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PCIe 7.0は光の時代へ!128GT/s、512GB/sの超高速インターフェースがPCとAIを激変させる

Y Kobayashi

2025年6月12日9:12AM

PCやサーバーの性能を根幹から支える高速インターフェース、PCI Express。その標準化団体であるPCI-SIGは2025年6月12日、次世代規格「PCI Express 7.0(PCIe 7.0)」の最終仕様を正式にリリースした。3年ごとに帯域幅を倍増させるという伝統を受け継ぎ、x16レーンで最大512GB/sという驚異的な双方向データ転送速度を実現する。しかし、今回の発表が真に衝撃的なのは、スペック向上以外の内容だ。今回、同時に示された「光ファイバー接続」への具体的な道筋が示された。これは、コンピューティングの世界が長年縛られてきた「電気の呪縛」から解き放たれ、「光の時代」へと移行する、その歴史的な転換点となるかもしれない。

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3年で2倍の伝統、PCIe 7.0がもたらす圧倒的パフォーマンス

PCIeテクノロジーは、その誕生から20年以上にわたり、コンピューター内部の「データハイウェイ」として君臨してきた。グラフィックスカード、SSD、ネットワークカードなど、あらゆる高性能コンポーネントがこのバスを通じてCPUと通信する。そしてPCI-SIGは、ほぼ3年ごとにその帯域幅を倍増させるという驚異的なペースで進化を続けてきた。今回のPCIe 7.0も、その伝統を忠実に守っている。

具体的なスペック詳細:128GT/s、512GB/s、そしてPAM4

PCIe 7.0のスペックは、まさに圧巻の一言だ。

  • 転送レート: 128.0 GT/s(ギガトランスファー/秒)。これは前世代PCIe 6.0の64GT/sから完全に2倍の値である。
  • 帯域幅: x16構成で最大512 GB/s(ギガバイト/秒)の双方向通信を実現。これもPCIe 6.0の256GB/sから倍増となる。
  • 信号方式: PCIe 6.0から引き続き、PAM4(Pulse Amplitude Modulation with 4 levels) を採用。これは、信号の波形を4段階(2ビット)で表現することで、従来の2段階(1ビット、NRZ方式)に比べて同じ周波数で2倍の情報を伝送できる高度な技術だ。
  • エンコード方式: これもPCIe 6.0同様、Flit(Flow control unit)ベースのエンコーディングを採用。固定長のパケットでデータをやり取りすることで、通信効率を高め、エラー訂正のオーバーヘッドを削減する。
  • 後方互換性: 過去すべてのPCIe世代との後方互換性を維持。ユーザーは既存の資産を無駄にすることなく、段階的なアップグレードが可能となる。

ここで「GT/s」と「GB/s」の違いに触れておきたい。GT/sは信号が1秒間に何回状態を変化できるかを示す物理的な速度であり、GB/sは実際に転送されるデータの量を示す実効速度に近い指標だ。PCIe 7.0は、PAM4やFlitモードといった技術を駆使することで、物理的な速度の向上を、ほぼそのまま実効帯域幅の倍増に繋げているのである。

AI、クラウド、HPCが渇望する帯域幅

「なぜ、これほどの帯域幅が必要なのか?」と疑問に思うかもしれない。その答えは、現代のコンピューティングが直面している「データの大洪水」にある。

PCI-SIGのプレジデント兼チェアパーソンであるAl Yanes氏は、「人工知能(AI)アプリケーションが急速に拡大し続ける中、次世代のPCIeテクノロジーは、ハイパースケールデータセンター、HPC(高性能コンピューティング)、自動車、軍事・航空宇宙など、AIを展開するデータ集約型市場の帯域幅需要に応えるものです」と、その意義を強調する。

具体的には、以下のような分野でPCIe 7.0の能力が渇望されている。

  • AI/機械学習: 大規模言語モデル(LLM)に代表される現代のAIは、数十億、数兆ものパラメータを持ち、その学習や推論には膨大な量のデータをGPUやアクセラレータ間で高速にやり取りする必要がある。PCIe 7.0は、このボトルネックを解消する鍵となる。
  • 800Gイーサネット: データセンターでは、ネットワーク速度が800Gbps、さらには1.6Tbpsへと進化している。この高速ネットワークカードの性能を最大限に引き出すには、それを接続するPCIeスロットにも相応の帯域幅が不可欠だ。
  • クラウドコンピューティングとHPC: 膨大な仮想マシンやコンテナが稼働し、巨大なデータセットを扱うクラウド環境や科学技術計算では、ストレージとコンピュート間のデータ移動速度がシステム全体の性能を左右する。

More Than Moore社のチーフアナリスト、Ian Cutress氏も「データセンターはPCIe 7.0技術に基づくネットワークの導入準備ができており、私が話すほぼすべてのASIC企業がすでにIPプロバイダーと連携し、その利点を活用しようとしています」と述べ、業界の期待の高さを示している。

「電気の限界」への挑戦。光ファイバー接続という新たな地平

今回の発表で、512GB/sというスペック以上に業界に衝撃を与えたのが、PCIeテクノロジーを光ファイバー上で実現するための業界初の標準化に踏み出したことだ。これは、コンピューティングの物理的な根幹を揺るがす、大きな一歩と言える。

なぜ今「光」なのか? 銅線の限界とシリコンフォトニクスの可能性

長年、コンピューター内部の信号伝送は、銅配線の上を流れる電気信号が担ってきた。しかし、データ転送速度が高速化し、伝送距離が長くなるにつれて、銅線はその物理的な限界を露呈し始めている。

電気信号は、銅線を通る距離が長くなるほど信号が減衰し、タイミングがずれる(ジッター)。また、外部からの電磁ノイズの影響も受けやすい。これを補うためには、より多くの電力を消費し、信号を補正するための複雑な回路が必要となる。特に、複数のサーバーラックをまたいで大規模な計算クラスターを構築するデータセンターでは、この問題は深刻なボトルネックとなっていた。

一方、光ファイバーを伝わる光信号は、電気信号に比べて圧倒的に優れている点が多い。

  • 高速・大容量: 圧倒的に広い帯域幅を持ち、膨大なデータを伝送できる。
  • 長距離伝送: 信号の減衰が非常に少なく、数キロメートル先まで品質を保ったまま伝送可能。
  • 低ノイズ: 電磁ノイズの影響を全く受けない。
  • 低消費電力: 長距離伝送における消費電力が少ない。

この光の利点をチップレベルで活用する技術が「シリコンフォトニクス」だ。半導体の製造プロセスを用いて、シリコンチップ上に光の送受信機や変調器、導波路といった光コンポーネントを作り込むことで、電気信号と光信号を効率的に相互変換する。

PCI-SIGが示した具体的な道筋:「Optical Aware Retimer」

PCI-SIGは今回、「Optical Aware Retimer Engineering Change Notice」と呼ばれる技術文書を公開した。これは、PCIe 6.4および7.0の仕様を修正し、PCIeの信号を光ファイバーで伝送するための標準的な方法を初めて定義するものだ。

ここで鍵となるのが「リタイマー(Retimer)」である。リタイマーとは、伝送中に劣化した電気信号を受信し、クロックを再同期させてノイズを除去した上で、クリーンな信号として再送信するチップのこと。これにより、信号の伝送距離を伸ばすことができる。

今回定義された「Optical Aware Retimer」は、このリタイマーに光インターフェースの機能を統合するものだ。つまり、CPUやスイッチチップから出力されたPCIeの電気信号を受け取り、それを光信号に変換して光ファイバーに送り出す。そして、受信側で再び電気信号に戻す、という一連の処理を標準化する。これにより、メーカー各社は相互接続性を確保しながら、PCIeの光接続ソリューションを開発できるようになるのだ。

これはもはや単なる構想ではない。PCIeという業界標準規格が、サーバーラックを越えて、データセンター全体を光のPCIeネットワークで結びつける未来への扉を開いた瞬間と言えるだろう。

IntelとAMDの布石:10年越しの研究開発が結実する日

この光接続への動きは、決して唐突に始まったものではない。業界の巨人たちは、水面下で長年にわたり布石を打ってきた。

  • Intel: 10年以上前からシリコンフォトニクス技術に莫大な投資を続けており、データセンター向けの光トランシーバー製品などを既に市場投入している。同社にとって、コンピューティングのあらゆる場面で光技術を活用することは、長年の悲願でもある。
  • AMD: 2025年5月、シリコンフォトニクスのスタートアップ企業であるEnosemiを買収。これにより、「次世代AIシステム向けの共同パッケージ化された光ソリューション」の開発を加速させる姿勢を鮮明にした。

これらの動きは、PCIeの光接続化が単なる規格団体のロードマップ上の目標ではなく、半導体メーカー各社が本腰を入れて取り組む、現実的な技術トレンドであることを雄弁に物語っている。

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消費者にはいつ届くのか? PCIe 7.0のロードマップと課題

これほどエキサイティングな技術だが、私たちの手元にあるPCに搭載されるのは、まだ少し先の話になりそうだ。

2028年頃に最初の製品が登場か

PCI-SIGが示したロードマップによれば、PCIe 7.0対応製品の市場投入は段階的に進められる。

  • 2027年: 規格への準拠性をテストする「コンプライアンステスト」が開始される予定。
  • 2028年: テストに合格した製品がリスト化され、最初の商用製品が市場に登場し始めると予測されている。

また、光接続ソリューションも、まずはその恩恵が最も大きいデータセンターやHPC分野から導入が進むことになるだろう。

一般PCユーザーへの恩恵は?

では、一般のPCユーザーにとって、PCIe 7.0は無縁の話なのだろうか。短期的にはその通りかもしれない。現在のPCIe 4.0や5.0 SSDですら、その性能を日常的な利用で完全に使い切ることは難しい。

しかし、技術の進化は常にトップダウンで進む。かつてデータセンターの専売特許だったNVMe SSDが、今やごく普通のノートPCに搭載されているように、PCIe 7.0がもたらす帯域幅も、いずれは新たなアプリケーションや使い方を生み出し、コンシューマー市場に恩恵をもたらす可能性がある。

例えば、将来の超高解像度・高フレームレートなVR/AR体験や、ローカルで大規模なAIモデルを動作させるような時代が来れば、PCIe 7.0の帯域幅が必要不可欠になるかもしれない。さらに遠い未来には、PCのマザーボード上ですら、チップ間の配線が銅線から光に置き換わり、消費電力や発熱の問題を根本的に解決する日が来る可能性もゼロではないだろう。

PCIe 7.0は単なる高速化ではない、次世代コンピューティングへの架け橋

PCI Express 7.0の掲げる512GB/sという圧倒的なパフォーマンスは、AIやHPCが牽引するデータ集約型コンピューティングの未来を支える強固な土台となる。

だが今回、それ以上に重要なのは、PCI-SIGが「光ファイバー接続」という新たな地平への具体的な一歩を踏み出したことだ。これは、長年にわたりムーアの法則の裏側で性能向上を支えてきた「電気信号」が、物理的な限界に近づきつつある中、その先にある「光の時代」へと続く架け橋を架ける試みである。

製品が市場に登場するのは数年先のことになるだろう。しかし、今回示されたビジョンは、我々が知るコンピューターの姿を、その根底から変えてしまうほどのポテンシャルを秘めている。PCIe 7.0が、私たちが想像する以上の変革を世界にもたらすことは間違いない。


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