Google Pixelシリーズの頭脳である「Tensorチップ」。その製造委託先が、長らくタッグを組んできたSamsung Foundryから、業界最大手のTSMC(台湾積体電路製造)へ今後数世代にわたり移行する可能性が濃厚になってきた。台湾の経済紙DigiTimesが報じたこのニュースは、Pixelユーザーにとって長年の課題であった性能と電力効率、そして悩ましい発熱問題の解決に繋がるかもしれない、大きな期待を抱かせるものだ。
DigiTimesが報じたGoogleとTSMCの「長期契約」:Pixel 14までのロードマップ
半導体業界の動向に詳しい台湾のDigiTimesが2025年5月26日付で報じた内容によると、Googleの幹部が数ヶ月前に台湾を訪問し、TSMCとPixelスマートフォンに搭載されるSoC(System-on-a-Chip:システムオンチップ、スマートフォンの頭脳となる主要な半導体)の供給について協議を行ったという。そして驚くべきことに、両社の協力関係は「少なくとも3年から5年後」、具体的には「Pixel 14」シリーズの世代まで見据えたものになる可能性があると言うのだ。
この報道が事実であれば、GoogleはTensorチップの製造において、TSMCと非常に長期的なパートナーシップを築こうとしていることになる。これまでSamsungと長期的な関係を築いてきたGoogleの半導体戦略における大きな方針転換と言えるだろう。
なぜ今、TSMCなのか?Samsungファウンドリからの転換が意味するもの
GoogleのTensorチップは、初代から現行のTensor G4(Pixel 9シリーズに搭載見込みと噂される)に至るまで、Samsungの半導体製造部門であるSamsung Foundryが製造を担当してきた。しかし、これらのチップは、競合するQualcomm社のSnapdragonシリーズやAppleのAシリーズチップと比較して、特に電力効率や発熱の面で課題を抱えていると指摘されることが多かった。
実際、一部メディアがリーク情報として報じた内容によれば、Pixelスマートフォンの返品理由の第一位が「Tensorチップの過熱問題」であった時期もあるという。これは、ユーザー体験を著しく損なう可能性があり、Googleにとっても看過できない問題だったはずだ。
では、なぜTSMCなのか?TSMCは、世界最大の半導体ファウンドリ(製造専門企業)であり、その製造技術、特に先端プロセスにおける歩留まり率(良品率)と電力効率の高さは業界随一と評価されている。例えば、2022年に登場したQualcommのSnapdragon 8 Gen 1(Samsungファウンドリ製)と、その改良版であるSnapdragon 8 Plus Gen 1(TSMC製)を比較すると、後者は顕著な性能向上だけでなく、大幅な電力効率の改善も実現した。これは、ファウンドリの変更がいかにチップの特性を左右するかを示す好例と言える。
一方で、Samsung Foundryは近年、先端プロセスの立ち上げに苦戦しているとの報道も散見される。例えば、3nm GAA(Gate-All-Around)プロセスの歩留まり問題が指摘されており、これがGoogleのような大口顧客をTSMCへ向かわせる一因となった可能性も考えられる。さらに、Samsungのような垂直統合型企業(設計も製造も自社で行う)に製造を委託することに対し、チップ設計情報が競合部門(SamsungのExynosチップ設計部門など)に漏れるのではないかという顧客側の懸念も指摘されている。
こうした背景を踏まえると、Googleがより安定した製造能力と優れた電力効率を求めてTSMCへの切り替えを決断したとしても、何ら不思議ではない。
「Tensor G5」から始まる新時代:期待されるPixelへの恩恵
報道によれば、TSMCが製造する最初のTensorチップは、2025年後半に登場すると予想されるPixel 10シリーズに搭載される「Tensor G5」になると見られている。そして、このTensor G5は、TSMCの最先端プロセスの一つである「3nmプロセス」で製造されるという情報がこれまでに多くの情報源から伝えられている。
3nmプロセスは、現行の主力である4nmや5nmプロセスと比較して、トランジスタ密度が向上し、同じ性能であれば消費電力が削減され、同じ消費電力であれば性能が向上するというメリットがある。これがTensorチップに適用されれば、以下のような恩恵が期待できるだろう。
- 電力効率の大幅な向上: バッテリー持続時間の改善に直結する。
- 発熱の抑制: 長時間利用時のパフォーマンス低下や不快感を軽減する。
- AI処理能力のさらなる向上: GoogleがPixelで最も注力しているAI機能のレスポンスや精度向上に貢献する。
- 全体的なパフォーマンスの底上げ: アプリケーションの起動速度やマルチタスク性能の向上。
もちろん、単に製造プロセスノードが新しくなったからといって、自動的にチップの性能が飛躍的に向上するわけではない。CPUコアのアーキテクチャ設計やクロック周波数、GPUの性能、そしてソフトウェアとの最適化など、多くの要素が複雑に絡み合って最終的なパフォーマンスが決まる。しかし、基盤となる製造プロセスが優れていることは、これらのポテンシャルを最大限に引き出すための重要な前提条件となるはずだ。
Googleの半導体戦略とPixelの未来:長期的な視点
今回のTSMCとの長期契約の報道は、Googleが自社設計のTensorチップに対するコミットメントをさらに強めていることの表れと言えるだろう。AppleがAシリーズおよびMシリーズチップで成功を収めているように、ハードウェア(特にチップ)とソフトウェアを緊密に統合することは、独自のユーザー体験を創出し、エコシステムを強化する上で極めて重要だ。
TSMCという強力な製造パートナーを得ることで、Googleはより野心的なチップ設計に挑戦しやすくなる。また、先端プロセスの製造キャパシティを早期に確保することは、競争の激しいスマートフォン市場において安定した製品供給を維持するためにも不可欠だ。AppleやQualcommといった業界の巨人たちがこぞってTSMCの主要顧客となっていることからも、その重要性は明らかである。
この長期的なパートナーシップは、Googleが将来的に投入するであろう新しいフォームファクターのデバイス(折りたたみスマートフォンやARグラスなど)に搭載されるチップ開発にも好影響を与える可能性がある。DigiTimesの報道では、Google I/O 2025で示されたAndroid XRや世界モデルといった革新的なビジョンにも触れられており、これらの実現にも高性能かつ高効率なカスタムチップが不可欠となるだろう。
Pixelユーザーが本当に期待できること
DigiTimesが報じたGoogleとTSMCの長期契約は、まだ正式発表ではないものの、その信憑性は高いと見られている。これが実現すれば、Pixelスマートフォンは長年の課題であった電力効率と発熱問題を克服し、パフォーマンス面でも競合製品と肩を並べる、あるいは凌駕するポテンシャルを秘めることになるだろう。
特に、Tensor G5以降のチップがTSMCの3nmプロセスで製造されるという点は、Pixelユーザーにとって最大の朗報と言えるかもしれない。これにより、より快適な長時間利用、AI機能の進化、そして全体的なユーザー体験の向上が期待される。
もちろん、実際の製品が登場し、その実力が明らかになるまでは予断を許さない。しかし、Googleが半導体開発において本腰を入れ、業界最高の製造パートナーと手を組むという動きは、Pixelシリーズの未来に対するGoogleの強い意志を感じさせるものだ。今後のGoogleからの正式な発表と、Pixel 10シリーズの登場が今から待ち遠しい。
Sources
- DigiTimes: Google I/O後「谷底反彈」 攜手台積電展望多年合作