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ASML、次世代半導体製造の鍵を握る「High-NA EUV」マシン製造現場を公開:半導体の未来を垣間見る

Y Kobayashi

2025年5月23日

半導体製造装置で世界をリードするオランダのASMLが、1台4億ドル(約600億円)以上という破格の新型「High-NA」極端紫外線(EUV)リソグラフィ装置の製造現場を、米CNBCのカメラに初めて公開した。この一台が、スマートフォンからAI、そして未来のあらゆるテクノロジーを支える半導体の進化を、新たな次元へと押し上げる可能性を秘めている。

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半導体製造の巨人ASML、4億ドルの新型装置「High-NA」を独占公開

How ASML Makes Chips Faster With Its New $400 Million High NA Machine

CNBCは2025年4月、オランダ・フェルトホーフェンにあるASMLの巨大ラボを訪れ、これまでASML自身のチームですら撮影したことのなかったHigh-NA装置の姿を捉えることに成功した。High-NAは「高開口数(High Numerical Aperture)」の略で、ASMLが約10年の歳月をかけて開発した世界最先端かつ最も高価なチップ製造装置である。

ASMLのHigh NA認定チームリーダーであるAssia Haddou氏は、CNBCの取材に対し、この装置が「2階建てバスよりも大きい」と語った。High-NAシステムは、コネチカット、カリフォルニア、ドイツ、そしてオランダで製造された4つのモジュールで構成され、フェルトホーフェンのラボで組み立て、テスト、承認を経た後、再び分解されて顧客へと出荷される。1つのシステムを顧客に届けるには、ボーイング747型機7機(一部積載)または少なくとも25台のトラックが必要になるというから、その規模の大きさがうかがえる。

世界で初めてHigh-NAが商用導入されたのは、2024年のIntelのオレゴン州チップ製造工場(ファブ)だ。これまでにわずか5台しか出荷されていないこの巨大マシンは、Intel、TSMC、Samsungといった、この巨額投資が可能な限られた企業で、数百万個のチップを生産するために稼働準備を進めている。

High-NAとは何か? なぜ世界が注目するのか

High-NAは、ASMLが誇るEUV(極端紫外線)リソグラフィ装置の最新世代機である。ASMLはこのEUVリソグラフィ装置を世界で唯一製造できるメーカーであり、NVIDIA、Apple、AMDといった名だたる半導体設計企業の最先端チップデザインは、このEUV技術なしには製造不可能だ。まさに現代のデジタル社会を根底から支えるキーテクノロジーと言えるだろう。

ASMLはCNBCに対し、将来的にはMicron、SK hynix、そして日本のRapidusを含む、全てのEUV顧客がHigh-NAへ移行すると述べている。市場調査会社The Futurum GroupのDaniel Newman氏は「この企業(ASML)は、この市場を完全に独占している」と指摘する。

では、このHigh-NAは既存のEUV装置と何が違うのか。そしてなぜ、これほどまでに高価なのか。その鍵は「High NA」、つまり「高い開口数(Numerical Aperture)」にある。

ASMLの技術担当エグゼクティブ・バイスプレジデントであるJos Benschop氏は、「High-NAは主に2つの意味を持ちます。第一に、シュリンク(微細化)。つまり、1枚のウェハーにより多くのデバイスを搭載できます。第二に、マルチパターニング(複数回露光)を回避することで、より速く、より高い歩留まりでチップを製造できる」と説明する。

従来のEUV装置に比べ、High-NAはより大きなレンズ開口部を持つ。これにより、より急な角度からの光をミラーで捉えることが可能となり、一度の露光でより微細なチップデザインをウェハー上に転写できるようになるのだ。従来の装置では、より小さなデザインを転写するために複数回の露光(マルチパターニング)が必要だったが、High-NAはこの工程を大幅に削減できる。これにより、製造時間の短縮と歩留まり(良品率)の向上が期待される。

Intelは2025年2月のカンファレンスで、High-NAを用いてこれまでに約3万枚のウェハーを処理し、その信頼性は従来機の約2倍に達したと報告。同じカンファレンスでSamsungは、High-NAによってサイクルタイム(チップが処理を完了するまでの時間)を60%削減できる可能性があると発表しており、その性能向上は折り紙付きだ。

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EUV技術の核心 ― 太陽より熱いプラズマと世界一平坦なミラー

ASMLがEUV技術に本格的に舵を切ったのは1997年、Benschop氏が入社して2年後のことだった。当時、EUV技術の実現可能性は未知数であり、CEOのChristophe Fouquet氏も「我々はかろうじて成功した。人々は時々そのことを忘れてしまう」と語るように、非常にリスクの高い投資だった。20年以上の歳月を経て、2018年頃にはEUV技術の実用性が証明され、主要なチップメーカーからの大型受注が始まった。

EUVリソグラフィの核心は、極めて短い波長(13.5ナノメートル、DNA鎖5本分程度の幅)のEUV光を生成し、それをマスク(チップデザインが描かれた原版)を通して、感光剤(フォトレジスト)が塗布されたシリコンウェハー上に照射することにある。

この微細なEUV光を生成するために、ASMLの装置は溶融したスズを毎秒5万滴という猛烈なスピードでノズルから射出し、そこに強力なレーザーを照射する。これにより太陽表面よりも高温のプラズマが発生し、その小さな爆発がEUV光の光子を放出する。

EUV光は、その短波長ゆえにあらゆる既知の物質に吸収されてしまうため、プロセス全体を真空中(バキュームチャンバー内)で行う必要がある。また、光を反射させるミラーも特殊でなければならない。この課題を解決したのが、ドイツの光学メーカーZeiss社だ。彼らはASMLのために、世界で最も平坦な表面を持つとされる特殊なミラーを開発した。これらのミラーが、カメラのレンズのようにEUV光を正確にウェハー上へと導くのである。

一方で、ASMLはより波長の長いDUV(深紫外線、波長193ナノメートル)を用いたリソグラフィ装置も依然として製造しており、2024年の売上では60%を占めている。DUV装置はEUV装置に比べて安価(500万ドル~9000万ドル)であり、日本のNikonやCanonとも競合している分野だ。しかし、EUVリソグラフィ技術で成功を収めているのは、世界でASMLただ一社なのである。

High-NA装置の開発が始まったのは2016年頃。基本的なプロセスは従来のEUV装置と同じだが、前述の通り、より大きな開口数(NA)を持つレンズがキーとなる。Fouquet CEOは「開口数が大きくなるほど、ミラーも大きくしなければならず、システム全体も巨大化する」と語る。この巨大化と複雑化が、4億ドルという価格に反映されているのだ。

消費電力という新たな課題

これら最先端の製造装置は、膨大な電力を消費するという課題も抱えている。Fouquet CEOは、「もしAIチップの電力効率を時間とともに改善できなければ、モデルのトレーニングだけで全世界のエネルギーを消費してしまう可能性があり、それは2035年頃に起こりうる」と警鐘を鳴らす。ASMLはこの問題に対し、2018年以降、ウェハー露光あたりの必要電力を60%以上削減する努力を続けているという。

地政学リスクの波紋 ― 中国市場、関税、そして米国の半導体自立

ASMLの事業において、中国市場は無視できない存在だ。2024年第2四半期には、DUVシステムの販売先として中国が49%を占めるという記録的な数字も出た。Fouquet CEOはCNBCに対し、これは長年滞っていた受注残の解消による一時的なピークであり、2025年には「歴史的な通常レベル」である20~25%に戻るだろうとの見通しを示した。

しかし、米国の輸出規制により、ASMLは最先端のEUV装置を中国に販売することができない。この禁止措置は第1次Trump政権時代に始まり、現在の生成AI開発競争の中で、先端技術の中国流出に対する米国の懸念はさらに高まっている。The Futurum GroupのNewman氏は、中国が独自のEUV装置を開発するのは「非常に困難」であり、代わりにDUVで可能な限り最先端のチップ(スマートフォン用など)を製造しているとの見方を示す。

AIブームはASMLを含む半導体関連株価を高騰させ、ASML株は2024年7月に史上最高値を記録した。しかしその後、株価は30%以上下落しており、Trump大統領が導入した関税政策など、半導体業界は不確実性に直面している。Benschop氏は関税の影響について「全く分からない」と述べており、世界中に約800社のサプライヤーを抱えるASMLにとって、関税問題は極めて複雑だ。High-NA装置1台の製造には、米国、オランダ、ドイツで製造されたモジュールをオランダで組み立て・テストし、再び分解して米国やアジアのファブへ輸送するという、幾重もの輸出入が関わっている。

長年、ASMLのビジネスの80%以上はアジアが占めてきた。2024年の米国市場のシェアは約17%だったが、急速に成長している。ASMLは全世界で44,000人の従業員を擁し、そのうち8,500人が米国内18拠点で働いている。Intelはオハイオ州とアリゾナ州に新たなファブを建設中であり、TSMCもアリゾナ州フェニックス北部で新ファブが量産体制に入った。Fouquet CEOは、Intelが苦戦しているものの、ASMLにとって依然として「手ごわいパートナー」であり、米国の半導体自立にとって「非常に重要」であると述べている。この米国内での生産能力増強に伴い、High-NA装置の需要も高まることが予想される。

これに対応するため、ASMLはアリゾナ州に米国初のトレーニングセンターを建設中で、Fouquet CEOによれば「今後数ヶ月以内」にオープンし、年間1,200人の技術者をEUVおよびDUV装置について訓練する計画だという。これは「米国内で必要とされる能力を満たすだけでなく、世界中でさらに多くの人々を訓練するためにも活用されるだろう」とのことだ。

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次なる一手「Hyper NA」、そして止まらぬ進化への挑戦

ASMLの視線は、すでにHigh-NAのさらに先を見据えている。Fouquet CEOはCNBCに対し、次世代機「Hyper NA」の光学設計の草案がいくつか存在し、「必ずしも難しい製品ではない」と語った。Hyper NAの需要は「2032年から2035年の間」に出てくると予想しているが、価格については明言を避けた。

当面、ASMLはHigh-NAの需要に応えることに注力する。今年(2025年)中に少なくともさらに5システムを出荷し、数年以内に年間20台の生産能力まで引き上げる計画だ。

4億ドルという価格、二階建てバスを超える巨体、ボーイング747型機7機分に相当する輸送量――High-NA EUVリソグラフィ装置は、まさに半導体製造の「巨人」と呼ぶにふさわしい存在だ。この巨人が刻むナノスケールの回路パターンが、私たちのデジタル社会の未来を形作っていく。ASMLの独占的な技術力と、それを巡る地政学的な駆け引きは、今後もテクノロジー業界の最大の注目点の一つであり続けるだろう。


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