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米国半導体規制、中国ハイテク企業の巧妙な「抜け道」戦略とは? AI覇権争いの最前線

Y Kobayashi

2025年5月27日

米国の対中半導体規制が厳しさを増す中、中国のハイテク企業が規制の網をかいくぐり、先端技術開発を継続するための様々な「抜け道」を駆使している実態が明らかになってきた。子会社設立による迂回調達、台湾を舞台にした秘密裏の人材獲得、そして国内での技術開発加速など、その手口は巧妙かつ多岐にわたる。この水面下の攻防は、米中間の技術覇権争いにどのような影響をもたらすのだろうか。

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米国規制の壁と、中国企業の「突破口」

米中技術覇権争いの核心とも言える半導体分野。米国は国家安全保障を理由に、中国企業による先端半導体および関連技術へのアクセスを厳しく制限してきた。第一次Trump政権からBiden政権へと引き継がれ、今また第二次Trump政権でさらに強化される傾向にあるこの規制は、中国のAI開発やスーパーコンピュータの能力向上を抑制することを主な目的としている。

しかし、中国のハイテク企業は手をこまねいているわけではない。米国の規制という高い壁に対し、彼らは驚くほど多様な「突破口」を見つけ出し、したたかに対応しているのだ。

巧妙な組織再編:子会社・別名義企業を利用した迂回

最も古典的かつ効果的な手法の一つが、子会社や別名義の企業を利用した迂回調達だ。

米国の「エンティティリスト(禁輸措置対象リスト)」に掲載された企業は、米国製技術の調達が著しく困難になる。しかし、リスト掲載を免れている子会社や、元幹部が設立した新会社などを通じ、間接的に米国の半導体や技術を入手するケースが後を絶たない。

報道によれば、中国のサーバー大手である曙光信息産業(Sugon)は2019年にエンティティリストに追加されたが、その後、元幹部らが設立したNettrixという企業がNVIDIAやIntel製のチップを搭載したサーバーを販売していたことが明らかになっている。また、中国最大のサーバーメーカーである浪潮集団(Inspur Group)も2023年にリスト入りしたが、その子会社は引き続き米国製チップを購入していたとされる。これに対し米国政府は、2025年3月にNettrixとInspur Groupの6つの子会社を新たに対象リストに追加するなど、対策を強化しているが、まさに「いたちごっこ」の様相を呈している。

人材獲得の最前線:台湾での秘密裏な活動

先端半導体製造技術で世界をリードする台湾は、中国企業にとってまさに「宝の山」だ。台湾の優秀なエンジニアや技術ノウハウを獲得するため、中国企業がその出自を偽装し、台湾で秘密裏に活動拠点を設けて人材を引き抜こうとする動きが活発化している。

台湾法務部調査局の捜査対象として、中国の半導体受託製造(ファウンドリ)最大手である中芯国際集成電路製造(SMIC)と、ネットワークチップを手掛ける雲岫資本(Yunhe Zhiwang、上海)の名前が挙がっている。

Bloombergの報道によると、SMICはサモアに本拠を置く企業を装って台湾に拠点を設立し、現地の技術者を引き抜こうと試みていたとされる。一方、The Registerは、データセンター向けネットワークチップを開発するYunhe Zhiwangが、元IntelやMicrosoftの従業員を採用しており、その際にシンガポールの企業を通じて実質的な所有関係を隠蔽していたと報じている。

台湾の法律では、中国企業が台湾で事業展開や人材採用を行うには政府の許可が必要だが、多くの企業が外国企業や台湾企業を装うことでこの規制を回避してきた。台湾当局は2025年3月、SMICが主導する中国ハイテク企業11社に対する大規模な調査を開始したと伝えられており、中台間の技術・人材を巡る攻防は一層激しさを増している。

「闇ルート」も存在:半導体の密輸

正規のルートが閉ざされれば、非正規のルートが生まれるのは世の常だ。米国の規制対象となっているNVIDIA製の高性能GPU(画像処理半導体)などが、マレーシア、日本、香港などを経由する仲介業者を通じて中国国内に密輸されるブラックマーケットが形成されているという。

The Wall Street Journalの報道では、学生が荷物の中にチップを隠し持ち、シンガポールから中国へ運ぶ「運び屋」として1個あたり100ドルの報酬を得ていた事例も紹介されている。ワシントンに拠点を置くシンクタンクCenter for a New American Securityの推計では、年間約12,500個のチップが密輸によって中国に流入している可能性もあるという。

クラウドサービスの「抜け穴」

直接的な半導体の入手が困難でも、高性能チップを利用する方法は他にも存在する。中国企業が、NVIDIA製の先端チップを搭載した海外のクラウドコンピューティングサービスを利用することで、間接的にその計算能力にアクセスしているケースだ。

The Informationによると、Google、Microsoft、Amazonなどのクラウドサービスが、中国の企業や大学に対し、NVIDIA製チップを搭載したサーバーを貸し出しているという。バイデン政権は、米国のクラウドサービスの利用を通じたこの「抜け穴」を塞ぐための規制案を検討していたが、現時点ではクラウドサービス自体は輸出管理の直接的な対象とはなっていない。この点は、今後の規制強化の焦点となる可能性も指摘されている。

中国国内での適応とイノベーション:「なければ作る」精神

規制強化は、中国企業にとって困難をもたらす一方で、国内での技術開発を加速させる触媒ともなっている。米国製チップへの依存から脱却し、「自給自足」を目指す動きが国策として強力に推進されているのだ。

チップの備蓄とソフトウェア最適化:既存資源の最大活用

中国の巨大テック企業であるTencentBaiduは、規制下でAI開発を継続するための具体的な戦略を明らかにしている。

Tencentの劉熾平(マーティン・ラウ)社長は、以前購入した高性能GPUの「かなりの量の備蓄」があると述べている。同氏は、AIモデルのトレーニングにおいて、必ずしもGPUクラスタを無限に拡張する必要はなく、より少数のチップでも良好な結果を得られるとの見解を示し、「既存の高性能チップの在庫で、今後数世代のモデル開発は継続できるはずだ」と語った。さらに、推論処理(実際にAIタスクを実行するプロセス)においては、「ソフトウェアの最適化」によって効率を高め、同じ数のGPUでより多くの処理を実行できるように努めているという。

また、より小規模で計算能力への要求が少ないモデルの開発や、カスタム設計チップ、中国国内で入手可能な半導体の活用も視野に入れている。「我々には、拡大し続ける推論ニーズを満たす多くの方法がある。単にGPUを力任せに購入するのではなく、ソフトウェア面での探求に時間を費やす必要がある」とラウ氏は強調する。

一方、中国最大の検索エンジンであるBaiduは、クラウドインフラ、AIモデル、そして同社のチャットボット「ERNIE Bot」のような実際のアプリケーションを組み合わせた「フルスタック」能力を強みとしている。BaiduのAIクラウド事業を率いる沈德华(ダウ・シェン)氏は、「最先端のチップにアクセスできなくても、我々の独自のフルスタックAI能力によって、強力なアプリケーションを構築し、意義のある価値を提供できる」と述べている。Baiduもまた、ソフトウェア最適化により、保有するGPUからより多くの性能を引き出す効率化を進めているという。

国産半導体開発へのシフト:「国内エコシステム」の育成

両社ともに、中国国内の半導体技術の進展が、米国の規制による影響を緩和する助けになると期待を寄せている。シェン氏は、「国内で開発された自給可能なチップは、ますます効率化される国産ソフトウェアスタックと共に、中国のAIエコシステムにおける長期的なイノベーションのための強力な基盤を形成するだろう」と述べている。

中国政府は過去数年間、国内での半導体設計・製造能力の向上に巨額の補助金や融資を投じてきた。専門家の多くは、GPUやAIチップの分野では依然として米国が先行しているとしながらも、中国が目覚ましい進歩を遂げていることを認めている。Gartnerのアナリスト、Gaurav Gupta氏は、「中国は、材料から装置、チップ、パッケージングに至るまで、独自の国内半導体エコシステムを開発してきた。各分野での進捗にはばらつきがあるが、中国はこの目標に対して驚くほど一貫して野心的であり、かなりの成功を収めていると言わざるを得ない」と評価している。

実際に、2025年1月には、中国のスタートアップ企業DeepSeekが、欧米の競合他社よりもはるかに少ない計算能力でトレーニングされたと主張するAIモデルをリリースし、世界のAI業界に衝撃を与えた。これは、限られたリソースの中でイノベーションを生み出す中国の底力を示す一例と言えるだろう。Huaweiもまた、米国の制裁下で独自のAIチップ開発を進めており、SMICは2025年までに5nmプロセスのチップを完成させるとの報道もあるが、そのコストはTSMC製よりも50%高くなる可能性も指摘されている。

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規制の効果:「時間稼ぎ」はできても完全封鎖は困難か

米国の輸出規制は、中国のAI開発のペースをある程度遅らせる効果はあったかもしれないが、完全に止めることはできていない、というのが多くの専門家の見方だ。

戦略国際問題研究所(CSIS)のBarath Harithas上級研究員は、「輸出規制は本質的に漏れやすい手段だ。全てを捕捉することはできないだろう」と指摘する。ただし、完全に防げなくとも、米国が自国のAI技術を進展させるための「時間稼ぎ」にはなるとも分析している。

一方で、NVIDIAのJensen Huang CEOは、米国のチップ輸出規制を「失敗」と呼び、中国企業よりもむしろ米国企業に損害を与えていると批判している。中国国内での技術開発が進む現状を鑑みれば、こうした意見にも一理あるのかもしれない。

カリフォルニア大学バークレー校の2024年の研究では、中国のAI産業は、禁止される前にチップを備蓄したり、旧世代チップを効率的に使用するためのソフトウェアを最適化したりすることで、高度なAIを構築できていると結論付けている。同研究の著者の一人であるRitwik Gupta氏は、現在の米国の輸出管理政策が、大規模言語モデルの構築に使用される最先端チップの禁止に偏りすぎていると指摘。「輸出規制されていない旧世代のチップは、中国にとって依然として広範な社会的利益をもたらす技術の訓練に役立っている」と述べている。

米中の技術覇権を巡る攻防は、今後も形を変えながら続いていくと予想される。中国企業は、規制の網の目をかいくぐる巧妙な戦略と、国内での技術開発という両輪で、AI分野をはじめとする先端技術開発を推し進めていくだろう。米国がさらなる規制強化に動くのか、それとも新たなアプローチを模索するのか。そして、中国がどこまで技術的自立を達成できるのか。この「いたちごっこ」の行方は、今後の世界のテクノロジー勢力図を大きく左右することになるだろう。


Sources

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