現代のテクノロジーを支える電子回路は、今、物理的な「微細化の限界」という巨大な壁に直面している。スマートフォンからスーパーコンピュータに至るまで、あらゆる電子機器の性能向上は構成素子の小型化に依存してきたが、従来の電磁気学の法則に従う限り、インダクタ(コイル)やキャパシタ(コンデンサ)といった基本的な受動素子をナノメートル(10億分の1メートル)スケールまで縮小することは極めて困難である。なぜなら、これらが蓄えるエネルギーの大きさは、素子そのものの物理的な体積や断面積に大きく依存するからだ。
しかし、この行き詰まりを打破する全く新しいパラダイムが、物性物理学の最前線から提示された。理化学研究所創発物性科学研究センター 創発量子スピントロニクス研究ユニットのMatthew T. Littlehales氏、横内智行氏、Max T. Birch氏、十倉好紀氏、永長直人氏らをはじめとする、ダラム大学やISIS Neutron and Muon Sourceなどが参画する国際共同研究グループは、磁性体中に現れるナノスケールの磁気渦「スキルミオン(skyrmion)」を電流で駆動した際、その「変形」に起因して交流電流の位相をシフトさせる「創発リアクタンス(emergent reactance)」が生じることを実験的に初めて証明した。科学雑誌『Nature Communications』に掲載されたこの発見は、従来の古典電磁気学に基づく回路素子の限界を突破し、ナノスケールの磁気構造そのものがインダクタやキャパシタとして振る舞う、超小型かつ省電力な全く新しい電子回路の原理を構築する基盤となるものである。
電子回路の限界と「創発電磁気学」というブレイクスルー
現代の交流回路において不可欠な要素であるリアクタンスとは、インダクタやキャパシタが交流電流に対して示す抵抗成分の一種であり、入力された電流に対して電圧の位相を90度シフトさせる性質を持つ。これらは電圧の昇降圧やノイズフィルター、発振回路など、あらゆる電子機器の心臓部で機能している。しかし、例えば古典的なインダクタは、電流を流した際に生じる磁束を利用して誘導起電力を得るため、十分なインダクタンスを得るには一定以上のコイルの巻き数や断面積が物理的に要求される。これが、半導体チップの極限までの微細化において、インダクタが常に「最も場所を取る厄介なコンポーネント」であり続けてきた根本的な理由である。
この物理的制約を根本から覆す可能性を秘めているのが、「創発電磁場」という概念だ。固体物理学において、電子がスピン(磁気)の空間的・時間的な変化を持つ複雑な磁気構造の中を運動する際、電子の波動関数は「ベリー位相(Berry phase)」と呼ばれる量子力学的な位相を獲得する。興味深いことに、このベリー位相は電子の運動に対して、あたかも空間に実在する電場や磁場が存在しているかのような実効的な力として作用する。これが創発磁場、および創発電場と呼ばれる現象である。
近年、螺旋状にスピンが配列したヘリカル磁気構造や、磁石のN極とS極の境目である強磁性ドメインウォール(磁壁)に交流電流を流して駆動させると、この創発電場によって入力電流と電圧の間に90度の位相ズレが生じ、ナノサイズの磁気構造がインダクタとして振る舞うことが理論および実験で実証されてきた。重要なのは、この創発インダクタンスの大きさは素子の断面積に「反比例」するという、従来の電磁気学とは真逆のスケーリング則を持つ点である。つまり、小さくすればするほどインダクタンス効果が大きくなるという、微細化にとって夢のような性質を備えている。
トポロジカル磁気渦「スキルミオン」の優位性
今回、研究グループが新たなプラットフォームとして着目したのが「スキルミオン」である。スキルミオンとは、磁性体中のスピンが渦を巻くように配列したナノスケール(数ナノから数百ナノメートル)の粒子的な磁気構造である。その最大の特徴は、連続的な変形では中心のスピンを外側のスピンと同じ向きに揃えることができないという「トポロジカルな保護」を受けている点にある。この安定性により、スキルミオンは次世代の高密度磁気メモリの情報の担い手などとして世界中で激しい研究開発が繰り広げられている。
特定の条件下の非中心対称な結晶構造を持つ磁性体において、スキルミオンは六方細密充填のような規則正しい「スキルミオン格子(Skyrmion Lattice: SkL)」を形成する。このスキルミオン格子に電流を印加すると、電子のスピンとスキルミオンの持つ磁気モーメントとの間で角運動量の受け渡し(スピントランスファートルク)が起こり、スキルミオン格子全体が物質内を移動し始める。
ここで極めて重要な事実がある。スキルミオンは、前述のヘリカル磁気構造や強磁性ドメインウォールと比較して、移動を開始するために必要な限界電流密度(閾値電流)が数桁も小さいという特性を持つ。つまり、もしスキルミオンの運動から創発リアクタンスを引き出すことができれば、これまでよりも圧倒的に省電力で動作するナノスケールの電子回路素子を実現できる可能性がある。これが、本研究が物性物理学とデバイス工学の両面から強い注目を集める理由である。
クリープ運動と変形:実験が捉えた創発リアクタンスの正体

研究グループは、スキルミオンを形成する代表的な化合物であるMnSi(マンガンシリコン)の大きな単結晶から、FIB(集束イオンビーム)加工を用いてマイクロメートルサイズの薄片デバイスを作製した。これをCaF2(フッ化カルシウム)基板上にマウントすることで、熱膨張率の違いから生じる圧縮歪みを利用し、スキルミオン相が安定して存在する温度と磁場の範囲をバルク(塊)の結晶よりも大幅に拡大することに成功した。
実験では、このマイクロデバイスに対して外部磁場を印加しながら、絶対温度23 K(マイナス250度付近)の環境下で、振幅 \6.81 \times 10^8 \text{ A/m}^2\)、周波数 509 Hz といった特定の交流電流を流し、縦方向の抵抗(\\rho_{xx}\))と横方向のホール抵抗(\\rho_{yx}\))の複素インピーダンス成分を精密に測定した。複素インピーダンスの虚部(\(\text{Im}[\rho]\))は、入力電流に対する電圧の位相のズレ、すなわち「リアクタンス」の大きさを表す指標となる。
観測の結果、磁場を変化させて物質がスキルミオン格子相に入った領域でのみ、電流に対して非線形なリアクタンスが、電流と平行な「縦方向(Longitudinal)」および垂直な「横方向(Transverse)」の両方において明確に有限の値として現れることが確認された。抵抗の変化率などを精査した結果、これが電流による単純なジュール加熱のアーティファクト(ノイズ)ではなく、間違いなくスキルミオンのダイナミクスに起因するシグナルであることが証明された。
鍵を握る3つの動的フェーズ
このリアクタンスが「いつ、どのように」発生するのかを解明するため、研究チームは「トポロジカルホール効果(Topological Hall Effect: THE)」の測定を通して、スキルミオンの運動状態を詳細に分析した。スキルミオンは巨大な創発磁場を持つため、そこを通過する伝導電子はローレンツ力に似た力を受けて軌道が曲がる。これがトポロジカルホール効果である。スキルミオンが電子と同じ方向に動き出すと、相対速度が低下するため、このホール効果による抵抗値が減少する。この性質を利用することで、スキルミオンの「移動速度」を間接的に算出することができる。
分析の結果、電流で駆動されたスキルミオン格子には、電流密度に応じて3つの明確な動的フェーズ(領域)が存在することが確認された。
- ピン止め領域(Pinned state): 電流が小さく、物質中の不純物や欠陥によるポテンシャルの谷(ピン止め中心)にスキルミオンが捕らわれて動けない状態。
- クリープ領域(Creep region): 電流が閾値(\J_C\))を超え、熱揺らぎの助けも借りながら、スキルミオンがピン止め中心を乗り越えて「這うように(クリープ)」動く状態。ここではスキルミオンは障害物に引っかかりながら進むため、激しく変形しながら移動する。
- フロー領域(Flow regime): 電流がさらに大きくなり(\J_F\)以上)、ピン止め力の影響を振り切って、スキルミオン格子が形を保ったまま電子の速度に追随して滑らかに流れる状態。
極めて重要な発見は、観測された創発リアクタンス(縦方向および横方向)が、ピン止め領域ではゼロであり、クリープ領域に入ると急激に上昇して最大値に達し、その後フロー領域に向けて再び減少していくという振る舞いを示したことである。これはすなわち、創発リアクタンスの発生源が、単なるスキルミオンの移動ではなく、「障害物に引っかかりながら変形して動くこと(内部自由度の励起)」そのものにあることを強く示唆している。
リアクタンスを生み出す2つの異なる物理メカニズム
では、なぜスキルミオンが変形しながら動くとリアクタンスが生じるのだろうか。理論モデルと実験データの詳細な解析から、電流と平行な縦方向と、垂直な横方向とでは、創発電場を引き起こす微視的なメカニズムが根本的に異なっていることが明らかになった。
横方向リアクタンス:質量獲得による「慣性」と位相シフト
横方向のリアクタンス(\\text{Im}[\rho_{yx}]\))の発生には、スキルミオンの「質量(mass)」と「慣性(inertia)」という概念が深く関わっている。本来、トポロジーによって守られたスピンの渦であるスキルミオンには古典的な意味での質量は存在しない。しかし、クリープ領域においてスキルミオンが不純物にぶつかって形を歪ませるとき、ゴムまりがひしゃげたときのように、その変形エネルギーが内部に蓄積される。物理学の定式化(Thiele方程式)において、この変形によるエネルギーの蓄積は、運動方程式における「質量項(\m_{sk}\))」として繰り込まれて機能することが知られている。つまり、変形することでスキルミオンは実効的な重さ(質量)を獲得するのである。
質量を持つ物体には慣性が働く。交流電流によって前後に揺さぶられる力(スピントランスファートルク)を受けたとき、質量を獲得したスキルミオンはその慣性によって、印加された電流の波の満ち引きに対して、移動速度の位相が遅れ始める。
スキルミオンが並進運動する際に発生する創発電場(\\mathbf{e}{em}\))は、スキルミオンの速度ベクトル(\\mathbf{v}{Sk}\))と創発磁場ベクトル(\\mathbf{b}{em}\))の外積(\\mathbf{e}{em} = -\mathbf{v}{Sk} \times \mathbf{b}{em}\))で記述される。速度の位相が入力電流からズレている(遅れている)ということは、そのまま創発電場の位相もズレることを意味する。結果として、この位相のズレが入力電流に対する横方向の電圧の遅れとして観測され、これが横方向の創発リアクタンスの正体となる。フロー領域では変形が解消されて質量がゼロに近づくため、慣性が消え、横方向のリアクタンスも消失する。
縦方向リアクタンス:変形そのものが放つ創発電場
一方、電流と平行な縦方向のリアクタンス(\\text{Im}[\rho_{xx}]\))は、慣性による位相シフトでは説明がつかない。横方向へのドリフトの射影効果(スキルミオンホール効果によるもの)であれば、縦と横のリアクタンスは常に同じ符号を持つはずだが、実験では周波数や磁場・温度条件によって横方向リアクタンスの符号が反転するのに対し、縦方向は一定の符号を保つなど、明らかに異なる振る舞いを見せたからだ。
縦方向のリアクタンスは、スキルミオンの「変形そのもの」から直接的に生み出される創発電場に起因していると結論付けられた。スキルミオン格子は、微視的には複数の螺旋磁気構造(ヘリックス)が重なり合った状態として記述できる。クリープ領域において格子が変形する際、この構成要素である螺旋の位相がずれる「フェイゾン(phason)モード」や、スピンが傾く「スピンティルティングモード」と呼ばれる内部自由度が励起される。
電流と平行な方向にスピンティルティングモードが励起されると、その時間微分に比例した創発電場が直接的に縦方向に発生する。この変形モードの応答が交流電流に対して位相ズレを持っているため、それがそのまま縦方向の創発リアクタンスとして現れるのである。
インダクタとキャパシタを自在に切り替える「万能素子」への道
この発見がエレクトロニクスの未来に及ぼす影響は計り知れない。特筆すべきは、実験において観測された創発リアクタンスが、温度や印加する交流電流の周波数といった条件によって正負の符号を反転させる振る舞いを見せた点である。
従来の電気回路において、正のリアクタンスを持つ素子は「インダクタ(コイル=誘導性)」であり、負のリアクタンスを持つ素子は「キャパシタ(コンデンサ=容量性)」である。つまり、スキルミオンを用いたこのナノスケールデバイスは、外部からの制御パラメータ(周波数や温度、磁場など)をチューニングするだけで、ある時はインダクタとして働き、またある時はキャパシタとして働くという、全く新しい「プログラマブルな万能リアクタンス素子」として機能する可能性を示している。
これは単一の微細な磁気デバイス構造で、電気回路における2つの主要な受動素子の役割を動的に切り替えられることを意味しており、回路設計の自由度を根本から変革するパラダイムシフトとなり得る。
ナノ磁気科学が切り拓く新たな計算機アーキテクチャ
本研究は、電流で駆動されたスキルミオンの「内部自由度(変形)」が、これまで見過ごされてきた創発電場発生の強力な源泉であることを実証した。このメカニズムは、今回実験に用いられたMnSiにおける古典的なスキルミオン格子にとどまらず、3次元的な構造を持つスキルミオン束や、磁気単極子的な性質を持つヘッジホッグ、さらには数あるトポロジカル構造の中でも最も複雑なホプフィオン(hopfions)など、他の様々なナノスケールスピン構造にも普遍的に適用できると期待されている。
現在のシリコンベースのCMOSテクノロジーが直面している消費電力の増大と微細化の限界に対し、スキルミオンが示す超低電流での駆動特性と、微細化するほど効果が強まる創発電場に基づくインダクタンス・キャパシタンスは、極めて強力な解となり得る。今後、室温付近で動作するスキルミオン材料の開発や、デバイス構造の最適化が進むことで、人間の脳を模倣したニューロモルフィック・コンピューティングにおける超高密度・低消費電力な非線形回路素子や、高周波の量子通信デバイスなど、次世代情報通信技術のブレイクスルーをもたらす基盤技術へと発展していくことが確実視される。
自然界がスピンの織りなすトポロジーの中に隠し持っていた「創発的な電磁気学」は、今まさに人類のテクノロジーを次の次元へと押し上げようとしている。
論文
- Nature Communications: Emergent reactance induced by the deformation of a current-driven skyrmion lattice
参考文献
- 理化学研究所:スキルミオンがつくり出すリアクタンス