スイスの材料研究機関Empaが、次世代太陽電池の候補材料「BaZrS₃」の単結晶で、室温でも明瞭な発光を観測した研究成果を紹介した。バリウム、ジルコニウム、硫黄からなるこの材料は、安定性の高さと優れた光吸収特性が期待される一方、これまでの実験では発光が弱く、測定結果にも大きなばらつきがあった。今回、高品質な単結晶を用いることで、発光特性をより詳しく調べることに成功した。ただし、発光量子収率は約0.005%と低く、発光の減衰時間も約1ナノ秒と短い。今回の成果は、この材料の可能性を示すとともに、太陽電池に適した薄膜を作製するうえで、何を改善すべきかを明らかにする手掛かりとなる。
高品質な単結晶で明らかになった発光特性
研究に携わったのは、EmpaのRasmus Svejstrup Nielsen氏とMirjana Dimitrievska氏、ドイツのヘルムホルツ・ベルリン研究所(HZB)のSusan Schorr氏らだ。実験に使用した結晶はHZBで作製され、研究成果は2025年7月17日付で査読付き学術誌『Advanced Optical Materials』にオンライン公開された。Empaが今回紹介したのは、この論文に基づく研究成果である。
BaZrS₃は「カルコゲナイドペロブスカイト」と呼ばれる材料の一種だ。ペロブスカイトとは特定の化学物質ではなく、結晶構造の一つの型を指す。太陽電池向けに盛んに研究されている鉛ハライド系ペロブスカイトとは組成が異なり、BaZrS₃には鉛が含まれていない。安定性に優れ、光を効率よく吸収できる材料として期待されているが、光を吸収できるからといって、発生した電荷を効率よく取り出せるとは限らない。
そこで研究チームが注目したのが、物質に光を当てたときに生じる「フォトルミネッセンス(PL)」と呼ばれる発光現象だ。半導体が光を吸収すると、電子と正孔という電荷を運ぶ粒子(キャリア)が生じる。電子と正孔が再結合する際には、エネルギーが光として放出される場合もあれば、光にならずに失われる場合もある。後者は「非放射再結合」と呼ばれ、太陽電池の性能低下につながる要因の一つとなる。発光の強さや波長分布を調べることで、材料内部で起きている現象を探ることができる。
これまでのBaZrS₃の研究では、発光スペクトルのピークが広がったり、複数の成分が重なったりする例が報告されており、室温では発光を検出できない場合もあった。しかし、今回の高品質な単結晶では、左右対称の明瞭な単一ピークが観測された。励起光の強度を変えた測定結果などから、研究チームは、この発光が主に半導体のバンド間遷移によるものと解釈している。欠陥などに由来する複雑な発光とは異なり、材料本来の発光特性を詳しく調べられるようになった点が重要だ。
公開された論文によると、波長532nmの光で励起した際の発光量子収率は約0.005%だった。これは、吸収した光子のうち、どれだけが再び光として放出されたかを示す指標で、量子収率が既知の基準試料との比較によって推定された。
ただし、発光量子収率は太陽電池の光電変換効率とは異なる指標だ。今回の「明瞭な発光」という成果も、商用の発光材料に匹敵する高い効率が得られたことを意味するわけではない。あくまで、従来のBaZrS₃試料では弱く不明瞭だった発光を、高品質な結晶によって明確に観測できたという意味である。適切な結晶成長技術を用いれば、この材料が持つ本来の光学特性をより正確に調べられることを示した成果といえる。
明瞭な発光が観測されても、キャリア寿命は短い
時間分解フォトルミネッセンス測定によって得られた発光の減衰時間は、1.0±0.2ナノ秒だった。1ナノ秒は10億分の1秒に相当し、光によって生じたキャリアが再結合していく時間の目安となる。太陽電池そのものが何年間使用できるかという製品寿命とは無関係だ。測定には波長639nmのパルス光が使われ、±0.2ナノ秒という値は測定装置の時間分解能に対応している。
今回使用した結晶には、表面欠陥の影響を抑える「パッシベーション処理」が施されていない。研究チームは、この条件でも明瞭な発光を観測できたことを有望な結果と評価する一方、キャリア寿命の短さは依然として課題だと指摘している。明瞭な発光が得られることと、キャリアを長時間維持できることは別の問題だからだ。
キャリア寿命が短くなる原因を調べるため、研究チームは複数の波長と偏光条件でラマン分光測定を行い、第一原理計算の結果と比較した。ラマン分光は、物質に光を当てた際のエネルギー変化を利用し、結晶を構成する原子の振動を調べる手法だ。結晶中の原子の集団的な振動を量子的に表したものは「フォノン」と呼ばれ、電子とフォノンの相互作用は、キャリアのエネルギーが光以外の形で失われる現象にも関係している。
偏光条件によるラマン信号の変化や、計算から得られた振動特性を踏まえ、研究チームは電子と結晶格子の振動との相互作用が、キャリア寿命の短さに関係していると考えている。ただし、今回の発光減衰測定だけで、結晶欠陥と格子振動がそれぞれどの程度の損失を引き起こしているかを特定できたわけではない。実際に観測された短い減衰時間と、その原因についての研究チームの解釈は区別する必要がある。
また、論文では、異なる研究の発光特性を比較する際の注意点も指摘されている。励起レーザーの波長や強度、測定時の積算時間などによって、局所的な加熱や表面状態の影響が変わり、発光ピークの位置がずれる可能性があるという。同じ化学組成の材料であっても、測定条件をそろえずに発光の強さや性能を比較することは難しい。
太陽電池への応用には硫黄欠陥の制御が重要
今回の単結晶は、高温で原料を輸送しながら結晶を成長させる「化学気相輸送法」によって作製された。高温側を1150℃、低温側を1050℃に保ち、その温度勾配を240時間維持することで、長さ4mmの結晶を成長させている。これは材料の物性を詳しく調べるための試料作製方法であり、大面積の薄膜を大量生産できることを実証したものではない。
Empaの公式発表で、Dimitrievska氏は今回の成果について次のように述べている。
「単結晶の結果は、理論と非常によく一致しています」
一方、同氏は、BaZrS₃を薄膜として作製すると、合成や加工の過程で生じる欠陥によって発光が大幅に抑えられるとも説明している。論文でも、過去の研究で報告された弱い発光や複雑なスペクトルは、材料そのものに避けられない性質ではなく、結晶の作製過程で生じた不完全さが原因である可能性を指摘している。今回得られた高品質な単結晶を比較対象とすることで、薄膜化のどの段階で特性が損なわれるのかを調べやすくなると期待される。
ただし、単純に「欠陥を減らす」という方針だけでは、適切な製造条件を決めることはできない。Zhenkun Yuan氏らが2024年に学術誌『PRX Energy』で発表した第一原理計算による研究では、結晶中から硫黄原子が抜けた「硫黄空孔」と、結晶格子の隙間に余分な硫黄原子が入り込んだ「格子間硫黄」では、電子特性に与える影響が異なることが示されている。
硫黄空孔は電子を供給する浅いドナーとして働き、電子が主な電荷担体となるn型の性質や、正孔を主な電荷担体とするp型半導体を作製する難しさに関係する。一方、格子間硫黄は、光を放出せずにキャリアが再結合する非放射再結合の主要な中心になり得るという。硫黄を多く供給する条件では硫黄空孔の形成を抑えられる可能性があるものの、同時に格子間硫黄が生じやすくなる側面もある。つまり、硫黄の供給量を増やせば必ず性能が改善するわけではない。
もっとも、これらは別の計算研究によって示された結果であり、今回測定された単結晶に存在する欠陥の種類を直接特定したものではない。それでも、薄膜の製造条件を最適化するには、単に欠陥の数を減らすだけでなく、どの種類の欠陥を重点的に抑えるべきかを見極める必要があることを示唆している。Nielsen氏らも、材料の組成調整や欠陥の影響を抑える処理を今後の研究課題に挙げている。
今後の焦点は、高品質な単結晶で確認された明瞭な発光特性を薄膜でも再現し、キャリアの損失を抑えながら、太陽電池として効率よく電荷を取り出せるかどうかだ。発光量子収率や減衰時間を統一した条件で測定し、実際の素子性能との関係を明らかにできれば、BaZrS₃を安定性に優れた光電子材料として実用化するための条件が、さらに具体的になっていくだろう。



