人類は孤独なのか。それとも、星々の海には我々と同じように空を見上げ、誰かからの声を待ちわびている存在がいるのか。

1999年、この根源的な問いに挑むために始まった壮大な実験が、一つの重要な節目を迎えた。世界中の数百万人の市民科学者が参加し、個人のパソコン(PC)の余剰能力を結集して地球外知的生命体からの信号を探し続けた伝説的プロジェクト「SETI@home」。

カリフォルニア大学バークレー校(UC Berkeley)の研究チームは、21年間にわたる運用と、その後の長期にわたる解析を経て、検出された約120億個の信号の中から、地球外文明に由来する可能性が否定しきれない「100個の最有力候補」を特定したと発表した。

現在、これらの信号は中国にある世界最大の電波望遠鏡「FAST」によって再観測が行われている。果たして、我々は宇宙の隣人を見付けることが出来るのだろうか。

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市民科学の金字塔:世界最大の「仮想スーパーコンピュータ」はいかにして生まれたか

分散コンピューティングという革命

1990年代後半、インターネットの普及とともに、ある革新的なアイデアが生まれた。「世界中の家庭にあるPCのアイドル時間(使用されていない時間)をつなぎ合わせれば、スーパーコンピュータをも凌駕する計算能力が得られるのではないか?」

当時、UC Berkeleyのコンピュータ科学者David Anderson氏らは、この「分散コンピューティング」の概念を、最も計算資源を必要とする科学分野の一つであるSETI(Search for Extraterrestrial Intelligence:地球外知的生命体探査)に応用することを決意した。

アレシボ天文台との連携

プロジェクトの「耳」となったのは、プエルトリコにあった直径305メートルのアレシボ天文台(Arecibo Observatory)だ。当時、世界最大級の感度を誇ったこの巨大な電波望遠鏡は、通常の天体観測と並行して、空の特定の領域からの電波データを「受動的」に記録し続けた。

しかし、宇宙から降り注ぐ膨大な電波データの中から、人工的な信号のパターンを見つけ出すには、途方もない計算能力が必要となる。そこで登場したのが、SETI@homeのスクリーンセーバーだ。世界中のボランティアがこのソフトをインストールし、PCを使っていない間にアレシボから送られてきたデータの断片(チャンク)を解析。その結果をバークレーに送り返すというシステムが構築された。

当初、研究チームは5万人の参加を見込んでいたが、蓋を開けてみれば世界100カ国以上から数百万人が参加するという、想定を遥かに超える成功を収めた。これにより、SETI@homeは人類史上最大の計算能力を持つ「仮想スーパーコンピュータ」へと進化したのである。

120億の信号:我々は何を探していたのか?

自然界には存在しない「ナローバンド」信号

宇宙空間は、恒星の核融合、超新星爆発、ブラックホールの活動、さらには冷たい水素ガス雲など、あらゆる天体が発する電波(ノイズ)で満ち溢れている。では、その中からどうやって「宇宙人の声」を識別するのか。

鍵となるのは「帯域幅(バンド幅)」だ。自然界の天体現象が発する電波は、通常広い周波数帯域(ブロードバンド)に広がっている。一方で、知的生命体が意図的に送信する信号は、エネルギー効率を考え、特定の周波数にエネルギーを集中させた「狭帯域(ナローバンド)」信号である可能性が高い。我々のラジオやテレビ放送が特定の周波数(チャンネル)を使っているのと同じ理屈だ。

SETI@homeのアルゴリズムは、フーリエ変換(Fourier Transform)という数学的手法を用い、受信データを周波数成分に分解し、自然界のノイズからは考えにくいほど鋭く尖ったピークを持つ信号を探し続けた。

ドップラー効果と「21cm線」の謎

さらに解析を複雑にしたのが、天体の動きだ。地球は自転・公転しており、信号の発信源となる惑星も動いている。救急車のサイレンが通り過ぎる時に音が変わるように、宇宙からの電波も相対速度によって周波数が変化する「ドップラードリフト」を起こす。

研究チームを率いたEric Korpela氏らが開発したソフトウェアは、数万通りものドップラーシフトのパターンをシミュレーションし、どのような動きをしている発信源からの信号でも見逃さないよう設計されていた。

特に注目された周波数帯は、1.42GHz(波長21cm)付近である。これは宇宙で最もありふれた元素である「中性水素」が自然に発する電波の周波数だ。電波天文学において基礎となるこの周波数は、宇宙の知的生命体にとっても「共通言語」としての意味を持つと考えられている。Korpela氏は、「もし誰かに気づいて欲しいなら、誰もが観測している場所(周波数)に灯台を建てるはずだ」と、その戦略的意義を語る。

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フィルタリングの科学:120億から100への絞り込みプロセス

21年間の運用で、ボランティアたちのPCは実に120億個もの「興味深い信号」を報告した。しかし、その99.99…%は、宇宙人からのメッセージではない。ここからの絞り込みこそが、科学者たちの真の戦いであった。

1. RFI(無線周波数干渉)との戦い

最大の敵は、地球自身だった。GPS衛星、携帯電話の基地局、テレビ放送、さらには電子レンジに至るまで、現代社会は電波で溢れかえっている。これら人工的なノイズ(RFI)を除去するため、研究チームはドイツのマックス・プランク重力物理学研究所のスーパーコンピュータを使用し、膨大なバックエンド解析を行った。

2. 「偽の宇宙人信号」によるブラインドテスト

解析の信頼性を担保するために、チームは巧妙な罠を仕掛けた。実際のデータの中に、約3,000個の「偽の宇宙人信号」を意図的に混入させたのだ。解析チーム自身にもどれが偽物か知らされない状況で(ブラインドテスト)、アルゴリズムがこれらを見つけ出せるか、あるいは誤ってRFIとして捨ててしまわないかを検証した。これにより、検出感度の限界と、解析プロセスの正当性が証明された。

3. マニュアルレビューと最終候補

RFI除去アルゴリズムを通過した数百万の候補から、さらに「空の同じ一点から、何度も、特定の周波数パターンで観測されたもの」を抽出。最終的に残った約1,000個を有力候補とし、Korpela氏とDan Werthimer氏らが人間の目で一つひとつ波形を確認(マニュアルレビュー)した結果、ついに「説明がつかない、再観測に値する100個の信号」が特定されたのである。

100の候補とFAST望遠鏡:決着の時

選ばれた100個の信号。これらは本当に地球外文明からのメッセージなのか、それとも新種の天体現象、あるいは極めて稀なノイズの偶然の重なりなのか。

中国「天眼」へのバトンタッチ

アレシボ天文台は2020年に崩壊してしまったため、再観測の任務は中国・貴州省にある500メートル球面電波望遠鏡(FAST)に引き継がれた。FASTはアレシボを上回る世界最大の集光面積を持ち、より微弱な信号をも捉えることができる。2025年7月以降、FASTはこれら100のターゲットに対し、それぞれ約15分間の追跡観測を行っている。

現実的な見通しと科学的意義

共同創設者のAnderson氏は、「ETからの信号が見つかるとは期待していない」と率直に語る。しかし、それは悲観ではない。

「もしETが見つからなかったとしても、我々は『ある一定の出力以上の信号は、調査した領域には存在しない』という新たな感度レベル(上限)を確立したことになる」

これは科学における「不在の証明」としての大きな成果だ。さらに、今回確立された分散コンピューティングの手法とRFI除去のノウハウは、今後の探査(Breakthrough Listenなど)におけるスタンダードとなるだろう。

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SETI@homeが遺したもの:未来への教訓

『The Astronomical Journal』に掲載された2本の論文は、このプロジェクトの総決算であると同時に、次世代への「遺言」でもある。

成功と反省

最大の成果は、市民科学が最先端の研究に貢献できることを証明した点だ。一方で、コルペラ氏は「もっとうまくやれたはずだ」と振り返る。
「我々は信号を見逃している可能性がある。1999年当時の計算能力では、特定の種類の信号(例えば、時間とともに周波数が複雑に変化するものなど)を検出するアルゴリズムを実装できなかった」

また、多くのSETIプロジェクトが「継続的な信号」を前提としている点にも警鐘を鳴らす。もし宇宙人が、数年に一度しか点灯しない灯台のような信号を送っていたとしたら、短時間の観測では永遠に見つからないかもしれない。

BOINC:分散コンピューティングの系譜

SETI@homeのシステムは、現在BOINC(Berkeley Open Infrastructure for Network Computing)というプラットフォームに継承されている。ここでは、タンパク質の構造解析(Rosetta@home)、重力波の探索(Einstein@home)、気候変動予測など、多岐にわたる科学プロジェクトが、今もあなたのPCの力を借りるのを待っている。

沈黙もまた、答えである

120億の信号を精査し、100に絞り込み、そして再び空を見上げる。SETI@homeの21年間の旅は、ある意味で「干し草の山から針を探す」作業の連続だった。現時点で「針」は見つかっていないかもしれない。しかし、我々は干し草の山の大部分をかき分け、その中に何がないのか、そしてこれからどこを探せばいいのかを知った。

FASTによる再観測の結果がどうあれ、数百万人の市民が情熱を注いだこのプロジェクトは、人類が「知」への探求心で一つになれることを示した、記念碑的な出来事として科学史に刻まれるだろう。宇宙の沈黙は続いているが、我々の「聴く耳」はかつてないほど研ぎ澄まされている。


論文

参考文献