テクノロジーと科学の最新の話題を毎日配信中!!

Intel、18Aプロセスの外部顧客提供を中止か?新CEOが描くファウンドリ事業の「次の一手」

Y Kobayashi

2025年7月2日

半導体業界の巨人、Intelが大きな岐路に立たされている。Reutersが報じたところによると、新CEOのLip-Bu Tan氏は、前任者が社運を賭けた最先端製造プロセス「18A」の外部顧客への販売戦略を、根本から見直すことを検討しているという。

これは技術的先進性の追求が、必ずしも市場での勝利を意味しないという、現代ファウンドリビジネスの冷徹な現実を突きつけられたIntelの苦悩の表れであり、次なる覇権を握るための壮大な戦略転換の序章なのかもしれない。

なぜ巨人は、巨額を投じたはずの最新兵器を自ら手放そうとしているのか。この決断の背後には、絶対王者TSMCとの熾烈な競争、ファウンドリ事業の構造的課題、そして地政学的な思惑が複雑に絡み合っている。

スポンサーリンク

巨額投資の果てに─18Aが直面する「市場の壁」

今回の戦略見直しの中心にある「18A」は、Pat Gelsinger前CEOが掲げた野心的な復活計画「5年間で4つのプロセスノード(Five nodes in four years)」の集大成と位置づけられていた技術だ。これは、Intelが長年失っていた製造技術のリーダーシップを台湾のTSMCから奪還するための、まさに切り札となるはずだった。

しかし、2025年3月にCEOに就任したLip-Bu Tan氏の目には、状況は異なって映っていたようだ。Reutersが匿名の関係者の話として報じたところによると、Tan氏は「18Aが新規顧客にとって魅力を失いつつある」と判断しているという。

その背景には、いくつかの厳しい現実がある。

第一に、競合TSMCの揺るぎない進捗だ。Intelが18Aの立ち上げに苦心する一方で、TSMCは次世代プロセス「N2」(2ナノメートル相当)の量産を目前に控えている。一部のアナリストは、Intelの18Aは実質的にTSMCが2022年後半に量産を開始した「N3」(3ナノメートル相当)に匹敵するレベルであり、技術的なアドバンテージを確立するには至っていないと指摘する。これでは、AppleやNVIDIAのような巨大顧客が、実績と安定供給で勝るTSMCから乗り換える強力な動機付けにはなり得ない。

第二に、ファウンドリ事業の成功は、技術仕様だけで決まるものではないという構造的な課題だ。ファウンドリ(半導体の受託製造)ビジネスは、顧客との長期的な信頼関係、設計ツールやIP(知的財産)の提供といった広範なエコシステム、そして何よりも安定した量産実績が問われる。IntelはIDM(垂直統合型デバイスメーカー)としては王者だったが、純粋なファウンドリ事業者としては新参者に近い。Gelsinger氏の強力なリーダーシップの下で技術開発を推し進めたものの、市場という名の城壁は、技術という「破城槌」だけで打ち破れるほど甘くはなかったのである。

この状況下で18Aの外部販売を中止する場合、Intelは数億ドル、あるいは数十億ドル規模の評価損(Write-off)を計上する可能性があると報じられている。これは、2024年に188億ドルという巨額の純損失を記録した同社にとって、さらなる痛みを伴う決断となる。

「勝てる戦場」へのシフトか─14Aに託された逆転のシナリオ

では、今回の動きはIntelの敗北宣言なのだろうか。筆者は、むしろ「戦略的撤退」であり、次なる勝利に向けた「選択と集中」の始まりと見るべきだと考えている。

Tan氏が検討しているのは、単なる18Aからの撤退ではない。その先にある次々世代プロセス「14A」にリソースを集中させ、そこでTSMCに対して明確な優位性を築くという、より長期的な視点に立った戦略だ。

これは、無謀な正面突破を避け、自社が「勝てる戦場」を慎重に選び、そこに戦力を集中投下する用兵術にも似ている。18AでTSMCと無理に競り合うよりも、14AでAppleやNVIDIAといった「超大口顧客」が求める仕様を完璧に満たし、最高のタイミングで提供することに賭ける。そのために、Tan氏は自身の長年の業界経験と人脈をフルに活用し、主要顧客のニーズを深く探っていると伝えられている。

もちろん、この戦略にもリスクは伴う。14Aの開発が計画通りに進む保証はなく、その間にTSMCがさらに先を行く可能性も十分にある。しかし、この「戦略的ピボット(方向転換)」は、Intelが市場の現実を直視し、より現実的で勝算の高い道を選ぼうとしていることの証左と言えるだろう。

なお、Intelは公式に「仮説的なシナリオ」へのコメントを避けているが、18Aプロセス自体がなくなるわけではない点は重要だ。自社製品である「Panther Lake」CPUの生産は計画通り進められ、AmazonやMicrosoftといった既存のコミットメントも履行される。これは、足元のビジネスを維持しつつ、水面下で次なる大きな戦いに備えるという、したたかな戦略の表れとも解釈できる。

スポンサーリンク

技術戦略 vs 市場戦略:ファウンドリビジネスの構造的ジレンマ

今回のIntelの苦悩は、現代のファウンドリビジネスが抱える根源的なジレンマを浮き彫りにしている。それは、「技術的先進性の追求」と「商業的成功の獲得」という、二つの目標の間の緊張関係だ。

TSMCの牙城がなぜこれほどまでに強固なのか。それは、単一の技術ノードの優位性だけではない。

  1. 顧客との共同開発: 長年にわたり主要顧客と深く連携し、次世代製品の設計段階から関与することで、他社が入り込む隙を与えない。
  2. 巨大なエコシステム: 設計ツール(EDA)、IPプロバイダー、後工程(パッケージング)企業までを巻き込んだ広大なエコシステムを構築し、顧客にシームレスな開発体験を提供する。
  3. 圧倒的な生産実績: 膨大な量産実績から得られる歩留まり(良品率)の高さと供給の安定性は、顧客にとって何物にも代えがたい価値を持つ。

Intel Foundry Services (IFS) は、この堅牢な「TSMCエコシステム」に対し、18Aという技術的な一点突破で挑もうとした。しかし、今回の戦略見直しは、そのアプローチの限界を示唆している。問われているのは、Intelが「最高の製品を作れば顧客はついてくる」という、長年自らを支えてきたIDMとしての成功体験から完全に脱却し、「顧客が本当に求めている価値は何か」をゼロベースで問い直す、純粋なサービスプロバイダーとしての覚悟なのかもしれない。

地政学の風を読むIntel─CHIPS法とサプライチェーン再編の野心

この問題を、単なる一企業の戦略としてのみ捉えるのは早計だ。その背景には、米中対立を軸とした地政学的なパワーゲームが存在する。

米国政府は「CHIPS法」を通じて巨額の補助金を投じ、Intelをはじめとする国内半導体製造基盤の強化を後押ししている。これは、半導体供給の大部分を台湾に依存する現状への強い危機感の表れだ。Intelのファウンドリ事業は、この国家戦略と密接に連携している。

しかし、今回の18Aを巡る動きは、補助金という「追い風」だけでは市場競争に勝てないという厳しい現実を物語っている。国家の支援は工場の建設を加速させることはできても、顧客の信頼を勝ち取ることはできない。

Tan氏の14Aへのシフトは、この地政学的な追い風をより効果的に利用するための戦略とも考えられる。台湾有事のリスクが現実のものとして議論される中、欧米のハイテク企業にとって「米国製」の先端半導体は、単なるコストや性能を超えた戦略的価値を持つ。14AでTSMCを凌駕する技術を確立するまでの時間を稼ぎ、その間に政府や主要顧客との連携を深める。18Aでの無理な戦いを避け、来るべき「地政学的需要」を14Aで確実に捉えるという深謀遠慮がそこにはあるのかもしれない。

スポンサーリンク

Intelの「戦略的撤退」が示す、半導体覇権の新たなルール

Intelが検討している18Aの外部販売戦略からの転換は、短期的には「後退」や「失敗」と映るかもしれない。Gelsinger前CEOが描いた華々しい復活劇のシナリオ修正を意味するからだ。

しかし、より長い視点で見れば、これは自社の強みと弱み、そして市場の現実を冷静に分析した上での「戦略的撤退」であり、次なる飛躍のための「選択と集中」である。Lip-Bu Tanという、業界を知り尽くした百戦錬磨の経営者が下そうとしているこの決断は、Intelが古い成功体験から脱却し、半導体覇権を巡る「新しいゲームのルール」に適応しようとする、痛みを伴う変革の第一歩に他ならない。

今後のファウンドリ業界の競争は、もはや単一のプロセスノードの優劣だけで決まる時代ではない。①顧客との深い共同開発能力、②柔軟な生産ポートフォリオ、③地政学リスクに対応した強靭なサプライチェーン、そして④巨額投資を回収可能なビジネスモデル。これらの複合的な要素をいかに巧みに組み合わせるかが、勝敗を分けることになるだろう。Intelのこの苦しくも合理的な一手は、その新しい時代の幕開けを告げている。


Sources

Follow Me !

\ この記事が気に入ったら是非フォローを! /

フォローする
スポンサーリンク

コメントする