2050年のカーボンニュートラル達成に向け、再生可能エネルギーの導入が世界中で加速している。しかし、太陽光や風力といった天候に左右されるエネルギー源を安定的に活用するためには、大規模かつ低コストなエネルギー貯蔵システムが不可欠だ。現在、蓄電池市場の覇権を握っているのはリチウムイオン電池(LIB)であるが、リチウムやコバルトなどの希少資源への依存、さらには可燃性電解液に起因する安全性の懸念が指摘され続けている。

こうした背景のもと、豊富に存在するナトリウムを利用した「ナトリウムイオン電池(SIB)」が次世代の有力候補として脚光を浴びている。しかし、ナトリウムイオン電池の実用化には、エネルギー密度の低さと充放電を繰り返すことによる激しい性能劣化という技術的な壁が立ち塞がっていた。

そのような中、イギリスのサリー大学(University of Surrey)の研究チームが、材料科学の常識を覆す画期的な研究成果を学術誌『Journal of Materials Chemistry A』にて発表した。研究チームは、これまで電池の劣化要因とされ、製造工程で徹底的に除去されていた「水分(結晶水)」をあえて材料内に保持することで、ナトリウムイオン電池のエネルギー密度(比容量)を従来比でほぼ2倍に引き上げることに成功した。さらに驚くべきことに、この新材料は塩水環境下でも安定して動作し、バッテリーとしてエネルギーを充放電しながら、同時に海水の塩分を取り除く「電気化学的脱塩(海水淡水化)」の機能をも果たすことが実証されたのだ。

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リチウムイオン電池の限界とナトリウムイオン電池が直面していた壁

現代社会のあらゆる電子機器や電気自動車(EV)を駆動しているリチウムイオン電池は、非常に高いエネルギー密度を誇る。しかし、リチウムという元素は地球上の偏った地域にしか存在せず、採掘に伴う環境負荷や地政学的な供給リスクが常に付きまとっている。これに対し、ナトリウムは海水中に無尽蔵に含まれており、地球上で6番目に豊富な元素である。コストと供給の安定性という観点から、ナトリウムイオン電池が持つポテンシャルは計り知れない。

しかし、ナトリウムイオンはリチウムイオンに比べて物理的なサイズが大きく、重いという特性を持つ。そのため、充放電の際にイオンが正極や負極の材料内(結晶格子)に出入りする「インターカレーション」というプロセスにおいて、材料の構造に大きな負担をかけてしまう。結果として、充放電を繰り返すうちに材料が崩壊し、容量が急激に低下してしまうという問題があった。また、現行の高性能なナトリウムイオン電池用正極材料(例えばプルシアンブルー類縁体など)は、複雑な合成プロセスを必要とし、製造コストの面でリチウムイオン電池の代替となるには至っていない。

こうした課題を解決するための有望な正極材料として、かねてより「酸化バナジウムナトリウム(NaV3O8、以下NVO)」が注目されていた。バナジウムは酸化状態を柔軟に変化させることができるため、多くの電子を受け渡すことができ、高い理論容量を持つからである。しかし、NVOを電池に組み込んでも、長期的なサイクル安定性や高電流での急速充放電(レート特性)に難があり、実用化の決定打には欠けていた。

「水分を取り除く」という常識を疑う:結晶水がもたらす構造的革新

サリー大学の研究チームは、このNVO材料の合成プロセスにおいて、極めて大胆なアプローチを採用した。通常、電池材料の合成においては、電解液との望まない副反応や材料の劣化を防ぐため、熱処理(およそ250℃以上での焼成)を行い、材料内部から水分を完全に排除することが業界の「常識」とされている。しかし研究チームは、この熱処理工程を省き、水分子を結晶構造の層間に組み込んだままの「酸化バナジウムナトリウム水和物(NaV3O8·xH2O、以下NVOH)」を電池材料として利用する道を探求したのである。

この逆転の発想の背景には、結晶構造のミクロな物理法則が存在する。X線回折(XRD)による粉末構造解析の結果が、その真実を明確に物語っている。合成された水分を含むNVOHと、それを400℃で2時間熱処理して水分を飛ばしたNVOHTの層間距離を比較したところ、熱処理によって層の隙間を示す格子間隔が0.772ナノメートルから0.686ナノメートルへと大きく収縮することが判明した。

この結果が示唆するのは、結晶層の間に取り込まれた水分子(H2O)が、まるで巨大な建物の天井を支える「柱(ピラー)」のような役割を果たしているということだ。巨大なナトリウムイオンがスムーズに出入りするためには、広く安定したトンネルが必要となる。従来の手法で水分を飛ばしてしまうと、このトンネルが潰れてしまい、ナトリウムイオンの移動が妨げられ、結果として蓄電容量が低下していたのである。水分子をあえて残すことで層間を押し広げ、より多くのナトリウムイオンを迎え入れる空間的余裕を確保したことが、このブレイクスルーの核心である。

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水熱合成の極意:24時間が導き出した「最適解」と驚異のエネルギー密度

材料内に水を残せばよいといっても、単に水に濡らせば済むという単純な話ではない。水分子とナトリウムイオンを、バナジウムの結晶層の間に最も理想的な比率で配置するための緻密な合成条件の最適化が必要であった。研究チームは、五酸化バナジウム(V2O5)と硫酸ナトリウム(Na2SO4)の水溶液を180℃で加熱する「水熱合成法」を用い、その反応時間を16時間から48時間の間で細かく変化させ、材料の構造と電気化学的性能がどう推移するかを追跡した。

透過型電子顕微鏡(TEM)による観察では、合成されたNVOHはナノメートルスケールの細長いベルト状(ナノワイヤー状)の形態をしていることが確認された。この形状は表面積が非常に大きく、電解液が浸透しやすいため、イオンの出入りを極めてスムーズにする利点がある。

研究チームがマイクロ波プラズマ原子発光分析(MP-AES)やX線光電子分光法(XPS)を駆使して組成を分析した結果、24時間の水熱合成を行ったサンプルが、最も理想的な特性を示すことが明らかになった。16時間の合成ではナトリウムの取り込みが不十分であり、ナトリウム含有量の少ない不純物相(NaV6O13)が多く存在してしまう。この不純物相は層状ではなくトンネル状の構造を持つため、イオンの移動度が低く性能低下の原因となる。一方、48時間まで合成を続けると結晶層間に水分が過剰に入り込みすぎてしまい、長期的な電池の安定性を損なう結果となった。24時間という絶妙なタイミングこそが、不純物をなくしつつ、水分子とナトリウムを最適なバランスで配置する「スイートスポット」であった。

この24時間合成された最適化NVOHを用いて有機電解液の半電池(ハーフセル)で性能評価を行った結果、電池業界を驚かせる数値が叩き出された。10 mA/gという低電流での測定において、280 mA h/gという驚異的な比容量(質量あたりの電気量)を記録したのである。これは、過去の文献で報告されている水を除去したNVO材料の容量を大幅に凌駕する、事実上の最高記録クラスの数値である。さらに、1000 mA/gという高負荷の急速充放電においても70.9 mA h/gの容量を維持し、150回の充放電サイクル後も初期の78%の性能を保つという卓越した安定性を見せつけた。

その驚異的な性能の源泉を探るため、サイクリックボルタンメトリー(CV)という手法で電荷の蓄積メカニズムを解析したところ、このNVOH材料はバルク内部へのイオンの拡散だけでなく、ナノワイヤーの広大な表面積を利用した「擬似容量(Pseudocapacitance)」による電荷蓄積が非常に大きいことが判明した。層間水による内部へのアクセスのしやすさと、ナノワイヤー構造の表面反応という二つの要素が見事に融合した結果と言える。

続いて研究チームは、この材料の実用性を証明するため、カーボンコーティングされた三酸化二バナジウム(C@V2O3)を負極に用いた完全なバッテリーセル(フルセル)を構築した。このフルセル構成においても100 W h/kg(活物質質量ベース)という高いエネルギー密度を実証し、実世界への応用に向けて極めて有望なステップを踏み出した。

単なる蓄電池ではない:「海水淡水化(脱塩)」を実現する二重の機能

今回のサリー大学の発見が持つ真の革新性は、単に電池の容量を増やした点に留まらない。この「水を保持したバナジウム材料」が、水系電解質、すなわち「塩水」の中でも極めて安定して動作し、電気化学的脱塩(Electrochemical Desalination)という全く別の地球規模の課題解決に貢献し得ることを実証した点にある。

国連の持続可能な開発目標(SDG 6:安全な水とトイレを世界中に)が示す通り、きれいな飲料水へのアクセスは人類の喫緊の課題である。気候変動による渇水が深刻化する中、海水を真水に変える海水淡水化技術の需要は爆発的に高まっている。しかし、従来の逆浸透膜(RO膜)などを用いた淡水化プラントは莫大なエネルギーを消費するため、エネルギー問題と水問題がトレードオフの関係に陥りがちであった。

そこで注目されているのが「脱塩バッテリー(Desalination Battery)」という概念である。これは、バッテリーを充電する際に、塩水(電解液)中からナトリウムイオンと塩化物イオンをそれぞれ正極と負極に吸着・吸収させ、海水の塩分濃度を下げて淡水化するという仕組みだ。そして放電する際には、吸収したイオンを再び放出することで蓄えたエネルギーを取り出すことができる。つまり、エネルギーを貯蔵しながら副産物として真水を生み出すという、一石二鳥の画期的なシステムである。

研究チームは、独自に開発した3電極式のハイスループット評価セルを用い、3 mol/dm3の塩化ナトリウム水溶液(塩水)中でNVOHの脱塩性能をテストした。結果は極めて良好であった。NVOH電極は、充電過程で水溶液中のナトリウムイオンを自らの広がった層状構造の内部へとまるでスポンジのように吸い込み、驚くべきことに材料1グラムあたり推定173 mgの塩化ナトリウムを除去する能力(脱塩容量)を示したのである。この数値は、これまでに報告されている他の脱塩バッテリー用材料を凌ぐ、トップクラスの塩分除去性能である。

さらに特筆すべきは、その優れた耐久性である。水溶液中での充放電テストにおいて、1000サイクルもの長期間にわたって安定した脱塩能力とエネルギー貯蔵能力を維持した。水分子をあらかじめ結晶内に含んでいるNVOHは、水系電解液との親和性が高く、激しい構造変化を起こしにくいため、これほどの長寿命を実現できたと考えられる。充放電中のpH変化をモニタリングする実験でも、過度な水の電気分解による急激なpHの変動は抑えられており、イオンのインターカレーションが主反応としてスムーズに進行していることが裏付けられた。

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スケールアップと社会実装に向けた道筋

過去の研究では、NVOの性能を向上させるために、カルシウムやフッ素などの異種元素を添加(ドープ)する複雑なプロセスが試みられてきた。しかし、そうしたドーピング処理を施した材料と比較しても、今回の「最適な時間で水熱合成し、ただ水を残すだけ」というNVOHの性能は圧倒的に優れている。

工業的な観点から見れば、製造プロセスがシンプルであることは、コスト削減と大量生産において最大の武器となる。研究チームはすでに、実験室レベルのミリグラム単位の合成から、10グラム、25グラム単位でのスケールアップ合成試験にも着手している。スケールアップした粉末を用いた評価でも、構造や電気化学的特性が高い再現性で維持されることが確認されており、この合成手法が商業規模の生産にも十分に対応できるポテンシャルを持っていることが証明された。

サリー大学の研究者たちが切り拓いたこの道は、未来のエネルギーと水資源のあり方を根本から変える可能性を秘めている。再生可能エネルギーを効率よく貯蔵する超高容量の定置型バッテリーとして、あるいは海岸沿いの施設でエネルギーを融通し合いながら飲料水を生み出す自立型の淡水化プラントとして。これまで厄介者扱いされてきた「水」を材料の味方につけるという逆転の発想から生まれたこのナノ構造バナジウム水和物は、我々が直面する地球環境問題に対する、力強く、そしてエレガントな解答の一つと言えるだろう。


論文

参考文献