中国がこのほど、半導体製品の「原産地」を判定する新たな規則を発表した。ウェハーが製造された場所を原産地とみなすもので、これにより台湾積体電路製造(TSMC)など台湾のファウンドリ(半導体受託製造企業)で生産されたチップは、米国製品に課される可能性のある高関税を回避できる一方、米国内に主要な製造拠点を持つIntelやGlobalFoundries、Texas Instrumentsといった企業は最大125%の関税という大きな打撃を受ける可能性がある。米中貿易摩擦が続く中、このルール変更が世界の半導体サプライチェーンに与える影響は計り知れない。
中国、半導体原産地規則を「ウェハー製造地」基準に変更
今回の規則変更は、中国半導体行業協会(CSIA)が会員企業向けに発出した「緊急通知」によって明らかになった。この通知は、中国税関総署の規定に基づき、集積回路(IC、HSコード8542)の原産地判定基準が変更されたことを伝えている。
CSIAが緊急通知、新基準の適用を指示
CSIAは通知の中で、「集成電路(集積回路)の原産地は、四位税則号(HSコードの上4桁)変更原則に基づき認定され、すなわち流片地(ウェハーの製造・加工地)が原産地として認定される」と明記。さらに、「集成電路(集積回路)は、パッケージ済みか未パッケージかを問わず、輸入通関時の原産地は『晶圓流片工廠(ウェハーファブ)』の所在地を基準に申告することを推奨する」と具体的な申告方法にも言及している。
これは、チップがどこで設計され、どこで最終的にパッケージング(封止)されたかに関わらず、その心臓部であるシリコンウェハーがどこの工場で作られたか、という一点で原産地が決まることを意味する。従来の複雑な判定基準から、より製造工程の上流、具体的にはウェハーの製造プロセス(流片)に焦点を当てた形だ。
新ルールの核心:「流片地」が原産地
この「流片地」基準の採用は、極めて重要な意味を持つ。半導体製造は、設計、ウェハー製造(前工程)、組み立て・テスト(後工程、パッケージング含む)という複数の段階に分かれている。特に最先端のチップ製造においては、設計は米国企業が行い、ウェハー製造は台湾のTSMCなどに委託、そしてパッケージングは中国や東南アジアで行う、といった国際分業体制が一般的である。
新ルール下では、たとえ米国のNVIDIAやAMDが設計したチップであっても、TSMCの台湾工場でウェハーが製造されれば、そのチップの原産地は「台湾」となる。逆に、Intelが米国内の自社工場で製造したウェハーを用いたチップは、たとえマレーシアなどでパッケージングされたとしても、原産地は「米国」と判定されることになる。
なぜ今? 変更の背景と中国の狙い
このタイミングでの規則変更には、いくつかの要因と中国側の戦略的な意図が透けて見える。
米中貿易戦争下の対抗措置
最も直接的な背景は、激化する米中間の貿易・技術摩擦である。米国はトランプ前政権以降、中国製品に対して追加関税を課してきた。これに対し、中国も報復関税を課しており、半導体もその対象となっている。アナリストが指摘するように、米国製の半導体には最大で125%もの懲罰的な関税が課される可能性がある。
今回の原産地規則変更は、この報復関税の「適用範囲」を再定義するものと言える。ウェハー製造地を基準にすることで、中国が依存せざるを得ない台湾製の高性能チップの輸入コスト上昇を回避しつつ、米国内で製造される半導体製品には確実に高関税を適用できるようにする狙いがある。
台湾製チップ優遇と国内生産維持
現代の電子機器に不可欠な高性能チップの多くは、TSMCをはじめとする台湾のファウンドリが製造している。中国のハイテク産業も、これらの台湾製チップに大きく依存しているのが実情だ。
新ルールは、これらの台湾製チップを事実上「関税対象外」とする効果を持つ。これにより、NVIDIA、AMD、Qualcommといった米国のファブレス企業(自社工場を持たず設計に特化する企業)は、主力製品をこれまで通り中国市場に供給しやすくなる。中国国内の電子機器メーカーも、必要なチップを安定的に調達でき、生産活動を維持しやすくなるだろう。Tこれは中国国内の工場稼働率を維持することにも繋がる。
さらに、中国が自国領土と主張する台湾で製造されたチップを関税対象から外すことは、「台湾は中国の一部」という政治的なメッセージを国際社会、特に米国企業に対して改めて示す意図もあると見られる。
国内サプライチェーン強化と米国依存脱却
一方で、この措置は米国内で半導体を製造する企業にとっては明確な「罰」となる。これにより、中国企業が米国製チップの採用を避け、代替品を探す動きを加速させる可能性があり、中国国内の半導体メーカーの競争力を間接的に高めることにも繋がるだろう。実際にこの報道を受けて中国の半導体関連企業の株価が上昇したとの情報もある。
長期的には、米国製半導体への依存度を引き下げ、国内サプライチェーンの強化、あるいは台湾や中国本土のファウンドリへの依存度を高めることを狙っていると考えられる。また、企業が生産拠点を中国から移転させないようにするための策でもあるとも見られている。
米国半導体企業への影響:明暗分かれる
この新ルールは、米国の半導体企業に対し、その製造体制によって大きく異なる影響を与えることになる。
影響が限定的な企業:NVIDIA, AMD, Qualcommなど
NVIDIA、AMD、Qualcommといったファブレス企業の多くは、最先端チップの製造を主に台湾のTSMCに委託している。これらの企業の主力製品は新ルール下では「台湾産」とみなされ、米中間の報復関税の対象外となる可能性が高い。
したがって、これらの企業にとっては、中国市場へのアクセスという点では大きな障害にはならず、むしろ米国内製造の競合他社に対して有利になる可能性すらある。ただし、米中対立のさらなる激化や、台湾をめぐる地政学リスクの高まりといった不確定要素は依然として存在する。
打撃を受ける企業:Intel, GlobalFoundries, TIなど
対照的に、Intel、GlobalFoundries、Texas Instruments(TI)のように、米国内に大規模なウェハー製造拠点(ファブ)を持つ企業にとっては深刻な事態だ。これらの企業が米国内の工場で製造したチップや、それを含む製品を中国に輸出した場合、最大125%という極めて高い追加関税が課されるリスクに直面する。
これは、対象製品の価格競争力を著しく低下させ、中国市場でのビジネス展開に大きな支障をきたす可能性がある。そして、サプライチェーン全体にコスト増が波及し、最終的には事業継続が困難になるケースも出てくるかもしれない。Analog Devices、NXP、ON Semiconductorなど、同様に米国内でチップを生産している他の企業にも影響が及ぶ可能性も指摘されている。
サプライチェーン全体への波及
影響はこれらの大手企業だけに留まらない。米国内で製造された特定のチップ(例えば、アナログ半導体や特殊な制御用ICなど)を使用している中国の電子機器メーカーや、それらを組み込んだ製品を輸出している企業も、代替チップの探索や設計変更を迫られる可能性がある。これは時間とコストを要する作業であり、製品開発の遅延やコスト上昇につながる恐れがある。
米国の原産地規則との違いと今後の展望
今回の中国の決定は、米国の原産地規則の考え方とは対照的である点も注目される。
米国は「最終的な実質的変更地」を重視
米国税関は一般的に、「最終的な実質的変更(Substantial Transformation)」が行われた国を原産地とみなす。例えば、米国で開発され、日本でウェハーが製造されても、最終的なパッケージングが中国で行われれば「中国産」と判定され、対中関税の対象となるケースがある。ロジックチップでも同様で、設計が米国、ウェハー製造が台湾でも、中国の子会社でパッケージングされれば中国産と見なされる可能性がある。
これに対し、中国の新ルールはウェハー製造地に焦点を絞っており、よりシンプルではあるが、特定の国(今回は米国)の製造業を狙い撃ちする意図が明確に表れている。
企業の選択とサプライチェーン再編の可能性
影響を受ける米国企業は、この新しい現実にどう対応するか、難しい判断を迫られることになる。考えられる選択肢としては、
- 関税コストの吸収または価格転嫁: 中国市場での競争力低下は避けられない。
- 中国市場向け製品の製造委託先の変更: 米国外(特に台湾や、将来的には中国本土)のファウンドリへの生産移管を検討する。
- 中国市場からの撤退または事業縮小: 関税負担が重すぎる場合、やむを得ない選択となる可能性もある。
この動きは、すでに進行中の半導体サプライチェーンの再編、特に「脱中国化」や「生産地の多様化」といった流れに、さらに複雑な影響を与えるだろう。企業は、地政学リスク、コスト、技術的要件などを総合的に勘案し、サプライチェーン戦略の見直しを迫られることになる。
米中間の技術覇権争いは、今後も形を変えながら続いていく可能性が高い。今回の原産地規則の変更は、その攻防の一端であり、世界の半導体産業とそれを利用する全ての産業にとって、注視すべき重要な動きであることは間違いない。
Sources