MediaTekは、Chromebook向けの新世代SoC(System-on-a-Chip:システムオンチップ)である「Kompanio Ultra」を発表した。このチップは、強力なオンデバイスAI処理能力、卓越したコンピューティング性能、そして業界をリードする電力効率を兼ね備え、今後のChromebook Plusデバイスに搭載される予定である。これにより、これまでWindows PCやMacに後れを取っていたChromebookのAI機能と全体的な性能が大幅に向上することが期待される。
Chromebookの新たな可能性を切り拓くKompanio Ultra

MediaTekが発表した「Kompanio Ultra 910」は、同社にとってChromebook市場における新たなマイルストーンとなるプロセッサである。近年、Windows PCやMacではAI処理に特化したNPU(Neural Processing Unit:ニューラルプロセッシングユニット)を搭載したチップが主流となりつつあったが、Chromebookはその流れからやや取り残されていた。Kompanio Ultraの登場は、この状況を一変させる可能性を秘めている。
MediaTekのコンピューティング・マルチメディア事業担当バイスプレジデント兼ゼネラルマネージャーであるAdam King氏は、「Kompanio Ultraは、MediaTekが長年モバイルコンピューティング分野のリーダーとして示してきた、画期的なコンピューティング性能と効率性を提供するという我々のコミットメントを強調するものだ」と述べている。
従来、ChromebookはWebブラウジングやドキュメント作成といった基本的なタスク向けのデバイスと見なされることが多かった。しかし、Kompanio Ultraは、動画編集、コンテンツ制作、高解像度ゲームといった負荷の高い処理もスムーズにこなせる性能を目指しており、Chromebookの用途を大きく広げる可能性を示唆している。
詳細スペック:TSMC 3nmプロセスと強力なコア構成
Kompanio Ultra 仕様表
項目 | 仕様 |
---|---|
CPU | オクタコア (8コア) CPU – 高性能コア: 4 x Arm Cortex-A78 – 高効率コア: 4 x Arm Cortex-A55 |
GPU | Arm Mali-G57 MC5 (5コア GPU) |
AI プロセッサー | MediaTek APU 3.0 (マルチコア AI プロセッサー) |
メモリ | クアッドチャンネル LPDDR4x (最大 4266Mbps) |
ストレージ | PCIe Gen 3 UFS 3.1 |
ディスプレイ | 最大 2つの 4K ディスプレイ出力サポート または 1つの WQHD (2560×1440) ディスプレイ @ 120Hz |
接続性 | Wi-Fi 6 Bluetooth 5 |
カメラ | 16MP + 16MP デュアルカメラサポート 高度な 3A 技術 (AF/AE/AWB) 3Dノイズリダクション (3DNR) |
ビデオ デコード | 4K @ 60fps (HEVC/VP9) AV1 ハードウェアデコード |
ビデオ エンコード | 4K @ 30fps (HEVC) |
製造プロセス | 6nm プロセス技術 |
Kompanio Ultraの技術的な核心は、その先進的な設計にある。
- 製造プロセス: 最先端のTSMC製第2世代3nmプロセスを採用。これは、チップ内のトランジスタをより微細化し、高密度に集積する技術であり、高い性能と優れた電力効率の両立に貢献する。
- CPU: 「all-big-core」アーキテクチャを採用した8コア構成である。これは、電力効率を重視する省電力コア(Eコア)を持たず、性能重視のコアのみで構成されることを意味する。
- 1コアのArm Cortex-X925 (最大3.62GHz) – 最新世代の最高性能コア
- 3コアのArm Cortex-X4 – 高性能処理を担うコア
- 4コアのArm Cortex-A720 – 性能と効率のバランスが取れたコア
この構成は、MediaTekのフラッグシップスマートフォン向けSoC「Dimensity 9400」と基本的に同一であり、Chromebook向けとしては極めて強力なCPU性能を提供する。キャッシュ構成もDimensity 9400と同様、12MBのL3キャッシュと10MBのシステムレベルキャッシュを備え、データアクセスを高速化する。
- GPU: ArmのImmortalis-G925 GPU(Graphics Processing Unit:画像処理装置)を搭載。Dimensity 9400の12コア構成に対し、Kompanio Ultraでは11コア構成となっている。それでもなお、リアルタイムレイトレーシング(光の挙動をシミュレートし、リアルな影や反射を描画する技術)に対応するなど高いグラフィックス性能を持ち、トップクラスのAndroidゲームを60fps(フレーム毎秒)でプレイ可能であるとされている。
- NPU: AI処理の要となるNPUには、MediaTekの第8世代NPUにあたる「NPU 890」を搭載。これは50 TOPS(Tera Operations Per Second:1秒間に1兆回の演算が可能)という強力なAI処理性能を発揮する。TOPS値はAI処理能力を示す指標であり、数値が大きいほど高度なAIタスクを高速に処理できる。これにより、デバイス上で直接、高速かつ安全にAIタスクを実行できるオンデバイスAIが可能となる。MediaTekは、このAI性能がIntel Core Ultra 5 125Uプロセッサの5倍に達すると主張している。
この強力なNPUは、GoogleのAIモデル「Gemini」とのシームレスな連携を可能にする。Googleは近年、Google Workspace(ドキュメント、スプレッドシートなど)やChromeOSへのGemini統合を進めており、Kompanio Ultra搭載Chromebookでは、リアルタイムのタスク自動化、パーソナライズされたコンピューティング体験、AIを活用したワークフローなどが、インターネット接続なしでも快適に利用できるようになると期待される。GoogleのChromeOSおよびGoogle for Education担当VP兼GMであるJohn Solomon氏も、「Kompanio Ultraは、Chromebook PlusデバイスにおけるオンデバイスAI機能の新たな道を開き、外出先での重要なバッテリー持続時間のために素晴らしい電力効率を提供するだろう」とコメントしている。
性能と電力効率:競合Intelチップを凌駕か
MediaTekは、Kompanio Ultraの性能と電力効率について、競合となるIntel Core Ultra 5プロセッサとの比較データを提示している。
- CPU性能:
- Intel Core Ultra 5 115Uと比較して、シングルスレッド性能(単一の処理を実行する速度)が最大18%向上(GeekBench 6.2ベンチマークテストによる)。しかも、消費電力は半分の7Wで達成しているとされる。
- Intel Core Ultra 5 125Uと比較して、同じ消費電力でマルチスレッド性能(複数の処理を同時に実行する速度)が最大40%向上。また、同じ性能レベルであれば消費電力を30%削減できると主張している。
- GPU性能:
- 特に子供たちに人気のゲーム「Minecraft」において、Intel Core Ultra 5 125Uと比較して2.5倍(+250%)のフレームレートを実現できるとしている。これは、高性能なゲーム用Chromebookを求めるユーザーにとって魅力的なポイントとなるだろう。
- 電力効率:
- 優れた電力効率により、パフォーマンスを犠牲にすることなく終日のバッテリー駆動を実現すると謳われている。
- 具体的な比較として、同じ60Wh(ワット時)のバッテリーを使用した場合、Intel Core Ultra 5 115U搭載機と比較して最大29%長いバッテリー寿命を実現できる可能性があるとしている。
これらの数値はMediaTekによる主張であり、第三者による実際のデバイスでの検証が待たれるが、Kompanio UltraがChromebookの性能とバッテリーライフを大幅に向上させる可能性を示していることは間違いない。
充実の接続性とマルチメディア機能
Kompanio Ultraは、最新の接続規格と高度なマルチメディア機能もサポートしている。
- 接続性: 最新のWi-Fi 7規格に対応し、従来のWi-Fi 6/6Eよりも高速かつ低遅延、安定したワイヤレス接続を提供する。Bluetooth 6.0もサポートする。
- ディスプレイ出力: 最大2台の外部4Kディスプレイ(60Hzリフレッシュレート)への同時出力が可能。これにより、広々としたデスクトップ環境を構築し、マルチタスクの生産性を向上させることができる。
- メディア処理: 10bitカラー(約10億7000万色)での4K/60fps動画エンコード(圧縮)およびデコード(伸張)に対応(HEVC/AVCコーデック)。高度なHi-Fiオーディオ処理により、クリアな音声通話や没入感のあるサウンド体験も提供する。
- メモリ: 高速なLPDDR5Xメモリに対応する(具体的な容量は搭載製品による)。
これらの機能により、Kompanio Ultra搭載Chromebookは、生産性向上からエンターテインメントまで、幅広い用途で高いパフォーマンスを発揮することが期待される。
Chromebook市場へのインパクトと今後の展望
MediaTek Kompanio Ultraは、まず新しいChromebook Plusデバイスに搭載され、今後数ヶ月以内に市場に登場する予定である。Chromebook Plusは、Googleが定める一定以上の性能や機能基準を満たしたChromebookのブランドである。
このチップの登場は、Chromebook市場にいくつかの重要な変化をもたらす可能性がある。
- AI機能の本格化: 強力なNPUにより、これまで限定的だったChromebookのオンデバイスAI機能が大幅に強化される。特にGeminiとの連携深化により、文章作成支援(Help Me Write)、リアルタイム翻訳(Live Translate)、録音アプリでの自動文字起こしと話者分離など、よりインテリジェントでパーソナルなコンピューティング体験が実現するだろう。Googleは5月に開催予定の開発者会議「Google I/O」で、Kompanio Ultraを活用した新たなAI機能について発表する可能性があると見られている。
- 性能競争の激化: IntelやAMD、Qualcommなどが競合するChromebook向けプロセッサ市場において、MediaTekがKompanio Ultraで高性能セグメントに本格参入することで、競争が一層激化し、全体の性能向上が促進される可能性がある。
- Chromebookの用途拡大: デスクトップ級の性能とAI能力を持つことで、Chromebookが教育市場や基本的なビジネス用途だけでなく、より高度なクリエイティブ作業(動画編集、写真編集など)や高品質なゲームプレイといったエンターテインメント用途にも適した選択肢となるかもしれない。
一方で、MediaTekは現時点でKompanio UltraをWindows on Arm PCやタブレットに展開する計画はないとしている。
MediaTek Kompanio Ultraは、Chromebookの性能と機能性を新たなレベルに引き上げる可能性を秘めた注目すべきチップである。この強力な新チップが、Chromebookの新たな可能性を切り開き、ユーザー体験をどのように変革していくのか、今後の搭載製品の登場と市場の反応が待たれる。
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