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WD、セラミック超長期保存技術のCerabyteに戦略投資:”ヨタバイト”時代を見据える

Y Kobayashi

2025年5月14日12:10PM

デジタルデータが爆発的に増加し続ける現代において、その情報をいかに安全かつ永続的に保存するかは、企業や研究機関にとって喫緊の課題となっている。こうした中、ハードディスクドライブ(HDD)およびNAND型フラッシュメモリの大手メーカーであるWestern Digital(以下、WD)が、セラミックを利用した革新的な長期アーカイブストレージ技術を開発するドイツのスタートアップ企業、Cerabyteに戦略的投資を行ったことが明らかになった。この提携は、数千年規模でのデータ保存と、将来訪れるであろう「ヨタバイト時代」の超大容量ストレージ実現に向けた重要な一歩となる可能性を秘めている。

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なぜ今、セラミックなのか?データ爆発時代が求める「永久保存」という解

私たちが日々生成し、利用するデジタルデータは指数関数的に増加の一途を辿っている。ソーシャルメディアの投稿から科学研究データ、企業の機密情報に至るまで、その種類と量はとどまるところを知らない。しかし、現在主流のHDDや磁気テープといったストレージメディアには、寿命、ビットロット(自然な磁気消失によるデータ破損)、そして稼働や保管に伴うエネルギー消費といった課題がつきまとう。特にアーカイブ用途では、数十年、数百年といった単位でのデータ保持が求められるケースも少なくない。

こうした背景から、より堅牢で、エネルギー効率に優れ、かつ超長期にわたってデータを保存できる新しい技術への期待が高まっている。その有力な候補の一つとして脚光を浴びているのが、Cerabyteが開発を進めるセラミックストレージ技術なのだ。

Cerabyte技術の核心:レーザーで刻む「数千年の記憶」

Cerabyteの技術は、まさにデジタル時代の「石版」とも言える革新性を有している。その核心を見ていこう。

材質と記録・読み取りのメカニズム:「焼き付ける」デジタル情報

Cerabyteのストレージメディアは、ガラス製のタブレットの表面に特殊なセラミック層をコーティングしたものだ。データの記録には、フェムト秒レーザー(極めて短い時間だけ発光するレーザー)が用いられる。このレーザーをセラミック層に照射し、ナノメートルサイズの微細な穴(ナノドット)を焼き付けることで、QRコードのような二次元パターンを形成し、デジタル情報を表現する。1枚のタブレット表面で約1GBの容量を持つとされ、データの読み取りには高精度のスキャニング顕微鏡が使用されるという。

これらのタブレットは、専用の棚にオフラインで保管され、ロボットシステムによって読み書きステーションへと自動搬送される仕組みだ。

驚異的な耐久性:熱、水、EMPにも耐える「不滅のアーカイブ」

Cerabyteのセラミックストレージが注目される最大の理由は、その驚異的な耐久性にある。同社によれば、記録されたデータは数百年から数千年、情報源によっては5,000年以上もの長期間、改変不可能な状態で保存できるという。

その堅牢性は、過酷なテストによっても実証されている。例えば、試作品を250℃のオーブンで加熱したり、さらには塩水で煮沸した後にオーブンで焼くといった衝撃的なテストも行われ、データが無事であったことが報告されている。 熱や火、湿気や水分、紫外線、放射線、腐食、さらには電磁パルス(EMP)攻撃に対しても耐性を持つとされ、まさに「ほぼ破壊不可能」なストレージと言えるだろう。

経済性と環境性能:オフラインでエネルギーゼロ、TCO削減の可能性

Cerabyteの技術は、経済性と環境性能の面でも大きな可能性を秘めている。一度データが記録されたタブレットは、オフラインでの保管中は一切の電力を消費しない。 これは、温度・湿度管理や定期的なメディア交換が必要となる場合がある既存のアーカイブソリューションと比較して、運用コスト(TCO:Total Cost of Ownership)の大幅な削減に繋がる可能性がある。

Cerabyteは、2030年までにストレージコストを1TBあたり1ドル未満にすることを目指しており、実現すればデータアーカイブ市場の価格構造を根底から覆すインパクトを持つだろう。また、テープカートリッジと比較してより高密度な記録が可能で、データアクセスも高速であると主張している。

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HDD専業化後のWestern Digitalの次なる一手

WDがCerabyteに投資する背景には、同社の長期的な事業戦略が見え隠れする。WDは近年、NAND型フラッシュメモリおよびSSD事業(SanDiskブランドなど)を分社化し、現在はHDD専業メーカーとしての道を歩んでいる。 この戦略的転換の中で、HDD技術を活かしつつ、新たな成長分野を模索する動きは当然と言えるだろう。

WDの最高戦略・事業開発責任者であるShantnu Sharma氏は、「Cerabyteとの技術提携を策定し、この技術の商業化に向けて協力していくことを楽しみにしています。Cerabyteへの投資は、当社の製品を長期データストレージのユースケースへとさらに拡大するという優先事項に合致するものです」と述べており、長期保存市場への強いコミットメントを示している。

WDが長年培ってきたディスクプラッター製造における精密加工技術やガラス基板の取り扱いノウハウは、Cerabyteのセラミックタブレットの量産においても貢献できる可能性があるのではないだろうか。

Cerabyteの戦略とロードマップ

Cerabyteは2023年にデモンストレーション用のプロトタイプシステムを開発しており、今回のWDからの投資は、商業製品化に向けた大きな後押しとなる。 同社CEO兼共同創設者のChristian Pflaum氏は、「Western Digitalと協力して技術提携を定義し、アクセスしやすい永久ストレージソリューションを大規模に提供する当社の能力を強化できることを嬉しく思う」とコメントしている。

Cerabyteは以前にも、ストレージ大手のPure Storageや、米国の諜報機関向けに技術投資を行うIn-Q-Telからも戦略的投資を受けており、その技術への期待の高さがうかがえる。また、2024年夏にはシリコンバレーとコロラド州ボールダーにオフィスを開設し、製品の商業化を推進するために、かつてWDで企業戦略担当VPを務めた経験を持つステッフェン・ヘルモールド氏を取締役として招聘している。 ヘルモールド氏は、「以前はDNAストレージだけがラックあたりエクサバイト規模の保存容量を実現できると考えられていたが、Cerabyteもそこにスケールアップできる」と述べ、Cerabyte技術がDNAストレージよりも実用的で商業化に近いとの見解を示している。

今後の課題は、ライブラリシステム、読み書きドライブ、ロボット工学、タブレット保管棚、タブレットのロード・アンロード機能、管理・制御ソフトウェア、そしてセラミックタブレット自体の製造能力といった、商用製品としてのエコシステム全体を構築することだ。 この点において、テープライブラリシステムなどで実績のあるQuantumやSpectraLogicといった企業との連携も将来的には考えられるかもしれない。

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長期アーカイブ市場の変革なるか?Cerabyteが拓く未来と残された課題

Cerabyteのセラミックストレージ技術は、従来のアーカイブソリューションが抱える課題の多くを克服する可能性を秘めており、特に「ヨタバイト(10の24乗バイト)時代」とも言われる超大容量データ時代における切り札として期待される。 数千年にわたるデータの永続性、オフラインでのエネルギー消費ゼロ、そして潜在的な低コスト性は、アーカイブ市場に革命をもたらすかもしれない。

しかし、商業化への道のりはまだ始まったばかりだ。具体的な製品の市場投入時期は現時点では明らかにされておらず、実用的な読み書き速度の実現、さらなるコスト低減、そしてこの新しいストレージメディアを支えるエコシステムの確立など、乗り越えるべきハードルも少なくないだろう。

Western DigitalによるCerabyteへの戦略的投資は、単なる一企業の技術投資に留まらず、私たちのデジタル文明が蓄積してきた膨大な情報を、いかにして未来永劫へと繋いでいくかという壮大なテーマへの挑戦と言える。Cerabyteのセラミックストレージが、その名の通り「焼き付けられた記憶」として、数千年後の未来にも現代の記録を伝えられるのだろうか?そして、私たちのデジタル遺産は、果たしてどのような形で守られていくのだろうか?


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