スマートフォンの画面の下に眠る半導体チップには、髪の毛の数千分の一より細い銅の配線が数十億本走っている。その配線こそが、トランジスタを結び、計算を生み出す。しかし半導体業界はここ数年、その銅が「細くなるほど遅くなる」という物理の壁に突き当たっていた。

AD

電子が壁に激突する、銅配線の限界

銅が導線として優れている理由は、金属内を飛び交う自由電子が衝突を繰り返しながらも遠くまで運ばれるからだ。しかしその電子には「平均自由行程」と呼ばれる固有の移動距離がある。銅の場合、それはおよそ39〜40 nmだ。

この数字がなぜ問題なのか。現在の先端プロセスノードでは、配線の幅がこの自由行程以下まで縮小されている。配線が40 nmより細くなると、電子は結晶格子とぶつかるよりも先に配線の壁面に激突し始め、散乱を繰り返す。こうなると銅線の電気抵抗はスケールに反比例するように急増する。

問題はそれだけではない。銅は反応性が高いため、周囲の絶縁材料に拡散しないよう2〜4 nmの厚さの拡散バリアを設けなければならない。この不導体の「皮膜」は細い配線の断面積の相当部分を食ってしまい、電気を流せる銅の実効断面積をさらに狭める。先端ノードで銅のインターコネクトが抱える課題は、工程の精度の問題ではなく、物理の問題だ。

銅がインターコネクトの標準素材として採用されたのは1990年代後半のことだ。それより前はアルミニウムが主流だったが、IBMAMD(当時はMotorolaとの合弁)が銅配線の集積化を実現し、一気に性能と集積度を引き上げた。当時、銅の採用は「メガトレンド」と呼ばれた。それから実に30年もたったいま、同じ銅が同じ問いに立たされている。

細くなるほど電気が通るという逆説

コーネル大学の材料科学者Judy Chaのグループが2026年7月16日にScience誌に発表した研究は、この常識を引っくり返す可能性を持つ。筆頭著者の博士課程学生Yeryun Cheonらが注目したのは、ニオブ砒素(NbAs)という「トポロジカル半金属」と呼ばれる物質だ。

NbAsでは、電子がバルク内部だけでなく物質の表面を特別な量子状態で流れる。この表面電子は「トポロジカル保護」と呼ばれる量子力学的な機構によって散乱されにくい性質を持つ。つまり、配線を細くして表面積対体積比が上がれば上がるほど、この高速な表面電子の寄与が増す。銅と正反対の挙動だ。

トポロジカル半金属の表面電子は、バルクの電子のように結晶格子という荒れた山道を越えるのではなく、平坦な高速道路を滑るように走るイメージだ。

「NbAsの表面電子と異なり、銅の場合は配線を細くすると電子が壁に当たる頻度が増えてしまう」とChaは語る。「NbAsでは表面の電子が速く動き、散乱されにくい。だからナノスケールほど有利になる」

研究チームが実測した室温での比抵抗は9.7±1.6 μΩ·cmで、バルクのNbAs単結晶に比べて3〜4倍低い。これは薄くなるほど抵抗が増す銅の挙動と対照的だ。材料の安定性も注目に値する。量子材料は一般に低温、無振動環境でなければその特性を発揮しないことが多い中、NbAsは室温かつ必ずしも最高品質のサンプルでなくても、量子力学的効果が現れることを研究チームは確認している。

四端子法による計測でこの値は得られた。研究チームはナノワイヤの両端とその内側に計4本の電極を当てる四端子法を用い、電流と電圧を独立に計測することで接触抵抗の影響を排除した。直径を段階的に変えながら比抵抗を比較した結果が「細くなるほど下がる」という挙動として現れた。

AD

形成技術が開いた新しい扉

NbAsの電気的性質はこれ以前にも理論研究者の関心を引いていたが、実際にナノワイヤとして作る方法に壁があった。従来の合成手法には「気液固成長」と「化学気相成長」の二つがあるが、どちらもナノワイヤの直径や形状を精密に制御することができない。

Chaらが解決策として採用したのが「熱機械的ナノ成形(thermomechanical nanomolding)」だ。プロセスは4ステップで完結する。まずNbAsのバルク多結晶体を、ナノスケールの細孔が整列した多孔質酸化アルミニウム(アルミナ)の型の上に置く。次にこれを融点直下の高温にさらしながら数時間にわたって圧力をかけ、素材を型の細孔に押し込む。素材が孔の形に沿って結晶化した後、アルミナをアルカリ溶液で選択的に溶かして除くと、均一な直径を持つ単結晶ナノワイヤが取り出せる。Chaはこれを「パスタメーカー」と形容する。「前板を替えればフェットチーネにもなる。同じように、異なる孔径の型を使えば直径を約10 nmまで制御できる」

熱機械的ナノ成形がもたらしたのは精度だけではない。材料の探索速度も桁違いに上がった。従来は年間1〜2種類の材料系しか研究できなかったが、熱機械的ナノ成形によって月1材料系という速度が実現した。10倍のスループット向上だ。

「これが本質的なブレイクスルーだ」とChaは言う。大量の材料候補を素早く評価できれば、理論から実証へのボトルネックを大幅に短縮できる。NbAs固有の意義に加え、今後の材料探索全体への波及効果もこの手法が持つ。この研究にはIBMやJohns Hopkins Universityなど多数の機関が参加した。コーネル大学機械航空宇宙工学科のZhiting Tian教授が熱伝導特性を計測し、Cornell NanoScale Science and Technology Facilityのインフラが使われた。

Cha研は2023年にモリブデン一リン(MoP)というトポロジカル半金属をAdvanced Materials誌で発表し、ナノスケールで銅より安定でエレクトロマイグレーション耐性に優れることを示した。ただしMoPは銅より安定だが、細くなるほど導電性が改善するわけではなかった。NbAsはその次のステップ(安定性と導電性向上の両立)を実現した最初の材料として位置づけられる。

主な代替候補材料との比較を以下に示す。

材料 導電層の「細くなるほど」の振る舞い 室温安定性 拡散バリア不要 実用化の障壁
銅(Cu) 抵抗増大 良好 不要(しかし必須) サイズ効果
モリブデン一リン(MoP) 抵抗不変 良好 不要 導電性向上なし
ニオブ砒素(NbAs) 抵抗下降 良好(室温実証) 不要(理論上) 砒素の毒性

砒素という障壁と、この研究が示すもの

ただし、NbAsを半導体工場に持ち込むには根本的な問題がある。砒素だ。

砒素は神経毒性を持ち、現行の半導体製造プロセスへの統合には毒性の管理コストと安全規制への対応が必要になる。砒素系化合物が半導体分野に登場したのはNbAsが初めてではない。ガリウム砒素(GaAs)は数十年前から高周波デバイスや太陽電池に採用されており、製造現場での砒素管理は確立された手順を持つ。ただしGaAsはシリコンよりも脆く加工が難しいとして先端ロジックチップへの採用は限られた。NbAsが同じ道をたどるかどうかは、毒性管理の問題以上に、シリコンCMOSプロセスとの統合が実現できるかにかかっている。Cha自身も「ニオブ砒素が銅の実用的な代替になるかどうかはわからない」と述べており、この研究は概念実証として位置づけられる。トポロジカル半金属というカテゴリーが「量子効果を工学的に利用できる現実のデバイス材料になりうる」という扉を初めて開いたことに、この論文の意義がある。

同時に、砒素を含まないトポロジカル半金属の探索に向けて熱機械的ナノ成形のスクリーニング効率が使われる余地がある。月1材料系という速度があれば、数年で多くの候補を評価できる。

未解決の問いも多い。NbAsナノワイヤの高い導電性が何nm以下のサイズでも保たれるのか、実際の多層配線構造でのパフォーマンスはどうか。これらはまだ検証されていない。トポロジカル半金属の量子的な挙動が集積回路の配線として実際に動くことを示すには、より小さいスケールと実際のデバイス構造での評価が必要だ。Chaが指摘するように、今回の成果の真の価値は材料そのものよりも、トポロジカル半金属が現実の配線材料候補として評価される出発点を作ったことにある。銅の次に何が来るかは、まだ答えが出ていない問いのままだ。