中国のスタートアップ企業、Lisuan Technology(励算科技)が開発する国産GPU「G100」が、最新のベンチマークテストにおいて、NVIDIAのこれまでのメインストリームGPUであったGeForce RTX 4060を上回る性能を記録したことが明らかになった。ほんの数ヶ月前には、10年以上前のGPUにも及ばないとされたチップが見せたこの驚異的な飛躍は、単なる技術的進歩に留まらず、米国の厳しい規制下で独自の技術生態系を築こうとする中国の強い意志を象徴する出来事として、業界に静かな、しかし確かな衝撃を与えている。
突如現れた挑戦者、ベンチマークが示す驚異的な飛躍
今回のニュースの核心は、Geekbenchのデータベースに登録された一つのベンチマーク結果にある。AMD Ryzen 5 7600プロセッサと組み合わされたLisuan G100は、GPUの汎用計算能力を測るOpenCLテストにおいて「111,290」というスコアを叩き出した。この数字が持つ意味は、他のGPUと比較することでより鮮明になる。

Geekbench OpenCLスコアの詳細比較
Geekbenchの平均スコアに基づくと、G100の性能は以下のようになる。
- NVIDIA GeForce RTX 4060: 約101,000ポイント。G100はこれを約10%上回る。
- Intel Arc A770: 約109,000ポイント。G100はこれも僅かながら上回る。
- NVIDIA GeForce RTX 5060: 約121,000ポイント。現行世代のメインストリームであるGPUに対しては、約8%下回る位置につけている。
- AMD Radeon RX 9060 XT: 約87,000ポイント。G100はこれを約27%も上回る結果を示した。
このデータが示すのは、Lisuan G100が少なくともOpenCLの性能においては、NVIDIAやIntelの現行メインストリーム製品と互角に渡り合うポテンシャルを秘めているという事実である。これは、中国製コンシューマ向けGPUとしては前例のない成果と言えるだろう。
数ヶ月前の「GTX 660 Ti級」からの脱却
この結果がなぜこれほどの衝撃をもって受け止められているのか。それは、G100がこれまで見せてきた性能からの、信じがたいほどの「ジャンプ」にある。
つい数ヶ月前にリークされた同名GPUの初期テストでは、そのスコアはわずか15,524ポイント。これは、2012年に発売されたNVIDIAのGeForce GTX 660 Tiにすら及ばない性能であった。当時、「RTX 4060級を目指す」という目標は、現実離れした夢物語と見なされても仕方なかっただろう。
この劇的な性能向上は、いくつかの要因によって説明できるかもしれない。一つは、ソフトウェア、特にドライバーの成熟だ。GPUの性能はハードウェアだけでなく、それを制御するソフトウェアの最適化に大きく依存する。初期のテストは、ごく基本的な動作確認レベルのドライバーで行われた可能性が高い。もう一つは、今回テストされたチップが、初期のエンジニアリングサンプルから、より量産に近い仕様へと改良された完成度の高いバージョンである可能性だ。いずれにせよ、この短期間での進化の速度は、Lisuanの開発能力が並大抵ではないことを示唆している。
謎多き「G100」の素顔と、それを生んだLisuan Technology
では、このG100とは一体どのようなGPUなのだろうか。ベンチマーク情報から、そのスペックの断片が見えてくる。
明らかになったスペック:現代ゲーミングGPUの要件を満たすか
- コンピュートユニット (CU): 48基
- 最大クロック周波数: 2,000 MHz
- VRAM: 12GB(おそらくGDDR6)
- 製造プロセス: 6nm(SMIC製と報じられている)
特に注目すべきは、12GBというVRAM容量だ。NVIDIAのRTX 4060が8GBであるのに対し、より大容量のメモリを搭載している点は、高解像度テクスチャを多用する現代のゲームにおいて有利に働く可能性がある。また、製造を中国最大のファウンドリであるSMICの6nmプロセスに依存しているとすれば、これは設計から製造まで、主要な工程を国内で完結させる「完全国産」への強い意志の表れと考えられる。
独自の「TrueGPU」アーキテクチャと、Lisuan社の歩み
Lisuan Technologyは2021年に設立された比較的新しい企業だが、その背景には元シリコンバレーのベテラン技術者たちの存在があるという。彼らは既存の技術ライセンスに頼らず、GPUアーキテクチャ「TrueGPU」をゼロから設計したとされている。
その道のりは平坦ではなかった。一時は資金難に陥り、2024年初頭には破綻寸前とまで報じられたが、親会社であるDongxin Semiconductorからの約2770万ドル(約44億円)の資金注入によって開発を継続。今回の成果は、まさに逆境を乗り越えて掴んだものと言えるだろう。この開発ストーリー自体が、中国の半導体産業が直面する困難と、それを克服しようとする執念を物語っている。
一つのベンチマークが示す、地政学的インパクト
G100の性能は、単なるPCパーツの話題に留まらない。その背後には、米中間の技術覇権争いという大きな地政学的文脈が存在する。
米国の規制を乗り越える「技術的回答」
米国は近年、安全保障を理由に先端半導体技術の対中輸出規制を段階的に強化してきた。これにより、NVIDIAやAMDの高性能GPUは中国市場から締め出されつつある。この規制は中国のAI開発などに打撃を与える一方、皮肉にも国内での半導体自給自足に向けた開発を強烈に後押しする結果となった。
これまで中国のGPU開発は、データセンター向けのAIアクセラレータが中心と見られてきた。しかしG100の登場は、コンシューマ向けのゲーミングGPUという、より広範な市場においても、中国が独自の技術で「回答」を出し始めたことを示す最初の、そして極めて具体的な事例となったのだ。
NVIDIA・AMDの複占市場に変化は起きるか
現在、世界のディスクリートGPU市場はNVIDIAとAMDによる複占状態が長年続いている。IntelがArcシリーズでこの牙城に挑んでいるが、まだ大きなシェアを奪うには至っていない。ここに、Lisuan Technology、さらにはMoore ThreadsやBirenTechといった他の中国企業が新たな競争相手として本格的に参入してくる可能性が現実味を帯びてきた。
G100が実際に製品化され、ベンチマーク通りの競争力を発揮できれば、まずは巨大な中国国内市場でNVIDIAやAMDのシェアを侵食し始めるだろう。そして将来的には、グローバル市場においても、特に価格に敏感なメインストリーム層のユーザーにとって新たな選択肢となるかもしれない。GPU市場の価格構造や技術競争のあり方を、根本から変えるポテンシャルを秘めているのである。
期待と残された課題
熱狂的な期待が広がる一方で、我々は冷静な視点を失ってはならない。G100が真の成功を収めるまでには、まだいくつもの高いハードルが存在する。
OpenCLスコアは「万能」ではない
まず強調すべきは、今回のOpenCLベンチマークはあくまでGPUの汎用計算能力を示す指標の一つに過ぎないという点だ。PCゲーマーにとって最も重要な、DirectXやVulkanといったグラフィックスAPIを用いた実際のゲーミング性能がどうなるかは全くの未知数である。
また、現代のGPUに不可欠なレイトレーシング性能や、NVIDIAのDLSS、AMDのFSRに相当するようなAIベースのアップスケーリング技術の有無も、競争力を左右する重要な要素となる。これらの機能に関する情報は、現時点では一切ない。
ソフトウェアとドライバー:真の性能を引き出す最後の関門
最大の課題は、やはりソフトウェア、特にグラフィックスドライバーの成熟度だろう。優れたハードウェアを設計できたとしても、それを安定して、かつ最大限の性能で動作させるドライバーを開発するのは極めて困難な作業だ。過去、多くの企業がこの「ドライバーの壁」に阻まれてきた。Lisuan Technologyが、無数のゲームやアプリケーションとの互換性を確保し、安定したドライバーを提供し続けられるかどうかが、G100の成否を分ける最大の鍵となる。
なお、一部で期待される「インストール方法や新機能」といった具体的な製品情報については、G100はまだ開発段階にあり、市場には流通していないため、現時点ではすべてが不明だ。Lisuan社は2025年第3四半期に少量出荷を開始し、2026年に本格的な量産を目指していると伝えられており、詳細が明らかになるのは、同社からの正式な製品発表を待つ必要があるだろう。
Lisuan G100のベンチマーク結果は、中国の半導体技術が新たなステージに到達したことを示す画期的な出来事である。しかし、それは長い旅路の始まりに過ぎない。果たしてG100は、NVIDIA、AMD、Intelがしのぎを削る戦場に割って入る真の挑戦者となるのか。それとも、特定のベンチマークで輝くだけの、一瞬の蜃気楼に終わるのだろうか。
Sources
- Geekbench Browser: Gigabyte Technology Co., Ltd. B650M H