テクノロジーと科学の最新の話題を毎日配信中!!

中国6nm GPU「Lisuan G100」の厳しい現実:RTX 4060対抗のはずが、なぜ13年前のGPU並みに留まったのか?

Y Kobayashi

2025年6月29日

米国の輸出規制下で技術的自立を目指している中国だが、先日、初の国産6nmプロセス採用を謳うゲーミングGPU「Lisuan G100」がGeekbenchのテストに姿を現し、その“衝撃的な”性能を披露したことが報じられている。目標はNVIDIA GeForce RTX 4060級とされたが、そのスコアは13年前のNVIDIA GeForce GTX 660 Ti程度と予想以上に厳しい物だった。だが、この一見した「失敗」の裏には、中国の半導体産業が直面する構造的課題と、それを打破しようとする戦略的意図—そして西側諸国の技術制裁が引き起こした予想外の波及効果—が見え隠れしている。果たして、このベンチマーク結果は中国の半導体自立化戦略における一時的な躓きなのか、それとも根本的な限界を露呈したものなのだろうか。

スポンサーリンク

技術制裁が生んだ「不完全な挑戦」—G100の現実とその背景

Lisuan Technologyが発表したG100の初期テスト結果は、OpenCLで「15,524ポイント」という数値を記録した。この性能レベルは、2012年に発売されたGTX 660 Tiや、10年前のAMD Radeon R9 370とほぼ同等だ。同社が当初「RTX 4060に匹敵する性能」と豪語していたことを考えれば、現実との乖離は明らかである。期待と現実の間に横たわる、10年以上のあまりに大きな隔たりが、数字として露呈した形だ。

しかし、このスコアだけでG100の性能を断定するのは早計だ。注目すべきは、ベンチマークソフトが報告したGPUのスペック情報である。

  • Compute Units (CU): 32基
  • VRAM (ビデオメモリ): 256MB
  • クロック周波数: 300MHz

6nmプロセスで製造されるGPUとしては、これらの数値はあまりにも非現実的だ。特に256MBというVRAM容量は、現代の基準では考えられないほど少ない。これはGPUのハードウェア的な限界を示すものではなく、開発初期段階の未熟なドライバやファームウェアが、ハードウェアの情報を正しく認識できていない結果であると考えられる。いわば、まだポテンシャルを全く引き出せていない「仮の姿」でのテストだった可能性が高い。

テストがAMD Ryzen 7 8700Gを搭載した比較的新しいプラットフォームで行われていたことも、この推測を裏付ける。おそらく、これはハードウェアが正常に動作するかを確認する「パワーオン」後の、ごく初期の機能テスト段階の記録なのだろう。

実際、中国の半導体企業が直面している最大の障壁は、ハードウェアの製造能力ではなく、ソフトウェアの最適化にあるとも言われている。Moore ThreadsやBirentechといった先行企業も、同様のドライバー問題に長らく苦しんできた。これは技術的な問題であると同時に、エコシステム構築における経験不足を物語っている。

地政学的な圧力が促進する「強制的自立化」の実態

G100の登場は、単なる技術開発の成果ではない。むしろ、2020年以降に強化された米国の対中技術制裁が生み出した「強制的自立化」の産物である。NVIDIA、AMD、Intelといった西側企業からの先端GPUの調達が制限される中、中国は自国内でのGPU開発を急ピッチで進めざるを得ない状況に追い込まれた。

この文脈で見ると、G100は技術的な完成度よりも、「中国が独自にGPUを製造できる」という政治的・戦略的メッセージを発信することに重きを置いた製品と捉えるべきだろう。同GPUの製造に使用されたとみられるSMICの6nmプロセスは、HuaweiのKirin SoCでその実力を証明済みだ。つまり、製造技術そのものはそこまで劣っているわけではない。

問題は、GPUという極めて複雑なアーキテクチャを設計し、それを効率的に動作させるソフトウェアスタックを構築する経験とノウハウの蓄積にある。NVIDIAが30年以上かけて築き上げたCUDAエコシステムや、AMDが長年培ってきたRadeonドライバーの最適化技術は、一朝一夕に追いつけるものではない。

スポンサーリンク

エコシステム構築という「見えない戦場」での闘い

G100の真の挑戦は、ベンチマークスコアの向上ではなく、包括的なGPUエコシステムの構築にある。これは、ハードウェアの性能向上よりもはるかに困難で時間のかかる作業だ。

ゲーミング分野で考えてみよう。現代のPCゲームは、NVIDIAやAMDのGPUを前提として最適化されている。開発者は特定のAPI、ドライバーの挙動、ハードウェアの特性を熟知した上でゲームを作り上げる。新参者がこの生態系に割って入るには、単にハードウェア性能を向上させるだけでは不十分で、デベロッパーとの関係構築、開発ツールの提供、技術サポート体制の整備といった、多岐にわたる取り組みが必要となる。

Intelが2022年にリリースしたArc GPUシリーズが、優れたハードウェア性能を持ちながらもドライバーの未成熟さで苦戦したことは記憶に新しい。同社はその後、継続的なドライバー最適化により性能を大幅に改善したが、そこに至るまでには膨大な時間と資源が投入された。中国のGPUメーカーも同様の道のりを歩まなければならない。

技術覇権争いの新たな次元—「デカップリング」がもたらす意外な機会

皮肉なことに、米中間の技術デカップリングは中国にとって予想外の機会を創出している。西側技術への依存から脱却せざるを得ない状況は、短期的には競争力の低下を招く。しかし長期的に見れば、中国国内市場という巨大な実験場を確保することにつながっている。

中国の半導体市場規模は年間約1,500億ドルに達し、世界最大の消費市場である。仮に技術制裁が継続すれば、この市場は中国国内企業にとって「保護された実験場」として機能する可能性がある。初期の性能不足は、実用化を通じた継続的改善によって克服される—これが中国政府と企業が描くシナリオだろう。

実際、中国のスマートフォン産業は似たような軌跡を辿った。2010年代初頭、中国製スマートフォンは品質面で西側製品に大きく劣っていた。しかし、巨大な国内市場を活用した継続的な改善と、政府による戦略的支援により、現在ではHuaweiやXiaomiといったブランドが世界市場で競争力を発揮している。

スポンサーリンク

「技術ナショナリズム」時代における勝敗の新基準

G100の初期性能を「失敗」と断じるのは、従来の技術評価基準に固執した見方かもしれない。地政学的な対立が深刻化する現在、技術製品の価値は単純な性能比較を超えた多元的な基準で評価される時代に入っている。

供給網の安全保障、技術的自立性、長期的な戦略的優位—これらの要素を考慮すれば、たとえ性能面で劣っていても、「自国で設計・製造できるGPU」は極めて高い戦略的価値を持つ。中国政府が巨額の補助金を投じてでも半導体産業の育成を続ける理由はここにある。

また、AI演算やデータセンター用途では、必ずしも最先端の性能が求められるわけではない。特定の用途に最適化されたチップが、汎用的な高性能チップを上回る効率を発揮する場面は多い。G100も、当初のゲーミング市場ではなく、特定のニッチ市場から着実に実績を積み上げていく戦略に転換する可能性が高い。

半導体競争の新たな地平—技術格差は永続的か

今回のG100の事例は、現代の技術競争における根本的な問いを投げかけている。技術制裁によって人為的に作り出された技術格差は、果たして永続的なものなのだろうか。

歴史を振り返れば、技術の普及と追いつきは不可避の現象だった。しかし、現代の半導体技術は過去の産業とは根本的に異なる特徴を持つ。極めて高い初期投資、複雑な国際サプライチェーン、知的財産権による保護、そして何より、絶え間ない技術革新のスピード—これらの要素が組み合わさることで、「技術格差の固定化」という新たな現象が生まれている可能性がある。

一方で、中国の製造業の底力を過小評価すべきではない。同国は既に世界最大の半導体消費市場であり、豊富な人材と資本を擁している。技術制裁が長期化すれば、これらのリソースが国内技術開発に集中投下され、予想を上回るスピードでの技術キャッチアップが実現する可能性も否定できない。

G100は、この壮大な技術覇権争いの序章に過ぎない。今後数年間で中国のGPU技術がどこまで向上するか、そして西側諸国がどのような対抗策を講じるか—この攻防の行方が、21世紀の技術秩序を決定づけることになるだろう。

技術は本来、人類共通の財産であるべきだ。しかし現実は、地政学的な対立が技術開発の方向性を左右する時代に突入している。G100のベンチマーク結果は、そんな現代の複雑な現実を象徴する一つの数字として、歴史に刻まれるかもしれない。


Sources

Follow Me !

\ この記事が気に入ったら是非フォローを! /

フォローする
スポンサーリンク

コメントする