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Ultra Ethernet Consortium (UEC) 1.0仕様が正式発表:AIデータセンターの覇権争いは新章へ

Y Kobayashi

2025年6月13日

AIの巨大な計算能力を支える神経網、ネットワーク。その覇権を巡る争いが、今、新たな局面を迎えた。2025年6月13日、AMD、Intel、Microsoft、Meta、HPEといった巨大テック企業が結集する「Ultra Ethernet Consortium (UEC)」は、次世代AI/HPCネットワークの礎となる「UEC Specification 1.0」を正式にリリースしたと発表した。

この技術仕様の公開は、NVIDIAが独占的に支配する高性能ネットワーク市場「InfiniBand」に対する、業界全体で突きつけた「オープンな挑戦状」であり、これからのAIデータセンター市場の行く末を占う上で誠に意義深い物だ。

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UEC 1.0仕様、その核心とは? イーサネットの限界を超える設計思想

UEC 1.0は、50年以上の歴史を持つ標準技術「イーサネット」を、現代のAIやHPC(高性能コンピューティング)が要求する苛烈なワークロードに対応させるための包括的な通信スタックである。その目的は、単一ベンダー(NVIDIA)への依存(ベンダーロックイン)を避け、オープンで相互運用可能なエコシステムを構築することにある。

UECが掲げるイノベーションの柱は、主に以下の3点に集約される。

  1. Modern RDMA for Ethernet and IP: AIの学習には、多数のGPU間で膨大なデータを低遅延でやり取りする必要がある。そのために不可欠な技術がRDMA(Remote Direct Memory Access)だ。これは、CPUを介さずにサーバーのメモリ間で直接データを転送する技術であり、通信のボトルネックを解消する。UECは、このRDMAを標準的なイーサネットとIPネットワーク上でインテリジェントかつ低遅延に実現することを目指す。これは、NVIDIAのInfiniBandが長年得意としてきた領域への直接的な挑戦と言えるだろう。
  2. Open Standards and Interoperability: UECの最大の価値は、そのオープン性にある。特定の企業が仕様を独占するのではなく、業界全体で標準を策定することで、NIC(ネットワークカード)、スイッチ、ケーブル、光学部品に至るまで、様々なベンダーの製品を自由に組み合わせて利用できる環境を目指す。これにより、健全な競争が生まれ、技術革新が加速し、コストが抑制されることが期待される。
  3. End-to-End Scalability: 今日のAIクラスターは、数万、数十万というGPUを接続する超巨大規模にまで拡大している。UEC 1.0は、数百万のエンドポイントまでスケール可能なルーティング、プロビジョニング、運用を視野に入れた設計となっており、ハイパースケーラーの巨大インフラ需要に応える。

UEC運営委員会の議長であるJ Metz博士は、「この標準は業界全体の比類なき協力の成果であり、今日そして未来の最も要求の厳しいワークロードに必要な低遅延、高帯域幅、そしてインテリジェントな転送を実現する」と述べ、このマイルストーンの重要性を強調している。

舞台裏の主役、HPEの「Slingshot」技術という強力なエンジン

この野心的な標準仕様は、決してゼロから作られたものではない。HPE Communityの報告によれば、その技術的な心臓部には、HPEが開発し、世界の最速スーパーコンピュータにも採用されている高性能インターコネクト「Slingshot」の技術が深く組み込まれている。

驚くべきことに、UEC 1.0の中核をなす新しいトランスポートプロトコル「Ultra Ethernet Transport (UET)」の約75%が、このHPE Slingshotの転送技術から直接引き継がれているという。これは、UEC 1.0が単なる机上の理論ではなく、既に実世界でその性能が証明された技術をベースにしていることを意味し、仕様の信頼性を大きく高めるものだ。

HPEは、自社の先進技術をUECに惜しみなく提供した。具体的には、

  • HPE Slingshot由来のスケーラブルな転送技術
  • 業界で広く採用されているネットワークAPI「libfabric」の推進
  • 高度なリンク技術と、ネットワーク全体の効率を最適化するエンドツーエンドの輻輳(ふくそう)管理

など、多岐にわたる。HPEは自社の技術をオープンな標準に組み込むことで、市場全体のパイを広げ、その中で主導的な地位を確立するという極めて戦略的な一手打ったと言える。これは、UECが単なる企業連合ではなく、強力な技術的バックボーンを持つ実体であることを示している。

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狙いはただ一つ、NVIDIA「InfiniBand」独占体制の打破

なぜ今、これほど多くの企業が結集し、新たなネットワーク標準を打ち立てる必要があったのか。その答えは、AIデータセンター市場におけるNVIDIAの圧倒的な存在感にある。

NVIDIAは、高性能なAIアクセラレーター(GPU)だけでなく、それらを繋ぐための高性能ネットワーク「InfiniBand」と、両者を統合するソフトウェアプラットフォーム「CUDA」を組み合わせた、垂直統合型のソリューションを提供している。この閉じたエコシステムは、極めて高いパフォーマンスを発揮する一方で、顧客をNVIDIA製品に強く依存させる「ベンダーロックイン」という課題を生み出してきた。

AIインフラに巨額の投資を行うハイパースケーラーや企業にとって、単一の供給元に生殺与奪の権を握られることは、コスト面でも、サプライチェーンの安定性の面でも、極めて大きなリスクとなる。

UECは、この状況に対する業界全体の「答え」である。イーサネットという誰もが使えるオープンな土台の上に、InfiniBandに匹敵する性能を載せることで、顧客に「選択の自由」を提供する。これは、NVIDIAの牙城を切り崩すための、壮大な「包囲網」形成の動きに他ならない。

UECには創設メンバーとしてAMD、Intel、HPE、Metaなどが名を連ね、今や120社以上が参加するLinux Foundation史上最も急成長したグループとなっている。この事実は、NVIDIAの独占に対する業界の危機感と、オープンな代替案への渇望がいかに強いかを示している。

オープンエコシステムがもたらす未来と残された課題

UEC 1.0の登場は、AIネットワークの未来に大きな可能性をもたらす。多様なベンダーが参入し、競争を通じてイノベーションが促進されれば、AIインフラの性能向上とコスト低下が同時に進むかもしれない。これは、AI技術の民主化をさらに加速させる原動力となるだろう。

しかし、その道のりは平坦ではない。UEC 1.0のリリースは当初の予定(2024年Q3)から遅れており、壮大なビジョンを実現するにはまだ時間が必要だ。仕様が策定された今、次のステップは、この仕様に基づいた製品が市場に登場し、異なるベンダー間の相互運用性が実証され、そして何よりも、InfiniBandに匹敵あるいはそれを超える性能を現実のワークロードで証明することである。

AI時代の覇権を巡る戦いは、もはや個々のチップ性能だけで決まるものではない。ハードウェア、ソフトウェア、そしてそれらを繋ぐネットワークまで含めた「エコシステム」の戦いへと移行している。UEC 1.0の発表は、オープンなエコシステムが、垂直統合型の強力なエコシステムに対抗できるのかを問う、壮大な実験の始まりなのだ。


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