米半導体大手Intelの新CEO、Lip-Bu Tan氏に、米議会から極めて厳しい視線が注がれている。共和党の重鎮、Tom Cotton上院議員が、Tan氏の過去の中国企業との深い関係性を問題視し、国家安全保障上の懸念があるとしてIntelの取締役会に調査を要求する書簡を送付したのだ。Tan氏がかつてCEOを務めた企業の違法輸出問題と、ベンチャーキャピタリストとしての中国への巨額投資。この2つの「過去」が今、米国の半導体戦略そのものを揺るがしかねない重大な問題として浮上している。

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疑惑の核心①:CEO在任中に起きたCadence社の違法輸出事件

今回の疑惑の一つ目の柱は、Tan氏が2008年から2021年までCEOを務めた半導体設計ツール(EDA)の巨人、Cadence Design Systems社が起こした事件である。

報道によると、Cadence社は先週、2015年から2021年にかけて、米国の輸出規制対象である中国の国防技術大学(National University of Defense Technology, NUDT)とその関連組織に対し、規制対象のEDAツールや半導体IP(設計資産)を意図的に輸出していたことを認めた。NUDTは核爆発のシミュレーションなどにも関与しているとされる、中国軍直轄の研究機関だ。

この違法行為を認めたCadence社は、刑事罰と民事罰を合わせて1億4000万ドル(約210億円)以上を支払うことで、米国司法省および商務省と和解した。Tan氏が同社のCEOとして経営の舵取りをしていた期間と、この違法な輸出が行われていた時期は明確に重なる。

Cotton議員がIntel取締役会議長のFrank Yeary氏に宛てた書簡で問いただしているのは、まさにこの点だ。
「Intelの取締役会は、Tan氏をCEOとして採用する前に、Cadence社に(この件に関する)召喚状が送付されていたことを認識していたのか?」「その懸念に対処するために、どのような措置が取られたのか?」

企業が巨額の罰金を支払って和解する一方で、その違法行為が行われていた時期の最高責任者が、何ら責任を問われることなく米国の安全保障を担う重要企業のトップに就任する。この構図に対し、Cotton議員は鋭いメスを入れた形だ。企業のガバナンスと、経営トップ個人の監督責任のあり方が厳しく問われている。

疑惑の核心②:ベンチャー投資家としての顔が招いた「利益相反」の疑念

問題の二つ目の柱は、Tan氏個人のベンチャーキャピタリストとしての経歴だ。Tan氏は著名なVCファーム、Walden Internationalの創設者であり、長年にわたりシリコンバレーとアジアの技術企業に投資を行ってきた。

Reutersが4月に報じたところによると、Tan氏は自身または彼が運営するファンドを通じて、2012年から2024年にかけて、中国の先端製造業や半導体関連企業数百社に対し、少なくとも2億ドルを投資してきたという。そして、これらの投資先の中には、中国軍と関連のある企業が含まれている可能性も指摘されている

Cotton議員の書簡は、この投資家としての顔にも切り込む。Intelは、Biden政権下で進められている「セキュア・エンクレーブ(Secure Enclave)」プログラムの中核を担う企業だ。これは、米国の防衛・諜報システム向けに、信頼できる国内管理の半導体供給網を確保するための国家的な取り組みであり、Intelは約30億ドルの契約を結んでいる。

CHIPS法による連邦政府からの巨額の資金援助を受け、国家安全保障の根幹に関わるプログラムを担う企業のCEOとして、Tan氏の中国企業との金銭的なつながりは、深刻な利益相反や情報漏洩のリスクを想起させる。Cotton議員は、IntelがTan氏に対し、中国軍や共産党と関連するチップ企業からの投資を完全に引き揚げることを要求したのか、そして、中国企業との関係について十分に開示したのかを厳しく問いただしている。

ある情報筋は、Tan氏が中国の事業体における役職をすでに辞任したと伝えているが、投資の整理状況を含め、その全容は依然として不透明なままだ。

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なぜ今、問題視されるのか?―半導体と地政学の交差点

Tan氏のようなグローバルな投資活動は、数年前までのシリコンバレーでは賞賛こそされれ、問題視されることは少なかったかもしれない。しかし、米中関係が「競争」から「対立」へと移行し、半導体がその最前線となった今、状況は一変した。

米国政府は、先端半導体技術が中国の軍事力近代化に利用されることを防ぐため、2022年10月に大規模な輸出規制を導入。一方で、CHIPS法によって国内の半導体製造・開発能力を強化するという、「アメとムチ」の戦略を推進している。

この文脈において、「セキュア・エンクレーブ」プログラムは、米国の国防総省向けの「聖域」とも言える領域だ。ここに、中国との関係が少しでも疑われる人物がトップとして関わることは、国家安全保障の観点から容認しがたい、というのがCotton議員ら対中強硬派のスタンスである。

さらに、この政治的圧力は、Intelが経営的に極めて困難な時期にかけられている。大手格付け会社Fitch Ratingsは今週、Intelの信用格付けをジャンク級(投機的等級)の2段階上まで引き下げた。さらに、同社の再建の鍵を握る最先端プロセス「Intel 18A」の歩留まりが低く、品質問題に直面しているとの報道も流れている。この逆風の中でのCEOへのスキャンダルは、まさに泣きっ面に蜂と言える状況だ。

Intelの防戦と今後の展望

Intel側は、広報担当者を通じて「IntelとTan氏は、米国の国家安全保障と、米国の防衛エコシステムにおける我々の役割の完全性に深くコミットしている」との声明を発表。書簡で提起された問題については、Cotton議員と直接対話していく姿勢を示した。

しかし、市場や業界の疑念を払拭するのは容易ではないだろう。今後の焦点は、Intelの取締役会がこの問題にどう対応するかだ。徹底した内部調査を行うのか、Tan氏にさらなる情報開示や投資の完全な整理を求めるのか、あるいは最悪の場合、CEOの交代という事態にまで発展する可能性もゼロではない。

この一件は、Intelの経営戦略、特に巨大市場である中国との向き合い方にも大きな影響を与える可能性がある。CEO自身に「中国リスク」のレッテルが貼られた以上、今後の中国事業はより慎重な舵取りを迫られることになるだろう。

これはもはや、Intel一社の問題ではない。グローバルに事業や投資を展開するすべてのハイテク企業、そしてその経営者にとって、個人の経歴や投資活動が地政学的な文脈の中でいかに大きなリスクとなりうるかを浮き彫りにした。米中対立が深まる中、企業や経営者には、これまで以上に高いレベルの透明性と、国家安全保障への配慮が求められる時代に突入したことを、この事件は明確に物語っている。


Sources