人工知能(AI)が社会のあらゆる側面に急速に浸透する中、世界の人々はこの変革をどう捉えているのだろうか。期待か、それとも懸念か。この問いに、米国の著名なシンクタンクPew Research Centerが発表した25カ国を対象とする大規模な世論調査が、示唆に富む答えを提示している。調査結果が描き出すのは、AI技術の最前線を走る国々でこそ不安が根強く、世界全体として期待よりも懸念がわずかに優勢であるという、複雑でアンビバレントな民意の姿だ。本稿では、この詳細な調査データを基に、世界が直面するAIへの意識と、その背景にある社会構造や地政学的な力学を読み解いていきたい。

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調査の全体像:AIは世界に浸透、しかしその理解には深い溝

まず押さえるべきは、AIという概念がもはや専門家だけのものではなくなったという事実である。Pew Research Centerが2025年春に25カ国の成人28,333人(米国は別途調査)を対象に実施した調査によれば、AIについて「少なくとも少しは見聞きしたことがある」と回答した人の割合は、中央値で81%に達した。 具体的には、「たくさん見聞きした」が34%、「少しは見聞きした」が47%であり、完全に「何も聞いたことがない」と答えたのはわずか14%に過ぎない。 この数字は、生成AIの爆発的な普及以降、AIがグローバルな共通言語となりつつあることを明確に示している。

しかし、この「認知」の度合いには、国々の経済状況が色濃く反映されている。調査では、一人当たりの国内総生産(GDP)とAIへの認知度の間に強い正の相関関係が見られた。 例えば、日本、ドイツ、フランス、米国といった比較的裕福な国々では、成人の約半数がAIについて「たくさん見聞きした」と回答している。 一方で、インドでは14%、ケニアでは12%と、その割合は大きく低下する。 これは、先進国ほどAI技術がメディアで取り上げられる頻度が高く、日常生活やビジネスシーンでの導入が進んでいることの裏返しであろう。技術へのアクセスと情報環境の差が、そのまま認知度の格差として表れている格好だ。

期待と懸念の天秤:世界を覆うAIへのアンビバレントな感情

世界の人々は、認知を深めつつあるAIの未来に、どのような感情を抱いているのか。調査結果は、決して楽観一辺倒ではない、むしろ慎重な世論の姿を浮き彫りにした。

調査対象となった25カ国全体の中央値を見ると、「AIの利用拡大について、興奮(期待)よりも懸念の方が大きい」と回答した人は34%に上った。 対照的に、「懸念よりも興奮の方が大きい」とした楽観派は16%に留まり、「懸念と興奮が同じくらい」と答えた層が42%と最も多かった。 つまり、単純な二元論では割り切れない複雑な感情を抱く人々が多数派を占める中で、感情の天秤はわずかに「懸念」へと傾いているのが現状である。

米国とイタリアで突出する懸念、その背景とは

特に注目すべきは、国別の温度差だ。AIに対する懸念が最も高かったのは、意外にもAI開発を牽引する米国と、ヨーロッパの主要国イタリアであり、両国では成人の実に50%が「懸念が上回る」と回答した。 この後にオーストラリア(49%)、ブラジル(48%)、ギリシャ(47%)、カナダ(45%)が続く。

シリコンバレーを擁し、世界のAI産業をリードする米国で、なぜこれほどまでに懸念が強いのだろうか。これは「AI先進国のパラドックス」とでも呼ぶべき現象かもしれない。以下の二つの要因が複合的に作用していると分析される。

第一に、リスクの具体化である。AI技術の最前線にいるからこそ、その光だけでなく影の部分も鮮明に見える。米国では、AIによる雇用の喪失、ディープフェイクに代表される偽情報の拡散、個人データのプライバシー侵害、アルゴリズムによるバイアスといった具体的なリスクが、他のどの国よりも頻繁にメディアで報じられ、社会的な議論の的となってきた。技術の進化がもたらすディストピア的な未来像が、一般市民にとってより現実的な脅威として認識されているのではないだろうか。

第二に、社会の急激な変化への反動である。AIがもたらす変化のスピードは、多くの人々の適応能力を超えつつある。特に、労働市場の構造変化への不安は根強い。これまで安定していた職がAIに代替されるかもしれないという恐怖は、技術革新の恩恵を直接感じにくい層にとっては、漠然とした期待よりもはるかに切実な問題として捉えられる。

楽観が優勢な韓国とインド:AIは「成長のエンジン」か

一方で、AIへの懸念が著しく低い国々も存在する。韓国(16%)、インド(19%)、イスラエル(21%)、ナイジェリア(24%)などでは、「懸念が上回る」と回答した割合が非常に低い。 特に韓国では、「懸念と興奮が同じくらい」が61%を占め、世界で最も冷静な視点を持つ国の一つと言える。

これらの国々、特にアジアの新興国において懸念が低い背景には、AIがもたらす「経済成長への期待」があると考えられる。インドのようにデジタル経済が爆発的に成長している国では、AIは既存の秩序を脅かすものではなく、むしろグローバルな競争で飛躍するための強力なエンジンとして捉えられている。国民の多くが、AI導入による生産性の向上や新たな産業の創出が、国全体の発展と自らの生活水準の向上に直結すると期待している可能性がある。

また、イスラエルのように、国家戦略としてテクノロジーとイノベーションを推進してきた国では、国民の間に技術に対する肯定的な素地が形成されていることも一因だろう。

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誰がAIを恐れ、誰が期待するのか?デモグラフィックの断層

AIに対する意識は、国籍だけでなく、個人の属性によっても大きく左右される。今回の調査では、年齢、性別、教育水準、そしてインターネットの利用頻度といったデモグラフィック要因が、人々のAI観をいかに形成しているかが鮮明になった。

若者と高齢者の間に横たわる「AIディバイド」

最も顕著な差が見られたのは、世代間の意識の違いだ。調査対象となったほぼすべての国で、若年層(18~34歳)は高齢層(50歳以上)に比べてAIへの認知度が高く、より楽観的な見方をする傾向があった。

例えば、ギリシャでは35歳未満の68%がAIについて「たくさん見聞きした」と回答したのに対し、50歳以上ではその割合は20%にまで落ち込む。 イスラエルでは、35歳未満の46%が「懸念よりも興奮が上回る」と回答しているが、50歳以上で同様の回答をしたのはわずか15%だった。

この「AIディバイド」は、デジタルネイティブ世代とそれ以前の世代との間の、技術に対する親和性や学習経験の差から生じていることは明らかだ。若者にとってAIは、日常生活や学習、娯楽を豊かにする身近なツールである一方、高齢者にとっては、理解が難しく、既存の生活様式を脅かす未知の存在として映りがちなのかもしれない。

性別、教育、ネット利用が生む意識のグラデーション

性別による意識差も無視できない。半数以上の国で、男性は女性よりもAIについて「たくさん見聞きした」と回答する傾向が見られた。 そして多くの国で、女性は男性よりもAIの利用拡大に対して「懸念が上回る」と回答する割合が高かった。 これは、AIが雇用市場、特に女性が多く従事する職種に与える影響や、安全性、プライバシーといったリスクに対して、女性の方がより敏感に反応している可能性を示唆している。

教育水準も重要な変数だ。高学歴層は、AIに対する認知度が高いだけでなく、懸念よりも期待を抱く傾向が強い。 これは、教育を通じて得られる情報リテラシーや批判的思考能力が、AIの便益とリスクを冷静に評価する上で有利に働くことを示しているのかもしれない。

さらに、インターネットの利用頻度との相関も興味深い。「ほぼ常に」インターネットを利用しているヘビーユーザーは、そうでない人々に比べて、AIに興奮を覚える割合が一貫して高かった。 日常的にデジタル技術に触れ、その恩恵を享受している層ほど、AIに対しても肯定的なイメージを抱きやすいという構図がうかがえる。

規制の舵取りは誰の手に?信頼を巡る地政学的パワーバランス

急速に進化するAIを、人類は適切に管理できるのか。この問いに対する答えを探る上で鍵となるのが、「規制への信頼」である。調査では、自国政府、欧州連合(EU)、米国、中国という4つの主体が、AIを効果的に規制できるかについての信頼度が問われた。その結果は、各国の政治状況や国際社会におけるパワーバランスを映し出す鏡のようであった。

自国政府への信頼:インドの絶大な信頼、米国の深い分断

全体として、人々は遠い国際機関よりも、身近な自国政府に信頼を寄せる傾向がある。調査国の中央値で55%が自国政府のAI規制能力に「ある程度の信頼」を置いている。

この信頼度が特に高かったのがインド(89%)、インドネシア(74%)、イスラエル(72%)といった国々だ。 これらの国々では、政府が主導するデジタル化政策や技術振興策への国民の期待が、AI規制への信頼にも繋がっていると考えられる。

対照的に、ギリシャではわずか22%しか自国政府を信頼しておらず、深刻な政府不信が浮き彫りになった。

そして、米国はこの問題でも社会の分断を露呈した。自国政府を「信頼する」が44%、「信頼しない」が47%と、国民の意見はほぼ真っ二つに割れている。 さらに深刻なのは、この対立が党派性と強く結びついている点だ。共和党支持者およびその傾向を持つ無党派層では54%が政府を信頼しているのに対し、民主党支持者およびその傾向を持つ層では36%に留まる。 政治的なイデオロギーの対立が、国家の未来を左右する重要技術のガバナンスに対する国民のコンセンサス形成を困難にしているという、米国の厳しい現実がここにある。

EUの存在感:米中を抑え「規制のスタンダードベアラー」へ

国際的な規制主体に目を転じると、興味深い序列が見えてくる。世界の人々は、AI開発の二大巨頭である米国や中国よりも、EUに高い信頼を置いているのだ。

信頼度の中央値は、EUが53%であるのに対し、米国は37%、中国はわずか27%であった。

EUが比較的に高い信頼を得ている背景には、GDPR(一般データ保護規則)に代表される、厳格なデータ保護と個人の権利を重視したルール形成の実績があることは間違いない。EUはこれまで、巨大テック企業の力を抑制し、倫理的な基準を設ける「規制のスタンダードベアラー(旗手)」としての役割を担ってきた。この姿勢が、AIという未知の技術に対しても、EUならば人権や倫理を重視した賢明な規制を主導してくれるだろうという、国際的な期待感に繋がっていると分析できる。

米中両国への根強い不信感

一方で、AI技術の最先端を走り、事実上の覇権を争う米国と中国に対する信頼度の低さは、両国が抱える課題を物語っている。

米国への信頼が低い背景には、Google、Meta、Amazonといった巨大テック企業による市場の寡占や、個人データの商業利用に対する世界的な警戒感がある。技術革新の恩恵は認めつつも、その力が一部の企業に集中し、適切にコントロールされていないことへの不信が根強い。

中国に対する不信感はさらに深刻だ。60%もの人々が中国の規制能力に「あまり、または全く信頼していない」と回答している。 これは、中国政府による国内での厳格なインターネット検閲や、AI技術を用いた国民監視システムの存在が国際的に知られていることと無関係ではないだろう。技術の発展が、個人の自由や人権を抑圧するために利用されかねないという強い懸念が、信頼度の低さに直結している。

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技術の暴走か、賢明な共生か。AI時代の民意が突きつける課題

Pew Research Centerの今回の調査は、AIという巨大な変革の波に対して、世界がいまだ一つの明確な答えを見出せずにいることを示した。認知は広がりつつも、その先に広がる未来像は、期待と懸念が入り混じる複雑なモザイク模様を描いている。

この調査が我々に突きつける最も重要な課題は、技術開発のスピードと、社会的な合意形成のスピードとの間に生じた危険なギャップである。AIは一部の技術者や企業の論理だけで進化を続けているが、市民社会の理解、受容、そして信頼は、その猛烈なペースに追いついていない。このギャップを放置すれば、社会の分断はさらに深まり、AI技術の導入が思わぬ反発を招き、その恩恵を最大限に活かせなくなるリスクすらある。

米国で懸念が最も高いという事実は、技術先進国が「開発する責任」と同時に「説明する責任」を負っていることを示唆している。AIがもたらすリスクを直視し、それに対する具体的な解決策やセーフガードを示すことなくして、国民の信頼を得ることはできない。

AI時代における統治の在り方も、根本から問われている。EUが比較的高い信頼を得たように、これからのAIガバナンスには、技術の効率性や経済合理性だけでなく、人権、倫理、透明性といった普遍的な価値をいかに組み込むかが決定的に重要となる。

我々は今、歴史の分岐点に立たされている。AIという強力なツールを、人類の幸福と繁栄のために使いこなす「賢明な共生」の道を選ぶのか。それとも、一部の利益のために社会の分断を助長し、コントロールを失った「技術の暴走」を許してしまうのか。その答えは、技術者や政策決定者だけではなく、この調査に声を寄せた世界中の市民一人ひとりの、これからの選択にかかっている。


Sources