欠である」と述べている(Sid Sheth氏、創業者兼CEO)。
Ayar Labsは、2025年3月30日から4月3日までサンフランシスコで開催されるOptical Fiber Communication Conference (OFC)において、このTeraPHYチップレットを含む光インターコネクトソリューションのデモンストレーションを行う予定である。特に、Jabil社のブースでは、64個のSuperNova光源を搭載し、最大1ペタビット/秒(Pbps)の双方向帯域幅を実現する外部レーザーソースアレイのモデルが展示される予定であり、これは将来の超高密度・高効率なAIシステムを示唆するものとして注目される。
Ayar LabsによるUCIe対応光チップレットの発表は、AIインフラにおけるデータボトルネック解消に向けた重要なマイルストーンである。標準化されたインターフェースを採用することで、技術の普及とエコシステムの発展が加速し、将来的にはデータセンターやスーパーコンピュータのアーキテクチャを根本的に変革する可能性を秘めている。銅線の限界を超え、光の速度でAIの進化を支える新時代の幕開けと言えるだろう。
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