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キオクシア、1000万IOPSの異次元SSD計画を発表:AI時代のストレージ覇権を狙う次世代戦略とは

Y Kobayashi

2025年6月7日

半導体メモリ大手のKIOXIA(キオクシア)が、AI時代を見据えた中長期成長戦略を発表した。その中でもひときわ異彩を放つのが、ランダムアクセス性能で1000万IOPS(1秒あたりの入出力回数)以上という、現行製品とは文字通り桁違いの性能を目指す超高性能SSDの開発計画だ。この野心的な目標のからは、AIインフラの根源的なボトルネックを解消し、ストレージ業界の勢力図を塗り替えようとする、同社の戦略が垣間見える。

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AIが求める「1000万IOPS」という異次元の性能

まず、1000万IOPSという数値がいかに驚異的であるかを理解する必要がある。IOPS(Input/Output Operations Per Second)は、特に小さなデータをランダムに読み書きする際の速度を示す指標だ。一般的なコンシューマー向け高性能NVMe SSDが数十万IOPS、データセンター向けのハイエンドモデルでも200万~300万IOPS程度であることを考えれば、1000万という数字が現在の常識をいかに逸脱しているかがわかるだろう。

なぜ今、これほどの性能が必要とされるのか。その答えは、AI、特に「推論」フェーズのワークロードにある。学習済みモデルを使って画像認識や文章生成といったタスクを実行するAI推論では、巨大なデータセットから膨大な数の小さなデータを、予測不能な順序で、極めて高速に読み出す必要がある。ここでは、大容量ファイルを一直線に読み込むシーケンシャル性能よりも、ランダムアクセスの速さ、すなわちIOPSがシステムの応答性を直接左右する。

高価なGPUを大量に搭載した最新のAIサーバーも、データを供給するストレージが遅ければ、その性能を全く引き出せない。「GPUの飢餓状態」と呼ばれるこのボトルネックは、AIインフラ全体の効率を著しく低下させる深刻な課題だ。KIOXIAが掲げる1000万IOPS SSDは、まさにこのGPUの飢餓状態を解消し、AIシステムのポテンシャルを解放するための切り札なのである。

怪物SSDを支える2つの心臓:「XL-FLASH」と「新コントローラ」

この異次元の性能を実現する鍵は、KIOXIAが「ブレークスルーSSD」と位置付ける製品の核心技術にある。

一つは、同社がすでに量産している超高速・低遅延なSLC(Single-Level Cell)NANDメモリ「XL-FLASH」だ。SLCは1つのメモリセルに1ビットの情報しか記録しないため、TLCやQLCといった多値化技術に比べて速度と耐久性で圧倒的に優れる。その特性から、XL-FLASHは揮発性メモリであるDRAMと、不揮発性ストレージであるNANDフラッシュの中間に位置する「ストレージクラスメモリ(SCM)」として機能する。これはかつてIntelが「Optane」で切り拓こうとした領域であり、KIOXIAがその市場の継承を狙っている可能性を示唆している。

そしてもう一つの心臓が、このXL-FLASHの性能を最大限に引き出すために開発される「全く新しいコントローラ」だ。メモリチップがいかに高速でも、それを制御する頭脳が追いつかなければ意味がない。KIOXIAは、メモリとコントローラの両方を自社で開発することで、究極のパフォーマンスチューニングを目指す。

同社はこの革新的なSSDのサンプル出荷を2026年後半に計画しており、これは単なる研究開発レベルの構想ではなく、具体的な製品化を見据えた本気のプロジェクトであることを物語っている。

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現在と未来をつなぐ「デュアルアクシス戦略」の全貌

1000万IOPS SSDという未来志向のプロジェクトは魅力的だが、KIOXIAの戦略はそれだけではない。同社は「デュアルアクシス戦略」と呼ぶ、二つの軸で開発を進めることで、現在の市場ニーズと未来の技術革新の両方に対応しようとしている。

軸1:CBA技術による現実的な進化 (第8世代・第9世代 BiCS FLASH)

第一の軸は、現在の主力製品群を支える着実な技術進化だ。その核となるのが「CBA(CMOS directly Bonded to Array)」技術である。これは、データを記録するメモリセル層と、その周辺回路(CMOS)層を別々のウェハーで製造し、後から貼り合わせる革新的なアーキテクチャだ。これにより、各層を最適なプロセスで製造できるため、性能、電力効率、そして密度(大容量化)を飛躍的に向上させることが可能になる。

このCBA技術を全面採用したのが、最新の第8世代BiCS FLASHであり、それを搭載したエンタープライズSSD「KIOXIA CM9シリーズ」が既に一部顧客向けにサンプル出荷されている。CM9シリーズは、前世代のCM7シリーズと比較して、ランダムライト性能が約65%、シーケンシャルライト性能に至っては約95%も向上するという目覚ましい進化を遂げている。また、ワットあたりの性能効率も大幅に改善されており、データセンターの運用コスト削減にも貢献する。

さらに、同じ第8世代技術を使い、AI推論で利用される大規模データベースなどをターゲットとした大容量SSD「KIOXIA LC9シリーズ」では、1ドライブで最大122TBという驚異的な容量も実現している。
この軸は、現在のAI市場が求める「高性能」と「大容量」という現実的な要求に、CBA技術という武器で応える、KIOXIAの現在の収益基盤を支える重要な戦略だ。

軸2:XL-FLASHによる革新的な飛躍 (1000万IOPS SSD)

そして第二の軸が、前述の1000万IOPS SSDに代表される、未来への投資だ。こちらは既存の延長線上にはない、まさにゲームチェンジャーを狙う野心的な挑戦と言える。

このデュアルアクシス戦略は、KIOXIAが目先の市場シェア争いに対応しながらも、数年後のストレージ階層そのものを変革する可能性を秘めた技術開発にもリソースを割くという、非常に計算されたアプローチである。

ストレージ業界の地殻変動:KIOXIAの挑戦が意味するもの

KIOXIAの一連の発表は、ストレージ業界全体に大きな波紋を広げるだろう。Samsung、SK hynix、Micronといった競合他社もAI向けソリューションを強化しているが、KIOXIAがこれほど明確かつ野心的なロードマップを提示したことは、開発競争をさらに加速させるに違いない。

特に、1000万IOPSという性能は、AIシステムのアーキテクチャ自体に変化を促す可能性がある。これまで高価なDRAM上で行わざるを得なかった一部のデータ処理を、より大容量で安価な不揮発性のSCMにオフロードする、といった新しい使い方が現実味を帯びてくる。これは、データセンター全体のコスト効率とスケーラビリティを劇的に改善する可能性を秘めている。

KIOXIAが同時に発表した、設備投資を売上高の20%未満に抑えつつも、研究開発費は8-9%を維持するという財務戦略は、この技術戦略に強い説得力を与える。無謀な投資に走るのではなく、CBA技術のような効率的なイノベーションで足場を固めながら、XL-FLASHのような未来のコア技術に狙いを定めて投資する。その冷静かつ大胆な姿勢は、メモリ業界の厳しい浮き沈みを乗り越えてきた同社の経験知の表れとも言えるだろう。

1000万IOPS SSDは、AIによって爆発的に増大し、複雑化するデータをいかに効率よく処理するかという、現代社会が直面する根源的な課題に対する、KIOXIAからの回答だ。この挑戦が成功した時、我々のデジタル世界の基盤は、また1つ進化することだろう。


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