米エネルギー省(DOE)は2026年7月16日、シリコン28(Si-28)を99.9999%まで濃縮したシラン(SiH4)と、磁気雑音源になるゲルマニウム73(Ge-73)を1ppm未満に抑えたゲルマン(GeH4)の製造技術を発表した。オークリッジ国立研究所(ORNL)が同位体を分け、パシフィック・ノースウェスト国立研究所(PNNL)が半導体製造装置へ供給できる前駆体ガスへ変換・精製する。DOEによれば、混入する同位体は市販材料より少なくとも100分の1に減ったという。
米国が得たのは、高純度化の実績と、濃縮物を成膜ガスへ変える国内工程だ。米国は1998年に大規模な安定同位体濃縮を止め、研究用在庫と外国製品への依存を続けてきた。今回、量子ビットを作る薄膜の原料まで国内でつなぐ経路ができた。ただし、供給能力や価格、実デバイスでの改善幅は明らかにされていない。材料科学上の達成が量子コンピューターの製造基盤へ育つかは、ここからの検証で決まる。
99.9999%が量子ビットから消す磁気雑音
天然シリコンの92.22%はSi-28だが、4.69%を占めるSi-29は核スピンを持つ。量子ドットに閉じ込めた電子スピンは、周囲のSi-29が作る微小な磁場の揺らぎと相互作用し、重ね合わせ状態の位相を失う。核スピンが0のSi-28を増やすほど、この雑音源を材料側から減らせる。
純度の差はすでにデバイスで観測されている。2024年の研究では、Si-29を800ppmまで減らした基板で、電子の純粋位相緩和時間が天然シリコンより5000倍延びた。Intelなどによる300mmウェハーの評価でも、自由誘導減衰時間T2*は天然Si量子井戸の平均0.6マイクロ秒に対し、Si-28量子井戸では5マイクロ秒だった。エコーを使ったT2も98マイクロ秒から205マイクロ秒へ延び、Si-28デバイスの単一量子ビットCliffordゲート忠実度は約99.9%に達した。
DOEのシランはSi-29を1ppm未満へ下げる。800ppm級の材料より二桁以上少なく、2024年に局所的なイオン注入で達成された2.3±0.7ppmも下回る。ただし、局所加工した結晶と、薄膜成長用ガスの公称純度は同じ尺度で性能を競うものではない。前者は狭い領域を高純度化できるかを示し、後者はウェハー全体へ材料を供給する入口になる。
ゲルマニウムでも仕組みは共通する。天然Geの7.75%を占めるGe-73は、安定同位体の中で唯一核スピンを持つ。2024年のNature Materials論文では、天然Geのホール量子ビットが約100万個の核スピンと重なり、磁場の向きが狭い最適条件から外れると核スピン雑音がコヒーレンスを制限した。Ge-73を1ppm未満へ減らせば、磁場方向を厳密に合わせる負担を材料側から軽くできる。ただし、同じ実験は電荷雑音も捉えている。同位体を静かにしても、界面欠陥や電極電圧の揺らぎまで消えるわけではない。
ORNLで分け、PNNLで成膜ガスへ戻す
ORNLの電磁同位体分離(EMIS)は、原料を気体にしてイオン化し、磁場の中で質量ごとに軌道を曲げる。質量数の違うイオンは別々の半径を通るため、Si-28、Ge-70、Ge-76などを分けて回収できる。現行装置は一度の運転で同じ元素の複数同位体を採取でき、従来のカルトロンより柔軟に対象を切り替えられる。
しかし、濃縮された元素を得ても、そのまま量子チップの薄膜にはできない。化学気相成長などの製造工程では、シランやゲルマンを反応炉へ流してSiやGeの層を堆積する。変換時に通常同位体が混ざれば、ORNLで得た純度が失われる。金属不純物や水分が残れば、結晶欠陥や電気的な雑音を持ち込む。
PNNLはSiF4、GeF4、GeO2などの濃縮原料をシランとゲルマンへ変換し、化学的不純物を1ppmより十分低い水準まで除く設備を構築した。さらに熱拡散同位体分離(TDIS)でガスを直接濃縮する。PNNLが塩化水素で実証したTDISは、内外に温度差を付けた二重管で径方向の拡散と上下対流を組み合わせ、同位体成分をカラム両端へ偏らせる。複数のカラムを直列につなぎ、小さな分離差を増幅する。対象ガスを直接濃縮する方式なので、濃縮後に別の化学形へ変換する工程を減らし、通常同位体が混ざる機会を抑えられる。DOEが2026年3月に公表した時点では、シランとゲルマン向けTDISの設計と安全運転に追加研究が必要だった。7月の発表では、複数の自動化システムを実装し、直接濃縮まで進んだとしている。今回の変化は、この4カ月の工程統合にある。
ガスを扱えること自体も製造能力の一部だ。シランは空気中で自然発火し、ゲルマンは吸入毒性を持つ。PNNLの制御系は数百のプロセス変数を監視する。高純度化に加え、同位体比を崩さず、化学的に汚さず、安全に容器へ収めて出荷する工程までが供給網になる。
ただし、原料の上流まで米国内で完結したとは確認できない。PNNLの3月発表は出発点を「市販の濃縮化合物」と説明し、DOEの7月発表もORNLが使う原料の産地を示していない。米国内に濃縮・変換設備がそろったことと、原料調達を完全に国内化したことは分けて見る必要がある。
1998年の供給空白と、中国の99.99%
米国の安定同位体濃縮は、マンハッタン計画期のカルトロンを1998年に停止してから空白を抱えた。DOEは2009年にORNLで能力を再建する方針を決め、2011年に現代型EMISの試作機を稼働させた。その後も処理量と分離性能を引き上げてきた。今回の発表は突然生まれた記録ではなく、15年以上をかけた設備と技能の再構築の延長にある。
供給リスクは数量にも表れていた。DOEの諮問委員会が2015年にまとめた報告は、年間1kg未満の研究市場とは別に、世界で約1億ドル規模だった大口の濃縮安定同位体市場について、当時はロシアが85%、オランダのURENCOが15%を供給していたと推計した。そこにはSi-28とGe-76も含まれる。この比率は現在の市場シェアではない。それでも、米国が在庫と外国企業に頼る状態から出発したことは分かる。
競争相手も供給網を内製し始めた。中国核工業集団(CNNC)は6月30日、同月15日に中国初のSi-28量産を実現し、同位体存在比が99.99%を超えたと発表した。DOEの発表はその16日後である。米国の99.9999%とは小数点以下の桁が違うが、CNNCは製品形態、Si-29残存量、年間生産量、測定法を開示していない。両国の数字をそのまま品質順位に置き換えることはできない。
それでも、二つの発表が同じ方向を向いている事実は重い。量子半導体の競争は、量子ビット設計や制御回路に加え、核スピンを除いた材料を自国内で繰り返し供給できるかという製造問題へ広がった。Si-28は先端半導体や計量標準にも使われるため、濃縮設備への投資は量子計算の一用途で終わらない。
純度記録の先に残る量産とデバイス実証
DOEはシランとゲルマンの問い合わせ先として国立同位体開発センター(NIDC)を示し、同センターのカタログにはすでにSi-28のシラン、Ge-70とGe-76のゲルマンが製品形態として載っている。ところが公開ページは見積もり方式で、99.9999%品の価格と標準ロットを示していない。納期や年間供給量も分からない。DOEの「市販品より100倍」という比較にも、対象メーカーや試験手順は添えられていない。
処理量はとりわけ慎重に見る必要がある。ORNLは2023年、EMISを高純度と切り替えの速さに優れる一方、ミリグラムからグラム規模を担う装置だと説明していた。シリコン量子チップの研究用薄膜なら少量でも進められるが、複数企業が300mmウェハーで反復製造する段階では、均一なガスをどれだけ継続供給できるかが効く。ORNLで建設中のStable Isotope Production and Research Centerは2028年に段階稼働する予定であり、供給力の本格的な増強はまだ先だ。
DOEは量子コンピューター側にも2028年の実証目標を設定した。6月に始動したQuantum Genesisは、数百個弱の論理量子ビットを備え、科学研究に使える耐故障量子システムの実証を2028年に目指す。Si-28やGe-70/76が直接効くのは半導体スピン量子ビット系であり、すべての参加方式がこれらの材料を使うわけではない。それでも、候補方式を量産へ移す際に原料の調達待ちで止めないため、DOEが量子計算機と材料供給を同じ時間軸で整えようとしていることは読み取れる。
次の評価は純度証明書ではなく、出荷とウェハー、量子ビットの三段階で決まる。NIDCがどの量をどの納期で供給し、成長した膜が1ppm未満を面内で維持し、そのデバイスでコヒーレンスとゲート忠実度がどこまで伸びるか。この三つが2028年の設備稼働までに実証されれば、米国は失った安定同位体の製造能力を、量子半導体向けの産業基盤として取り戻すことになる。