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オーブンの熱にも耐え、5000年保存できる、Cerabyteが示す未来の「セラミックガラスストレージ」

Y Kobayashi

2025年5月5日

沸騰した塩水で煮込まれ、ピザ用オーブンで焼かれてもデータは消失しない、そんな驚異的な耐久性を持ったデータストレージは夢のような話だが、ドイツのスタートアップCerabyteが開発中のストレージ技術は、まさにそれを現実のものにしようとしている。データ量が爆発的に増加し続ける現代において、この「セラミックガラスストレージ」は、私たちが情報を未来永劫に残す方法を根本から変える可能性を秘めているのだろうか?

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過酷すぎる耐久テスト:煮沸とオーブン焼きにも屈しない驚異のメディア

テクノロジー企業のデモンストレーションとしては、少々風変わりかもしれない。Cerabyteは、自社開発のガラス製ストレージメディアの小片を、沸騰した塩水(100℃)が入った電気ケトルに投入。さらにその後、ピザ用オーブンで250℃という高温に晒したのだ。 結果はどうだったか?驚くべきことに、メディアは物理的な損傷を受けることなく、記録されていたデータも「100%無傷」であったという。

この衝撃的なテストは、アイルランドのダブリンで開催されたOpen Compute Project (OCP) Summitでも、一部再現された。会場では数日間にわたって塩水での煮沸テストが続けられ、24時間後にはメディアではなくケトル自体が腐食し始めた、という逸話まで残っている。Cerabyteにとって、これらのデモは単なる見世物ではない。従来のデータストレージ(例えば磁気テープやハードディスクドライブ(HDD)、光ディスク)が数十年の寿命しか持たず、熱や水、衝撃に弱いという常識を覆し、自社技術の並外れた耐久性を証明するための、最も分かりやすいアピールなのだ。

Cerabyte技術の核心:原子レベルのセラミック層と超高速レーザー刻印

では、この驚異的な耐久性はどこから来るのだろうか? Cerabyteの技術、正式には「Ceramic Nano Memory」と呼ばれるそれは、意外なほどシンプルな構造に基づいている。

基盤となるのは、厚さわずか100マイクロメートル(μm)の極薄で柔軟性のあるガラスだ。このガラス基板の両面に、「グレーセラミック」と呼ばれる特殊なセラミック層がスパッタリング(薄膜形成技術の一種)によって成膜される。このセラミック層は、厚さ10ナノメートル(nm)、原子数にしてわずか50から100層という、信じられないほど薄いものだ。

データの書き込みには、超短パルスを発する「フェムト秒レーザー」が用いられる。プロジェクターやヘッドアップディスプレイで一般的に使われているDMD(デジタルミラーデバイス)と組み合わせることで、レーザー光はマトリックス状に照射され、セラミック層にナノスケールの微細な穴(ピット)を瞬時に穿つ。この穴の有無がデジタルデータの「1」と「0」に対応するわけだ。一つのレーザーパルスで最大200万ビット(約0.25MB)のデータを並行して書き込むことができ、将来的には1GB/sを超える書き込み速度を、1ワット未満の低消費電力で目指しているという。これは、現在のLTOテープやHDDと比較しても3~4倍高速な速度となる。

読み取りも同様に高速だ。書き込みと同じ顕微鏡光学系を使用し、高速な照明と超高速・高解像度イメージセンサー(毎秒500フレーム以上)でセラミック層のパターンを捉える。取得した画像データは、FPGA(Field Programmable Gate Array)と呼ばれるプログラム可能な集積回路によって並列処理され、デジタルデータにデコードされる。こちらも将来的には1GB/s以上の読み取り速度を実現する計画だ。

このシステムは、基板上をXYステージで高速にスキャンし、ピエゾ素子駆動のオートフォーカスで焦点を合わせ続けることで、テープメディアのようなシーケンシャルアクセスだけでなく、HDDのようなランダムアクセスも可能にしている。記録媒体は9cm角のシート状で、これらを多数重ねてカートリッジに収めることで、体積あたりの記録密度を高める。カートリッジの外形寸法は、データセンターで広く使われているLTO(Linear Tape-Open)テープカートリッジの規格に準拠しており、既存のロボットライブラリシステムへの統合も視野に入れている。

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なぜこれほど頑丈なのか?ガラスとセラミックがもたらす究極の安定性

Cerabyteのストレージがこれほどの耐久性を持つ理由は、その素材にある。ガラスは、適切ないわゆる「コールドストレージ」(頻繁なアクセスを必要としないデータの長期保管)環境下では、経年劣化に対して非常に強いことが知られている。さらに、火災、水、放射線、さらには強力な電磁パルス(EMP)に対しても高い耐性を示す。

Cerabyteが実施した加速劣化試験の結果は、その耐久性を裏付けている。摂氏マイナス273度(ほぼ絶対零度)から摂氏500度までの過酷な温度サイクルや、二酸化硫黄(SO2)雰囲気下での高温試験、さらにはEMP、紫外線(UV)、ガンマ線への曝露を経ても、データは破損しなかったという。この結果に基づき、Cerabyteは自社メディアの寿命を「5000年以上」と推定している。これは、数十年ごとにデータ移行が必要となる従来のアーカイブストレージとは比較にならない長さだ。

ただし、現時点では未知数な部分もある。ガラス自体は高温(融点は約1400℃)に耐えるとしても、極薄のセラミック層や、ガラスとセラミック層の接合部分が、例えば落下などの物理的な衝撃や振動に対してどの程度の耐性を持つのかは、まだ明らかにされていない。しかし、環境要因に対する耐性の高さは、これまでのテストで明確に示されていると言えるだろう。

5000年以上の超長期保存と驚異的な低コスト目標:データアーカイブの経済性を覆すか

Cerabyteは、単に耐久性の高いストレージを作ることだけにとどまらず、2030年までにメディアのコストを1テラバイト(TB)あたり1ドル未満にまで引き下げるという、極めて挑戦的な目標を掲げている。もしこれが実現すれば、長期データアーカイブの経済性は劇的に変化するだろう。

現在、企業や研究機関は、増え続けるアーカイブデータ(いわゆるコールドデータ)を維持するために、定期的なメディアの交換(データ移行)や、温度・湿度管理された保管施設の維持に多大なコストとエネルギーを費やしている。5000年以上の寿命を持ち、特別な環境制御を必要としないCerabyteのストレージは、これらのコストを大幅に削減できる可能性がある。データ移行の手間やリスクから解放され、エネルギー消費も抑えられるとなれば、まさにデータ津波に直面する現代社会にとって福音となり得る。

ペタバイトからエクサバイトへ、データセンターを見据える野心

Cerabyteは、その壮大なビジョンを実現するための具体的なロードマップも示している。

  • 2025年: パイロットシステム。書き込み/読み取り速度100MB/s、1ラックあたり1ペタバイト(PB)の容量を持つ初期のデモシステムを、顧客向けのリモートテスト用に提供開始予定。最大10台のロボットライブラリラックに対応。
  • 2026年: オンプレミスシステム。速度は100~250MB/s、容量は5PB/ラックへ拡張。
  • 2027~2028年: データセンター向けシステム。速度を250~1000MB/s(1GB/s)に、容量を20~40PB/ラックへと大幅に向上させる。クラウドデータセンターでの本格導入を目指す。
  • 2029~2030年: クラウドシステム。速度は1000~2000MB/s(1~2GB/s)、容量は80~160PB/ラックに達する見込み。
  • 2030年以降: さらに高密度化を目指し、レーザービームに代わって粒子ビーム(集束イオンビーム、電子ビーム、ヘリウムイオンビームなど)を用いた書き込み技術を導入。これにより、ナノ層のサイズをさらに縮小し、エクサバイト(EB)級の超大容量ストレージの実現と、書き込み/読み取り速度の大幅な向上(1TB/s以上)を見込んでいる。

また、シート状メディアだけでなく、「CeraTape」と呼ばれるテープ形式の製品も計画されており、こちらもエクサバイト級の容量を目指している。これは、既存のテープライブラリインフラを最大限活用しつつ、Cerabyte技術の利点であるランダムアクセス性と長期耐久性を実現しようという試みだろう。

同社は、これらの技術開発を支える強力な知的財産ポートフォリオを構築しており、世界のGDPの80%、データストレージインフラの85%、スマートフォンの普及率の67%、世界人口の49%をカバーする国際特許および特許出願を有していると主張している。

データ津波時代の救世主となるか? Cerabyteへの期待と課題

Cerabyteが描く未来は、非常に魅力的だ。数千年にわたってデータを安全に保存でき、データ移行の呪縛から解放され、しかも低コストで環境負荷も低い——。まさに、増大し続けるデジタル情報の長期保存という、現代社会が抱える大きな課題に対する一つの解答となり得る可能性を秘めている。

もちろん、その道のりは平坦ではないだろう。前述の物理的耐久性の検証に加え、量産体制の確立、そして目標とする低コストを本当に達成できるのかなど、乗り越えるべきハードルは少なくない。特に、テラバイトあたり1ドル未満というコスト目標は、現在のストレージ市場から見れば破格であり、その実現には技術革新だけでなく、サプライチェーン全体のブレークスルーが必要になるかもしれない。

しかし、そのポテンシャルの大きさは疑いようがない。Cerabyteの挑戦が成功すれば、データセンターのあり方、企業のデータ戦略、さらには文化遺産や科学データの保存方法まで、あらゆる領域に計り知れない影響を与える可能性があるだろう。


Sources

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