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TSMC、2nm実用化へ9工場展開を計画:AI半導体特需で2025年の設備投資は過去最高420億ドルへ

Y Kobayashi

2025年5月19日2:25PM

半導体受託製造(ファウンドリ)で世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)が、桁違いの大規模投資計画を明らかにした。2025年には過去最高額となる380億ドルから420億ドル(約5.9兆円~6.5兆円)もの設備投資を行い、台湾、米国、日本、ドイツで合計9つもの先端工場(ウェハーファブ8カ所、先端パッケージング施設1カ所)を新設または拡張するというのだ。この数字は、2024年の292億ドルを大幅に上回り、過去最高だった2022年の352億ドルをも超える規模となる。

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前例なき規模でアクセルを踏むTSMC:9工場同時展開の野望

TSMCの巨額投資の背景にあるのは、生成AIブームを筆頭とする高性能コンピューティング(HPC)分野での爆発的な需要増だ。特に、最先端の2ナノメートル(nm)プロセスの量産化と、チップレット技術に不可欠な先端パッケージング技術「CoWoS(Chip on Wafer on Substrate)」の生産能力増強が急務となっている。この前代未聞とも言える巨額投資は、TSMCが技術的優位性を確固たるものにし、激化する国際競争をリードしようとする強い意志の表れと言えるだろう。

TSMCが2025年に計画している9つの新工場展開は、文字通り「前例のない」規模だ。同社の発表によれば、2017年から2020年までは平均して年間3つのファブを建設していたが、2021年から2024年にはそのペースを年間5つに引き上げた。そして2025年、その数は一気に9つへと跳ね上がる。この建設ペースの急加速は、HPCおよびAIアプリケーションからの旺盛な需要にいかに迅速に対応しようとしているかの証左であろう。

過去最高の設備投資:380億~420億ドルの意味するもの

2025年に計画されている380億~420億ドルという設備投資額は、単に金額が大きいというだけでなく、いくつかの重要な意味合いを含んでいる。まず、最先端リソグラフィ装置の価格高騰だ。例えば、現在の主力であるEUV(極端紫外線)リソグラフィ装置のうち、Low-NA(低開口数)スキャナー1台の価格は約2億3500万ドル(約367億円)にも上る。さらに、次世代のHigh-NA(高開口数)EUVツールに至っては、1台あたり約3億8000万ドル(約593億円)に達すると予想されている。これらの高価な装置を多数導入する必要があるため、設備投資額も必然的に膨れ上がるのだ。

もちろん、それ以上に大きな要因は、AIチップに代表される先端半導体の需要そのものが爆発的に伸びていることだ。AIアクセラレータのようなチップは、従来のプロセッサよりもシリコン面積を大きく占有する傾向があり、顧客はより多くのウェハを注文する必要に迫られている。これがTSMCの生産ラインへの強いプレッシャーとなり、大規模な生産能力拡大を後押ししている格好だ。

2nmプロセス量産体制へ:世界に広がるTSMCの新工場ネットワーク

今回の投資計画の目玉の一つが、2nmプロセスの量産に向けた動きだ。TSMCは、2025年後半にも2nm技術を用いたチップの量産を台湾の新竹にあるFab 20と高雄にあるFab 22で開始する予定である。これらの工場は、将来的には改良版のN2Pや、さらに先の世代となるA16(1.6nm級)プロセスの生産も担うことになる。

台湾本土:2nm量産の牙城と次世代ノードへの布石

TSMCの本拠地である台湾では、2nmプロセス以降の最先端技術開発と生産能力増強が急ピッチで進められている。

  • 新竹 Fab 20、高雄 Fab 22: 2025年後半からの2nmプロセス量産開始を予定。A16、N2Pといった将来ノードも見据える。
  • 台中 Fab 25: 2nm以降の次世代チップ(A14、1.4nm級などが噂される)の生産拠点として、2025年後半に建設開始予定。2028年頃の稼働を目指す。
  • 高雄の追加5施設: 2nm、A16、そしてさらにその先の先端プロセスに対応する5つの新工場が計画されている。

グローバル展開:日米独での生産能力強化

地政学的なリスク分散や各国政府からの誘致もあり、TSMCは海外での生産拠点拡大も加速させている。

  • 米国アリゾナ州 Fab 21: 第1期は稼働準備中。第2期(N3プロセス対応)は建屋が完成し設備導入段階へ。さらに第3期(A16/N2プロセス対応)も2025年4月に建設が開始された。
  • 日本・熊本県 Fab 23 (JASM): 第1期は順調に立ち上がりつつあり、2025年1月にはサブ10nmプロセスに対応する第2期工場の建設も開始されている。
  • ドイツ・ドレスデン Fab 24 (ESMC): 2024年8月に建設が開始されており、N12、N16、N22、N28といった成熟ノードから比較的先端のノードまでをカバーする計画だ。自動車産業向けの供給などが期待される。

ただし、TSMCが発表する「新工場」の定義には、建設開始段階のものから、既に建屋が完成し設備導入や量産立ち上げ準備段階にあるものまで含まれており、そのカウント方法にはやや曖昧さが残る点も一部では指摘されている。しかし、いずれにせよ、これだけの数の工場が同時並行で動いていること自体が、TSMCの並々ならぬ拡張意欲を示していると言えよう。

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投資を加速させる「AI半導体」という巨大な波

今回のTSMCの巨額投資を理解する上で欠かせないのが、「AI半導体」というキーワードだ。2024年は「AI元年」とも称され、特にAIデータセンター向けの需要が市場全体を力強く牽引している。

HPC・AIチップ需要の爆発と大型化するチップサイズ

高性能コンピューティング(HPC)やAIアプリケーションに使われる半導体は、その性能要求の高さから、より微細なプロセス技術と、より大きなチップサイズを必要とする。前述の通り、チップが大型化すれば、1枚のウェハから取れるチップの数が減るため、結果としてより多くのウェハが必要となる。NVIDIAをはじめとするAIチップ設計企業からの旺盛な引き合いが、TSMCの生産ラインをフル稼働させ、さらなる能力増強へと駆り立てているのだ。

CoWoSパッケージング能力、年率80%成長へ上方修正:供給逼迫への悲鳴と期待

AIチップの性能を最大限に引き出すためには、複数のチップを高密度に接続する先端パッケージング技術が不可欠となる。TSMCの「CoWoS」はその代表格であり、ここ数年は「異常な需要」により深刻な供給逼迫が続いていた。この状況に対応するため、TSMCはCoWoSの生産能力を2022年から2025年にかけて年平均成長率(CAGR)80%という驚異的なペースで拡大する計画だ。これは、昨年時点での目標値であった60%を大幅に上回るものであり、いかに需要が強いか、そしてTSMCがいかに本腰を入れて対応しようとしているかがうかがえる。2024年中にもCoWoSの生産能力を倍増させる計画も明らかにしている。

3nmも絶好調、AIチップ出荷は4年で12倍に

最先端プロセスへの移行も順調に進んでいる。TSMCによれば、3nmプロセスで製造されるチップの出荷量は2025年、前年比で60%増加する見込みであり、2023年から2025年にかけての年平均成長率は20%に達するという。さらに驚くべきは、AIチップ全体の出荷量が、2021年から2025年のわずか4年間で12倍にも膨れ上がるという予測だ。この数字は、AI革命がいかに急速に進展しているかを如実に物語っている。

技術ロードマップと市場展望:A16、A14、そして1兆ドル市場へ

TSMCの野心は2nmに留まらない。その視線はすでに、A16(1.6nm級)、さらにはA14(1.4nm級)といったオングストローム(Å、1Åは0.1nm)時代のプロセス技術へと向けられている。

N2P、A16(1.6nm)、A14(1.4nm)へと続く微細化競争

2025年後半に量産開始予定のN2(2nm)に続き、2026年後半には電力効率などを改善したN2P、そしてゲートオールアラウンド(GAA)トランジスタ構造を採用し、チップ背面に電力供給ネットワークを配置する「バックサイドパワーデリバリー」を導入するA16(1.6nm級)の生産開始が計画されている。さらにその先、2028年頃の実現を目指し、A14(1.4nm級)の開発も進められている。この飽くなき微細化への挑戦こそが、TSMCの技術的リーダーシップの源泉と言えるだろう。

リソグラフィ装置の高コスト化という現実

一方で、前述の通り、これらの最先端プロセスを実現するために不可欠なEUVリソグラフィ装置の価格はますます高騰している。特に次世代のHigh-NA EUVツールは、現行機を大幅に上回る価格になると見込まれており、ファブ建設・運営コストを押し上げる大きな要因となる。このコスト増を吸収しつつ、顧客に適正な価格で製品を供給し続けることができるかどうかも、TSMCの今後の課題の一つだ。

2030年、1兆ドル規模に成長する半導体市場とTSMCの戦略

TSMCは、世界の半導体市場が2025年も年率10%で成長し、2030年には1兆ドル(約156兆円)規模に達すると強気の予測を維持している。その中でも、HPC分野が約45%と最大のシェアを占め、次いでスマートフォンが25%、自動車関連が15%、IoT(モノのインターネット)が10%と続くと見ている。特に自動車分野では、自動運転支援システム(ADAS)の高度化に伴い、5nmや3nmといった先端プロセスへの移行が進むと期待されており、TSMCにとっても大きな成長機会となりそうだ。この巨大市場の成長の波に乗り、圧倒的な製造キャパシティと技術力で他社をリードし続けるというのが、TSMCの基本戦略であることは間違いない。

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TSMCの巨額投資が意味するもの – 技術覇権維持への渇望と地政学の狭間

今回のTSMCによる歴史的な規模の投資計画は、単なる生産能力の増強に留まらず、いくつかの重要な示唆を含んでいると筆者は考える。

第一に、技術覇権を維持し、さらに盤石なものにしようとする強い意志の表れである。SamsungやIntelといった競合他社も猛烈な追い上げを見せる中、TSMCとしては、他を寄せ付けない圧倒的な規模と最先端技術への投資で、その牙城を守り抜く構えだ。特にAI半導体という新たな成長ドライバーが登場した今、この分野で主導権を握ることが、今後の10年、20年の業界地図を決定づけるとの認識があるのだろう。

第二に、地政学リスクを考慮したグローバルなサプライチェーンの再構築という側面も見逃せない。米中対立の激化や台湾有事のリスクが叫ばれる中、顧客企業からは生産拠点の分散化を求める声が高まっている。今回の米国、日本、ドイツでの工場新設・拡張は、こうした要請に応えるとともに、各国政府からの補助金や支援を引き出し、より安定した事業環境を構築しようという戦略的な動きと解釈できる。

しかしながら、これほどの巨額投資には当然リスクも伴う。AIブームが万が一失速したり、技術開発が計画通りに進まなかったり、あるいは顧客が競合他社へ乗り換えるといった事態が発生すれば、大きな打撃を受けかねない。また、世界各地で同時に複数の巨大プロジェクトを推進すること自体の難易度も極めて高い。

今後の注目点としては、まずこれらの建設計画が予定通りに進捗するかどうか、そしてN2PやA16といった次世代ノードに対する顧客の実際の採用動向、さらには競合他社のキャッチアップの動きなどが挙げられるだろう。TSMCのこの野心的な一手は、半導体業界全体の未来を左右する重要なターニングポイントとなる可能性を秘めている。


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