テクノロジーと科学の最新の話題を毎日配信中!!

SiCarrier、28億ドル調達で国産半導体装置の巨人に? Huaweiの「影」とASMLへの挑戦状

Y Kobayashi

2025年5月17日

中国の半導体製造装置メーカー、SiCarrier(新凯来技术有限公司)(以下、SiCarrier)が、約28億ドル(約4400億円)という巨額の初回資金調達ラウンドに向けて動いていることが、複数の関係者の話から明らかになってきた。この動きは、米国の厳しい輸出規制下で「半導体自給自足」を国家目標に掲げる中国の戦略において、極めて重要な意味を持つ。かつては無名に近かったSiCarrierだが、今年に入り、その野心的な製品計画と、くすぶり続ける大手テック企業Huaweiとの関連性から、中国半導体業界で最も注目される存在へと躍り出たのだ。果たしてSiCarrierは、中国の半導体国産化の切り札となり得るのだろうか?

スポンサーリンク

謎多きSiCarrier、その野心的な船出

2021年に設立されたSiCarrierは、深圳政府が所有する企業であり、その成り立ちからして国家的な期待を背負っていることがうかがえる。 近年までその名はほとんど知られていなかったが、2025年3月に上海で開催された半導体業界の国際展示会「SEMICON China」で、突如として業界の注目の的となった。

同社が展示会で公開したカタログには、エッチング装置から検査装置に至るまで、実に30種類もの半導体製造装置が名を連ねていた。 これらの装置には、中国の有名な山々の名前が付けられており、その壮大な目標を暗に示しているかのようだ。 SiCarrierが目指すのは、単なる特定分野の装置メーカーに留まらず、NauraやAdvanced Micro-Fabrication Equipment China (AMEC)といった既存の中国国内大手を超える、チップ製造に必要なあらゆる装置を提供する「ワンストップショップ」であり、中国を代表する総合半導体製造装置メーカーとなることなのだ。

28億ドル調達の衝撃、狙うは「研究開発」と「国内トップシェア」

この野心的な目標を達成するため、SiCarrierは初の資金調達ラウンドで28億ドルという巨額の資金を調達する計画だと報じられている。 関係者によると、深圳政府はSiCarrierの一部門(リソグラフィ関連資産は含まない)の約25%を売却する意向で、これにより同部門の評価額は約110億ドル(約1兆7000億円)に達する見込みだ。 この資金調達は数週間以内に完了する可能性があり、今年中国企業が実施する人民元建ての資金調達としては最大級の一つになると見られている。

調達資金の大部分は研究開発に充てられる予定であり、既に中国の国有企業や政府系ファンド、国内のベンチャーキャピタルやプライベートエクイティファンドが投資に関心を示しているという。 米国による先端半導体および製造装置の輸出規制が強化される中、中国国内では習近平国家主席の「自給自足の国内チップ産業への進化」という呼びかけに応える動きが加速しており、SiCarrierへの巨額投資もその文脈で理解できるだろう。

スポンサーリンク

Huaweiとの「見えざる絆」 – 成長のブースターか、それとも…

SiCarrierの急成長と野心的な計画の背後には、世界的通信機器メーカーであり、近年は半導体設計も手掛けるHuaweiの影がちらつく。業界関係者の間では、SiCarrierは元々Huaweiの半導体製造装置開発部門からスピンアウトして設立されたとの見方が根強い。 実際、Huaweiのチップ設計部門であるHiSiliconから複数のスタッフがSiCarrierに移籍しているとの情報もある。

このHuaweiとの深いつながりは、SiCarrierにとって大きなアドバンテージとなる可能性がある。Huaweiが長年培ってきた技術的知見や研究開発のノウハウが、SiCarrierの装置開発を加速させるかもしれない。しかし、この「蜜月」ともいえる関係は、同時にアキレス腱となる危険性もはらんでいる。

Reutersの取材に応じた複数の情報筋は、中国国内の一部のファウンドリ(半導体受託製造企業)が、SiCarrier製の装置を導入することに懸念を示していると指摘する。 その理由は、自社の製造プロセスに関する機密情報が、SiCarrierを通じてHuaweiに漏洩するのではないかという警戒感だ。 最先端の半導体製造において、製造プロセスの詳細なパラメータは企業の競争力の源泉であり、生命線とも言える。顧客であるファウンドリからの信頼を得られなければ、いかに高性能な装置を開発したとしても、その普及は難しくなるだろう。

SiCarrierとHuaweiは公式には提携関係を否定している。 しかし、市場に広がるこの疑念をいかに払拭し、顧客の信頼を勝ち取れるかが、SiCarrierの今後の成長を左右する重要な鍵となりそうだ。

米国からの圧力と「エンティティリスト」の重み

加えて、Huaweiとの関係が取り沙汰される中、SiCarrierは既に米国の厳しい視線にさらされている。同社は2023年後半、Huaweiとの緊密な関係を理由に、米商務省の輸出管理規制リスト(エンティティリスト)に追加された。 これにより、米国製の部品や技術の調達が困難になるなど、SiCarrierの装置開発や事業展開に少なからぬ影響が出ている可能性がある。

技術的挑戦のロードマップ – ASMLの牙城は崩せるか?

SiCarrierが目指すのは、エッチング、成膜、検査といった半導体製造の主要工程を網羅する装置群の開発だ。同社が2022年10月から2024年3月にかけて出願した92件の中国特許をReutersが分析したところ、ウェハー測定装置からエッチングシステム、薄膜形成装置に至るまで、その開発領域の広さが明らかになった。 これにより、SiCarrierは米国のKLAやLam Research、日本の東京エレクトロンといった世界的な装置メーカーと直接競合することになる。

特に注目されるのは、AI(人工知能)を活用したウェハーの欠陥認識技術への投資や、測定・検査装置分野での国内トップを目指す動きだ。 中国国内では、この分野でまだ圧倒的なリーダー企業が登場しておらず、SiCarrierにとっては大きなチャンスがあると見られている。

そして、SiCarrierの技術的野心の象徴とも言えるのが、リソグラフィ技術への取り組みだ。特許情報には、DUV(深紫外線)リソグラフィシステムのコンポーネントや、マルチパターニング技術に関するものが含まれている。 マルチパターニングは、最先端のEUV(極端紫外線)露光装置へのアクセスが絶たれている中国にとって、既存のDUV装置でより微細な回路パターンを実現するための代替手段として期待されている。

しかし、このマルチパターニング技術には懐疑的な見方も少なくない。かつて米Intelや台湾TSMCが7ナノメートル世代の初期チップで採用したものの、製造工程が大幅に増加するため、歩留まりの低下やコスト増を招きやすいという課題がある。 TechInsightsのバイスチェアであるDan Hutcheson氏は、工程の複雑さゆえにエラーが発生しやすく、歩留まりが低くなる傾向があると指摘している。 SiCarrierがこの技術的難題を克服し、EUV不在のハンデを覆せるのか、その実現性には疑問符が付く。

「カタログ先行」の現実 – 製品化への長い道のり

SEMICON Chinaで発表された壮大な製品カタログは、確かにSiCarrierのポテンシャルを示唆するものだった。しかし、その多くはまだ開発段階にあり、実際の量産ライン投入には至っていないと複数の情報筋やアナリストは指摘している。

半導体製造装置の開発は、極めて高度な技術と長い時間を要する。顧客である半導体メーカーによる厳格なテストと検証プロセスをクリアしなければ、実際の製造ラインで採用されることはない。Bernsteinのアナリストも、「設立からの期間を考えると、これほど複雑な機械群を開発し、広範な検証プロセスを完了したとは考えにくい」と顧客向けノートで指摘している。 SiCarrierがカタログに描いた野心的な製品群を、実際に市場に送り出し、収益に結びつけるまでには、まだ乗り越えるべき多くのハードルと長い時間が必要となるだろう。

スポンサーリンク

米中ハイテク覇権の縮図 – SiCarrierの挑戦が意味するもの

SiCarrierの台頭と巨額資金調達は、米国の厳しい輸出規制が、結果として中国国内の半導体技術自立を加速させているという、ある種の皮肉な状況を浮き彫りにしている。中国政府による強力な後押しと潤沢な資金を背景に、SiCarrierのような企業が次々と生まれ、国産化への道を突き進んでいるのだ。

コンサルタント会社TechInsightsのデータによると、2023年時点で中国の半導体メーカーが購入したウェハー製造装置のうち、中国国内製が占める割合はわずか11.3%に過ぎない。 米国が半導体分野での輸出規制を開始した2020年以降、中国はこの分野の装置に1280億ドルを費やしてきた。 SiCarrierがこの状況を打破し、国産装置のシェアを高めることができれば、中国の半導体産業にとって大きな前進となることは間違いない。

しかし、その道のりは決して平坦ではない。前述した技術的な課題、Huaweiとの関係がもたらす市場の不信感、そして何よりも、ASML、東京エレクトロン、Lam Researchといった既存のグローバルジャイアントとの間には、依然として圧倒的な技術力と市場シェアの差が存在する。

SiCarrierが今後、真の競争力を持ち、NauraやAMECといった国内先行企業を追い抜き、さらには世界のトッププレイヤーと肩を並べる存在へと成長できるか否かは、単に潤沢な資金力だけでなく、高度な技術開発力、そして何よりも顧客からの揺るぎない信頼を勝ち取れるかにかかっている。その道のりは決して平坦ではないだろう。

しかし、米国の規制強化という逆風の中で、中国政府と企業が一体となって「自給自足」という壮大な目標に突き進んでいることもまた事実だ。SiCarrierの挑戦は、その成否が世界の半導体産業の勢力図を塗り替える可能性を秘めているだけに、今後もその動向には世界中から注目が集まるところだろう。


Sources

Follow Me !

\ この記事が気に入ったら是非フォローを! /

フォローする
スポンサーリンク

コメントする