半導体ファウンドリ(受託製造)市場の巨人、TSMCが市場シェアの7割を掌握するという圧倒的な支配を固める中、長年のライバルであるSamsung Electronicsに重要な動きがあったようだ。韓国メディアの報道によると、Samsungは米国の巨大IT企業IBMとの間で、次世代データセンター向けCPU「Power11」の製造契約を確保したという。この動きは、最先端プロセス競争で苦戦が伝えられてきたSamsungが、自社の強みを再定義し、特定の市場セグメントで確固たる地位を築こうとする、したたかな戦略の現れかもしれない。
契約の核心:IBMの頭脳「Power11」とSamsungの「7LPP」プロセス
今回の報道の核心は、IBMの次世代サーバー向けプロセッサ「Power11」の製造を、Samsungがその改良型7nmプロセス「7LPP」で担うという点にある。これは両社の技術的な強みが交差する、象徴的な提携であると分析できる。
IBM Power11:高信頼性が求められるデータセンターの心臓部
まず、製造対象となるIBMの「Power11」について理解する必要がある。これは、金融、医療、研究機関など、ミッションクリティカルな(停止が許されない)業務を支えるデータセンターで稼働するサーバーの頭脳となるCPUだ。IBMが強調するように、Power11は「Powerプラットフォーム史上、最も回復力のあるサーバーチップ」として設計されており、99.9999%という極めて高いアップタイム(稼働率)を目指している。これは、システムを停止させることなくメンテナンスが可能であることを意味し、絶対的な安定性と信頼性が最優先されるチップであることを示唆している。
Samsung 7LPP:世界初のEUV採用プロセスがもたらす価値
この高信頼性チップの製造を担うのが、Samsungの7LPP(7nm Low Power Plus)プロセスである。このプロセスが特筆すべきは、半導体製造の歴史において、世界で初めてEUV(極端紫外線)リソグラフィ技術を本格的に採用した7nmノードであるという点だ。
EUVは、従来のArF(フッ化アルゴン)露光装置よりもはるかに波長の短い光を使い、より微細で精密な回路パターンをシリコンウェハー上に焼き付ける技術である。報道によれば、この7LPPプロセスは旧世代と比較して、性能を23%向上させつつ、消費電力を45%も削減できるという。データセンターでは、膨大な数のCPUが24時間365日稼働するため、性能向上はもちろんのこと、消費電力の削減は運用コスト(電気代や冷却コスト)に直結する極めて重要な要素となる。
さらに、今回の契約では、チップの製造(ファブリケーション)に加えて、Samsungが持つ先進的なパッケージング技術「2.5D ISC(Interposer-Silicon Capacitor)アーキテクチャ」も適用されると報じられている。これは、チップとメモリなどを高密度に接続し、データ転送のボトルネックを解消して全体のパフォーマンスをさらに引き上げる技術だ。つまりIBMは、Samsungの持つ回路形成技術と、それを高性能にまとめ上げるパッケージング技術の両方を評価したと考えられる。
TSMC一強時代におけるSamsungの生存戦略
このIBMとの契約は、Samsungファウンドリが現在置かれている市場環境と、それに対する同社の戦略を色濃く反映している。市場調査会社TrendForceの最新データによると、2025年第2四半期の世界ファウンドリ市場において、TSMCは実に70.2%という驚異的な市場シェアを獲得した。一方、Samsungは9%の成長を見せたものの、市場シェアは7.2%に留まり、両者の間には絶望的とも言えるほどの差が開いているのが現実だ。
この差の源泉は、TSMCが3nmといった最先端プロセスにおいて、高い歩留まり(良品率)と生産能力を確立し、AppleのMシリーズやNVIDIAのAIアクセラレータといった、時代の最先端を行く製品の注文を独占していることにある。
このような状況下で、Samsungが打ち出したのが、「成熟プロセスの再定義」戦略である。
「成熟」と「最適」のバランス
一般的に「成熟プロセス」とは、数世代前の製造技術を指し、歩留まりが安定してコストを抑えられるという利点がある。Samsungは、先端プロセスでの歩留まり向上に苦戦した経験から、近年、歩留まりが70〜80%以上に安定した7nm、8nm、14nmといったプロセスでの受注獲得に注力してきた。
今回の7LPPプロセスは、まさにこの戦略を象徴している。すでに量産開始から時間が経過し、技術的には「成熟」の域に入っている。これにより、IBMが求める「高い信頼性」を担保できる安定した歩留まりが期待できる。一方で、EUV技術をいち早く導入した先進性も併せ持っており、性能と電力効率の面でも高い競争力を維持している。
これは、「常に最新鋭が最良とは限らない」という半導体業界の一側面を突いた、非常に賢い戦略だ。データセンター向けCPUのように、絶対的な安定稼働が求められる製品では、立ち上げ直後で歩留まりが不安定な最先端プロセスよりも、十分に枯れて信頼性が確立されたプロセスのほうが適している場合がある。IBMは、Power11に求められる性能・電力効率・信頼性の要件を、Samsungの7LPPが最適なバランスで満たしていると判断した可能性が高い。
成功事例の積み重ね
この戦略が功を奏していることは、最近のSamsungの受注実績が示している。報道によれば、同社はIBMだけでなく、任天堂の次世代ゲーム機「Switch 2」に搭載されるチップや、電気自動車大手Teslaの次世代チップ(165億ドル規模とも言われる)、さらにはAIチップ開発などを手掛ける複数の中国ファブレス企業との契約も獲得しているという。
これらの契約に共通するのは、必ずしも2nmや3nmといった最先端プロセスを必要としないものの、高い生産能力と安定した品質が求められる分野であることだ。Samsungは、TSMCが独占する最先端分野の頂上決戦を一旦避け、自社の技術力が確実に価値を発揮できる領域で着実に顧客ベースを広げ、収益基盤を固めるという現実的な戦い方を選択している。今回のIBMとの契約は、この戦略が巨大IT企業にも通用することを証明した、重要なマイルストーンと言えるだろう。
ファウンドリ選択の多様化
SamsungとIBMの提携は、半導体業界におけるファウンドリ選択の力学に、新たな潮流が生まれつつあることを示唆している。
これまで、多くの高性能チップ開発企業にとって、ファウンドリ選択は「TSMCの最新プロセスを使うか否か」という、ある意味で単純な問いだった。しかし、TSMCの最新プロセスは、その圧倒的な性能と引き換えに、ウェハー単価が非常に高価になるという側面も持つ。TSMCの次期2nmノードが3nmからさらに価格が引き上げられるとも報じられており、すべての顧客がそのコストを許容できるわけではない。
IBMがSamsungの7nmプロセスを選択したことは、チップの用途や目的に応じて、コスト、性能、信頼性のバランスを考慮し、最適なファウンドリとプロセスを柔軟に選択するという「多様化」の動きが本格化していることを示している。
この動きは、ファウンドリ市場の競争環境にも変化をもたらす可能性がある。NVIDIAがIntelに50億ドルを出資し、共同でチップ開発を行うというニュースも報じられているが、専門家はこれが短期的に市場に与える影響は限定的と見ている。その理由の一つは、Intelのファウンドリ事業がこの提携契約に含まれていないためだ。しかし、長期的には、Intelも米国政府の強力な支援を受けてファウンドリ事業を本格化させており、顧客企業にとってはTSMC、Samsung以外の選択肢が生まれることになる。
Samsungにとっての今後の課題は明らかだ。成熟プロセスで築いた顧客との信頼関係と収益を、いかにして3nmやその先の2nmといった最先端プロセスでの競争力強化に繋げていくか。今回のIBMとの協業で得られる知見は、データセンター向け高性能チップ製造のノウハウとして蓄積され、将来、より微細なプロセスで同様のチップを製造する際の大きな財産となるはずだ。
王者TSMCの背中はまだ遠い。しかし、Samsungは自らの足元を固め、現実的な戦略で着実に実績を積み上げ始めた。今回のIBMとの契約は、派手なスペック競争の裏で、顧客の真のニーズに応える「最適な技術」を提供する戦略の重要性を静かに、しかし力強く物語っている。半導体ファウンドリの覇権争いは、最先端プロセスという頂上だけでなく、より多様で複雑な戦場で繰り広げられる新たな時代に突入したのだ。
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