Linus Torvalds氏が2026年4月12日(米国東部時間)、Linux kernel 7.0の安定版をリリースした。メジャーバージョン番号の変更は2022年10月のLinux 6.0以来、約3年半ぶりとなる。ただし7.0という数字に特別な意味があるわけではない。Torvalds氏は従来から「バージョン番号が大きくなりすぎる前に桁を繰り上げる」という方針を取っており、今回も6.x系が19番台に達したことが主因だ。むしろ注目すべきは、このリリースがバージョン番号の繰り上がりとは無関係に、Rustという言語のカーネルへの正式統合というアーキテクチャ的な転換点であり、同時にAIコーディングアシスタントへの公式対応という開発プロセスの変容も記録した、という点にある。

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Rustがカーネルの「実験」から「標準」へ

Linux 7.0の変更点のうち、長期的に最も大きな影響を持つのはRustのサポートが安定版(stable)へと格上げされたことだろう。Rustのカーネルへの組み込みは2020年前後から「Rust Experiment」として始まり、2025年の東京でのLinux Kernel Maintainers Summitで「実験の終了」が決定した。以後のカーネル開発において、RustはC言語と並ぶ主要言語という位置づけになった。

この変化の実用的な先例が既に存在する。AndroidのBinderドライバーはRustで書き直されており、数億台のデバイスで稼働している。Rustがもたらす最大の利点はメモリ安全性だ。Cで書かれたカーネルコードに起因するバッファオーバーフロー、解放済みメモリへのアクセス(use-after-free)、null参照といった脆弱性は、カーネルセキュリティインシデントの大半を占めてきた。Rustのオーナーシップモデルはこれらをコンパイル時に弾くため、実行時のオーバーヘッドなしに安全性を高められる。

ただし現時点では、カーネル全体がRustに書き換わるわけではない。既存のCコードは膨大であり、ドライバー単位での順次移行が現実的な方向性だ。それでも制度的な後ろ盾が整ったことで、今後コントリビューターがRustでドライバーや抽象化レイヤーを書く際の障壁が大幅に下がった。

XFSファイルシステムに自律修復機能が加わる

技術的な新機能として今回のリリースで際立つのは、XFSが自律的な自己修復能力を獲得したことだ。XFSはRed Hat Enterprise LinuxやFedoraをはじめとする多くのエンタープライズ向けLinuxディストリビューションで標準ファイルシステムとして採用されており、大規模なデータセンター環境での信頼性要求が特に高い。

従来のXFSは、ファイルシステムの破損が検出された場合、ボリュームをオフラインにしてxfs_repairを手動実行する必要があった。これはダウンタイムを意味し、24時間稼働が求められる環境では問題となる場面があった。Linux 7.0で実装された自己修復機能は、カーネルが報告したエラーを検出する新しいデーモンを使用し、親ポインターのメタデータ(parent pointer metadata)と逆マッピング(reverse mapping)を活用してファイルシステムをマウントしたまま自動的に修復する。ファイルシステムをオフラインにすることなく破損を修復できるため、高可用性サーバー環境での運用コストが下がる。

あわせて、BtrfsもLinux 7.0でブロックサイズがページサイズを超える場合のダイレクトI/Oをサポートし、remap-tree機能の初期実装が加わった。EROFSについてはLZMA圧縮がデフォルトで有効化され、F2FSには大きなfolio(メモリ管理の単位)のサポートが追加された。また、新たに「nullfs」と呼ばれる不変のルートファイルシステムも導入されている。

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幅広いハードウェアサポートの拡充

Linuxカーネルの各リリースにおいて新規ハードウェアのサポートは毎回の定番だが、7.0では複数の現行世代および次世代プラットフォームが一度に取り込まれている。

Intelについては、Nova Lake、Panther Lake、Crescent Islandの各プラットフォームへの対応が進んでいる。Nova LakeはデスクトップCPUの次世代系として位置づけられており、そのLPSSドライバーが追加された。Crescent Islandはアクセラレーター製品のコードベースで、引き続きブリングアップが継続されている。さらに、Intel TSXが「autoモード」をデフォルトとするよう変更された。従来の設定ではTSXを明示的に有効化する必要があったが、このデフォルト変更によりハードウェア機能の活用がより容易になる。

AMDではZen 5世代のEPYCプロセッサーを対象としたKVM(カーネルベース仮想マシン)サポートが追加された。具体的にはERAPS(Enhanced Return Address Predictor Security)機能の仮想化と、x2APICにおけるSuppress EOI Broadcasts制御の新機能が含まれる。GPUサイドでは、新しいAMDグラフィックスIPブロックの有効化と、旧世代Radeon GPU向けのAMDGPU修正も取り込まれている。

ARMアーキテクチャについては、ARM64でのアトミック64バイトロード/ストア命令のサポートが加わった。RISC-V向けにはZicfiss(シャドースタック)とZicfilp(前方エッジCFI)の両拡張がサポートされ、LoongArchでは128ビットのアトミックcompare-and-exchange命令がサポートされた。

デバイスドライバーの面では、Google Tensor SoC USB PHY、Apple Type-C PHY、MediaTek Dimensity 6300/9200 DMAコントローラー、Qualcomm Snapdragon 8 Elite Gen 2(開発コード名:Kaanapali)、Dell OptiPlex 7080などが新たに加わっている。

io_uring、BPF、ネットワークスタックの改善

io_uringは非同期I/Oの仕組みとして近年のLinuxパフォーマンスを支える要素だが、カーネルの性能と機能性に関わる変更も7.0では複数加えられている。非循環(non-circular)キューのサポートが追加されたことでアプリケーションのキャッシュパフォーマンスが向上し、cBPFフィルターのio_uringへの対応も加わった。

eBPF/BPFスタックでは、BPFカーネル関数への暗黙引数のサポート、BTF型探索のバイナリサーチによる高速化が加えられた。SELinuxはBPFトークンアクセス制御に対応し、セキュリティポリシーと動的トレーシングの組み合わせがより細粒度で制御可能になった。

ネットワーク面では、AccECN輻輳制御プロトコルのサポート、VSOCKソケットへのネットワーク名前空間対応、Wi-Fi 8/UHR(Ultra High Reliability、IEEE 802.11bn)の初期実装が追加された。Wi-Fi 8の標準化はまだ最終段階に至っていないが、カーネルへの初期実装の取り込みが始まったことは今後の採用に向けた準備が進んでいることを示す。

セキュリティの観点では、ML-DSA(Module-Lattice-Based Digital Signature Algorithm)ポスト量子署名の検証サポートが追加されている。量子コンピュータによる既存の公開鍵暗号への脅威を見越した対策であり、NISTがPQCの標準化を進める動向と連動している。

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AIコーディングツールへの公式ガイドライン

今回のリリースで見落とされがちだが注目に値するのが、AIコーディングアシスタントに関する公式ドキュメントの追加だ。Linuxカーネル7.0では、AIを含む開発ツール全般の使用に関するポリシー文書(Documentation/process/coding-assistants.rst)が新設された

Torvalds氏は今回のリリースアナウンスで「この数年でコーディングツールの能力は爆発的に向上した。能力の拡大に伴い、コントリビューターやメンテナーからその活用方法についての問い合わせが増えている。この新しいドキュメントは既存のベストプラクティスを改めて明確化したものだ」と説明している。

ドキュメントの骨子は、AIツールの使用を禁止するのではなく透明性を担保するという方向性だ。使用したAIツールを明記すること、出力結果のレビューは人間が責任を持って行うこと、ライセンスコンプライアンスの確認は提出者が負うことが求められる。

この方針が背景を持つのは、今回の開発サイクルで見られた動向にある。Torvalds氏は今サイクルのRC6(Release Candidate 6)のパッチ数が異常に多かったことについて懸念を示していたが、それが「従来型のバグではなくAIツールが発見するコーナーケースによるものかもしれない」と述べている。AIによるコード生成が普及することで、従来の人間的なコードレビューでは見落とされがちなエッジケースが大量に報告される状況が「新しい標準」になりつつある可能性を示唆している。

キーボードに三つのAIエージェント専用キーが追加

ハードウェアとソフトウェアの接点として興味深いのが、HIDレイヤーへの新しいキーコードの追加だ。Linux 7.0はUSB HIDの「Application Launch」使用ページに、KEY_ACTION_ON_SELECTION(0x254)、KEY_CONTEXTUAL_INSERT(0x255)、KEY_CONTEXTUAL_QUERY(0x256)という三つの新しいキーコードを定義した。それぞれ選択テキストへのAIアクション、文脈に応じた挿入、文脈クエリという機能に対応しており、今後発売されるノートPCに搭載されることが想定されている。

注目すべきはこのHID仕様とカーネルパッチの両方をGoogleが作成した点だ。Microsoftが2024年初頭にCopilotキーを主導し、IntelがAI PC認証の要件としてその搭載を定義した流れを受け、今度はGoogleが独自の三キー仕様でその拡張を図っている。背景にはGoogleのエコシステム戦略が透けて見える。GeminiをChromePCやAndroidデバイス上でシームレスに呼び出すためのハードウェアレイヤーをLinuxカーネルに先行して仕込むことで、ChromeOSとAndroidの両方で共通のAIインタラクション基盤を確立しようとしていると考えるのが自然だ。AI専用キーの仕様策定が特定企業の独占から複数のエコシステムプレーヤーの競争へと移行しつつある現状は、AIとPCハードウェアの統合がいよいよ標準化の段階に入ってきたことを示している。

Ubuntu 26.04 LTSとFedora 44の標準カーネルとして採用

Linux 7.0は今月末にリリース予定のUbuntu 26.04 LTS「Resolute Raccoon」とFedora Linux 44の標準カーネルとして採用される。Ubuntu 26.04 LTSはWaylandパフォーマンスの向上とRustベースのユーティリティの幅広い採用を伴い、Fedora 44は自動NTsyncによるゲーミングパフォーマンスの向上とRuby 4.0を含む構成になる予定だ。また両ディストリビューションともGNOME 50を搭載する見通しとなっている。

Linux 7.0はkernel.orgかLinus Torvaldsのgitツリーから入手できるが、現時点でのディストリビューションへのカーネル差し替えは一般ユーザーには推奨されない。次のLinux 7.1のマージウィンドウは4月13日(米国時間)に開放済みであり、すでに四十数件のプルリクエストが積み上がっているとTorvaldsは述べている。7.1の正式リリースは2026年6月中旬が見込まれ、4月26日には最初のRC(Release Candidate)が公開テスト向けに投入される予定だ。

メジャーバージョンの変更は心理的なインパクトを持つが、Linux 7.0で最も深く刻まれた変化は数字ではなくプロセスにある。Rustという言語の正式採用が今後のドライバー開発の文法を書き換え、AIコーディングツールが発見するコーナーケースの増加が今サイクルのRC数を押し上げた可能性は、カーネル開発コミュニティがAI時代の摩擦を静かに吸収しながら変容していることを示している。


Sources