台湾の捜査当局は、中国の半導体最大手SMIC(Semiconductor Manufacturing International Corp.)が違法に技術者を引き抜いていた疑いで捜査を開始した。SMICは外国企業を装い台湾国内に拠点を設け、世界最先端の半導体ファウンドリであるTSMC(台湾積体電路製造)のお膝元などで、高度な技術を持つ人材獲得を狙ったとみられる。これは米国の制裁下で先端技術へのアクセスが制限される中国の、半導体国産化に向けた戦略の一端を示唆している可能性がある。
台湾当局による大規模捜査とSMICへの疑惑
台湾法務部調査局(MJIB: Ministry of Justice Investigation Bureau)は2025年3月、SMICを含む中国企業11社に対し、違法な人材引き抜き(タレント・ポーチング)の疑いで大規模な捜査を実施したことを発表した。
捜査の概要
MJIBによると、捜査は3月18日から28日にかけて台湾国内の6都市、34箇所に及ぶ家宅捜索を行い、関係者90人以上から事情聴取を行った。捜査対象となった11社の多くは半導体関連企業であり、台湾の「両岸人民関係条例」に違反している疑いが持たれている。この条例は、中国企業が台湾で事業活動(人材採用を含む)を行う際に事前の政府承認を義務付けている。しかし、当局によれば、「中国企業はしばしば台湾、海外中国人、または外国投資企業の名目で事業を設立するなど、様々な手段でアイデンティティを偽装し、実際には中国資本に支援されながら、政府の承認なしに台湾に無許可の事業所を設立している」と指摘している。当局は、これらの企業が無許可で台湾内に拠点を設立し、人材獲得活動を行っていたと見て捜査を進めた。今回の捜査計画は2024年12月から準備が進められていたという。
SMICの具体的な手口
MJIBの発表や複数の報道によると、SMICは、南太平洋のサモアに登記された企業を隠れ蓑として利用し、台湾国内に子会社または拠点を設立したとされる。この拠点はTSMCの本社や主要な先端工場が集まる台湾のテクノロジーハブ、新竹市に設けられていた可能性が指摘されており、これが事実であれば、TSMCの経験豊富なエンジニアを直接的なターゲットにしていた可能性が濃厚となる。MJIBは、中国企業が台湾企業、華僑系企業、あるいは外資系企業を装って正体を隠し、無許可で拠点を設立する手口と見ている。
なぜ台湾の人材が狙われるのか? 技術覇権争いの舞台裏
今回の捜査は、単なる個別企業の違法行為というだけでなく、米中技術覇権争いや中国の半導体国産化戦略という、より大きな文脈の中で捉える必要がある。
台湾:半導体人材の宝庫
台湾は、世界最大かつ最先端の半導体ファウンドリであるTSMCを擁しており、半導体設計・製造に関する高度な知識と経験を持つエンジニアが豊富に存在する。TSMCはAppleやNVIDIAといった巨大テック企業の最新チップ製造を独占的に請け負っており、その技術力と人材は世界的に見ても突出している。中国企業にとって、台湾のエンジニアは言語や文化の壁が比較的低く、即戦力として期待できるため、魅力的なターゲットとなっている。
SMICと中国の苦境:米国の制裁と技術的限界
SMICは中国最大の半導体メーカーであり、2023年にはHuaweiのスマートフォン向けに7nm(ナノメートル、10億分の1メートル)プロセスのチップを製造したことで注目を集めた。しかし、米国政府による度重なる輸出規制により、SMICはオランダASML社製のEUV(極端紫外線)露光装置など、7nm以下の先端プロセスに不可欠な最新製造装置の調達が不可能となっている。
EUV装置なしでは、先端プロセスの開発や量産における歩留まり(良品率)の向上が極めて困難であり、SMICの技術開発はTSMCやSamsungといった競合他社に大きく水をあけられているのが現状だ。中国政府は半導体サプライチェーンの国内自給率向上を国家的な目標に掲げているが、この技術的ボトルネックを解消するため、国外からの技術や人材の獲得に注力していると考えられる。
組織的な人材引き抜きの実態
台湾からの人材引き抜きはSMICに限った話ではない。MJIBは2020年末に専門のタスクフォースを設置して以降、すでに100件以上の同様の違法引き抜き事案を捜査してきたと述べている。
また、今回の捜査ではSMIC以外にも、Alibaba傘下のAnt Groupが出資するClounixという企業が、当初は台湾企業、後にシンガポール企業を装い、IntelやMicrosoftなどの大手企業から多数の専門家を引き抜いていた事例や、中国本土からリモート面接を行い、台南と新竹に無許可でオフィスを構えてディスプレイ・ドライバIC(DDIC)のエンジニアを引き抜いていた企業の事例も明らかになっている。
さらに、Huawei自身も過去にTSMCの従業員に対し、3倍の給与やその他の好条件を提示して引き抜きを行っていると報じられてきた。中国の半導体製造装置メーカーも、競合他社の装置に精通した台湾人エンジニアの獲得に関心を示しているという。
過去の因縁:SMICとTSMC
SMICとTSMCの間には、技術を巡る因縁が過去にも存在する。2000年代初頭、TSMCはSMICが自社の製造技術を不正に流用したとして提訴し、最終的にSMIC側が非を認め、賠償金を支払う形で和解している。現在、SMICは独自のプロセス技術開発を進めているとされるが、依然として外部の経験豊富な人材、特に最先端技術に触れてきた台湾のエンジニアへの渇望は強いとみられる。
台湾当局による今回の捜査は、先端技術と人材の流出に対する警戒感を改めて示すものであり、地政学的な緊張が高まる中で、台湾がその技術的優位性をいかに守ろうとしているかを浮き彫りにしている。今後の捜査の進展と、SMICおよび中国側の反応が注目される。
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