米国の厳しい制裁下にありながら、中国のテクノロジー大手Huaweiが半導体の自給自足に向けた野心的な動きを加速させている。Financial Timesが報じた衛星画像により、深圳市の観瀾地区で複数の巨大な半導体製造施設が驚異的なスピードで建設されている実態が明らかになった。これは単なる工場建設ではなく、AI(人工知能)からスマートフォンまで、重要技術のサプライチェーンを国内で完結させようとするHuawei、そして中国の国家戦略の一端を示す、壮大なプロジェクトの姿が象徴する出来事になるかもしれない。
衛星画像が捉えた建設ラッシュ:深圳・観瀾地区の変貌
百聞は一見に如かず。公開された衛星画像は、Huaweiの半導体製造拠点建設が、いかに大規模かつ迅速に進められているかを雄弁に物語っている。

驚異的なスピードで姿を現す製造拠点群
2022年に建設が開始されたとされる深圳・観瀾地区の敷地は、かつては何もない丘陵地だった。しかし、2024年1月から2025年4月にかけて撮影された衛星画像を時系列で見ると、その変貌ぶりは目覚ましい。レポートによれば、50,000平方メートル規模のクリーンルーム棟を中心に、付帯施設や冷却水プラントなどが次々と姿を現している。
特筆すべきは、その建設速度だ。業界の標準的なスケジュールでは、ここまでの進捗は大規模な製造装置の搬入(ツール・ムーブイン)開始のわずか数週間前に行われるレベルとされる。最新の画像では、屋上に設置される排気処理装置(スクラバー)の列や、大型ガスタンクがクレーンで設置される様子まで捉えられており、施設が最終的な設備設置段階(フィットアウト・フェーズ)に入っていることを示唆している。
さらに、周辺インフラの整備も急ピッチで進んでいる。敷地西端には新たな220kV変電所が4月初旬に稼働を開始し、半導体製造に適した品質の排水処理ラインが市のユーティリティ計画「プロジェクト・スターフィッシュ」に接続される計画も明らかになっている。4月下旬の衛星画像には、中国の半導体製造装置メーカーであるSMEE(上海微電子装備)やNaura(北方華創)のロゴが入ったトラックが列をなしてゲートに待機する様子も確認されており、リソグラフィ装置やエッチング装置、成膜装置といった核心的な製造装置の搬入が始まっていることの視覚的な証拠となっている。
Huawei直営工場と謎めいたパートナー企業
観瀾地区で建設が進む施設群は、単一の工場ではない。Financial Timesによると、少なくとも3つの主要な施設が存在するようだ。

そのうちの一つは、Huaweiが直接運営する工場と見られている。ここでは、同社のスマートフォン向けプロセッサである「Kirin」シリーズや、AIチップ「Ascend」シリーズといった、最先端の半導体が内製される計画だ。特に、7nm(ナノメートル)プロセスのチップ製造への挑戦は、Huaweiにとってハイエンドチップの内製化に向けた最初の大きな一歩となる。
残りの二つの施設は、それぞれSiCarrier(深圳昇印)とSwaySure(深圳昇晟)という、比較的新しい企業によって運営されている。SiCarrierは半導体製造装置メーカー、SwaySureはメモリチップメーカーとされる。Huaweiはこれらの企業との直接的な関係を公式には否定しているものの、業界関係者の間では、Huaweiがこれらのスタートアップ企業の資金調達を支援し、技術面・経営面でのサポートを提供しているとの見方が強い。これらの施設がPengxinwei (PXW) やShenzhen Pensun (PST) といった、既にHuaweiのサプライチェーンの一部とされる中国ファウンドリの施設近くに建設されている点も指摘されており、Huaweiがこの地域を「ファウンドリ・ハブ」として連携を強化しようとしている可能性を示唆している。
つまり、Huaweiは自社工場だけでなく、緊密に連携するパートナー企業群を通じて、半導体製造のエコシステム全体を構築しようとしていると考えられるのだ。
製造されるチップは? 7nmからその先へ
では、これらの巨大施設では、具体的にどのようなチップが、どのレベルの技術で製造されるのだろうか?
主力はKirinとAscend AIチップ
ここでの生産について、情報源によれば、スマートフォン向けの「Kirin」プロセッサと、AI処理に特化した「Ascend」AIチップが生産の中心になるということだ。特にAscendチップは、米国の輸出規制強化によりNVIDIA製AIチップの入手が困難になる中、中国国内のAI企業にとって重要な選択肢となりつつあり、需要が急増しているとされる。既にHuaweiはAscendチップの「数百万」規模の注文を抱えているが、既存の委託先である中国最大のファウンドリSMIC(中芯国際集成電路製造)だけでは、その需要に応えきれていない状況があるという。これが、Huawei自身が大規模な生産能力確保に乗り出した大きな理由の一つと考えられる。

7nmプロセスは確実視、5nmへの挑戦も
製造プロセスの微細化レベルについては、当面「7nm」がターゲットとなる見方が有力だ。Huawei直営工場で7nmのスマホ用プロセッサとAscend AIチップが製造されることが予想される。これは、現在SMICが製造可能とされる最先端プロセス(第2世代7nmノード、N+2プロセスと呼ばれる)と同等レベルである。
しかし、Huaweiの野心は7nmに留まらない可能性が高い。パートナー企業とされるSiCarrierは、2025年3月に上海で開催された展示会「Semicon China」で、DUV(深紫外線)リソグラフィを用いた装置群を公開し、「自己整合型4重パターニング(SAQP: Self-Aligned Quadruple Patterning)」と呼ばれる技術を駆使することで、5nmプロセス相当の製造が可能だと主張している。SAQPは、既存のDUV装置でより微細な回路パターンを描くための複雑な技術であり、実現には高い技術力が要求される。もしSiCarrierがこの技術を確立できれば、Huaweiは最先端のEUV(極端紫外線)リソグラフィ装置がなくとも、5nmクラスのチップ製造への道筋をつけることができるかもしれない。
さらに、Huaweiは究極の微細化技術であるEUVリソグラフィの国産化も視野に入れているようだ。同社の東莞にある光学技術キャンパスでは、試作段階のレーザープラズマEUV光源の試験が進められており、早ければ2025年第3四半期に試験露光、2026年には限定的なパイロット生産が開始される可能性があるという観測もある。これが実現すれば、Huaweiは名実ともに世界最先端の半導体製造能力を獲得することになるが、EUV技術の開発は極めて困難であり、その実現時期や性能については依然として不透明な部分が多い。
メモリ(HBM)製造も視野に?SwaySureの役割
もう一つのパートナー企業、SwaySureはメモリチップ、特にAIチップに不可欠なHBM(High Bandwidth Memory)の製造を担うと見られている。HBMは、データを高速にプロセッサへ供給するための高性能積層メモリであり、AIの性能を左右する重要な要素だ。WinBuzzerは、SwaySureが2025年後半にも24層積層のHBMサンプルをHuawei Cloud向けに出荷する計画があると報じている。3月に撮影された衛星画像には、銅ピラーを用いたウェハフレームやHBM3テストスタックのようなものが屋外に置かれている様子も捉えられており、HBM関連の製造準備が進んでいることを裏付けている可能性がある。
なぜ今、巨大工場なのか? 背景にあるHuaweiの戦略と中国の思惑
この巨大プロジェクトの背景には、Huawei自身のビジネス戦略と、中国全体の国家的な目標が複雑に絡み合っている。
米国の制裁が生んだ「自給自足」への渇望
最大の要因は、2019年以降、段階的に強化されてきた米国による厳しい制裁措置であることは間違いない。これにより、HuaweiはGoogleのモバイルサービス(GMS)や、TSMC(台湾積体電路製造)などの海外ファウンドリが製造する最先端チップへのアクセスを絶たれた。一時は再起不能とまで囁かれたHuaweiだが、この逆境が、逆に国内での技術開発とサプライチェーン構築への強い動機付けとなり、生き残るための力を身につけることに繋がったのだ。今回の巨大工場建設は、外部からの供給途絶リスクを根本的に回避し、半導体の設計から製造までを自国内で完結させる「自給自足」体制確立に向けた、Huaweiの執念の表れと言えるだろう。
NVIDIAに対抗、AI覇権争いの最前線
もう一つの重要な側面は、AI分野における覇権争いだ。AIチップ市場では米Nvidiaが圧倒的なシェアを握っているが、米政府はNVIDIAに対抗、AI覇権争いの最前線製の高性能AIチップ(H100や最新のH20など)の中国向け輸出を厳しく制限している。直近では2025年4月15日から、中国市場向けに性能を調整したNVIDIA H20チップに対しても「無期限ライセンス」要件が課され、事実上の輸出停止措置が取られた。
この市場の空白を埋めるべく、Huaweiは自社開発のAscend AIチップの性能向上と生産拡大を急いでいる。最新のAscend 910Cは、チップレット技術を用いて旧世代のプロセッサ2基を統合し、NVIDIA H100に匹敵する性能(BF16形式で約780 TFLOPS)を実現したとされ、2025年5月から中国国内のAI企業向けに量産出荷が始まっているという。さらに、6nmプロセスを採用し900 TFLOPS超を目指す次世代のAscend 920も発表されており、2025年後半の量産を目指している。
深圳の新工場群は、まさにこのAscendチップの生産能力を抜本的に引き上げるための拠点となる。これは、単にNVIDIAの代替を目指すだけでなく、将来的にAIチップ市場でNVIDIAと直接競合し、主導権を握ろうというHuaweiの強い意志の表れでもある。NVIDIAのCEO、Jensen Huang氏自身も、中国がチップ開発競争で「非常に、非常に近いところにいる」と認めている。
「垂直統合」への野心:サプライチェーン全体を掌握へ
Huaweiの戦略は、単にチップを製造するだけにとどまらない。これについては、SemiAnalysisの創設者、Dylan Patel氏の言葉が象徴的だ。「Huaweiは、ウェハー製造装置から(AI)モデル構築に至るまで、AIサプライチェーンのあらゆる部分を国内で開発するという、前例のない取り組みに着手している。一つの企業がすべてをやろうとする試みは、これまで見たことがない」。
深圳のプロジェクトは、まさにこの「垂直統合」戦略の中核をなすものだ。Huaweiは直営工場に加え、SiCarrier(製造装置)やSwaySure(メモリ)といったパートナー企業を育成・連携させることで、設計、製造装置、材料、製造、パッケージングといった半導体サプライチェーンの上流から下流までを、自社の影響下に置こうとしている。Wccftechが伝える関係者の話によれば、Huaweiは初期段階でこれらのパートナー企業に人材、技術、システムを提供して開発を加速させ、一定段階に達したら切り離すという手法を取っているという。これにより、外部からの投資による経営権の希薄化を避けつつ、エコシステム全体を強化できるというわけだ。
立ちはだかる壁と専門家の視点
Huaweiの野心的な計画は、大きな注目を集める一方で、その実現性については懐疑的な見方も存在する。
経験不足への懸念:TSMC、ASMLとの差は埋まるか?
半導体製造、特に最先端プロセスの量産には、長年の経験とノウハウの蓄積が不可欠だ。Guardianが引用するあるチップ投資家は、「これは国家の多大な支援を受けた大きなプロジェクトだ。しかし、中国には同じことに何十年も取り組んできた競合企業がいるが、ASMLやTSMCに追いつくことはできていない」と指摘する。Huaweiは通信機器やスマートフォン設計では世界トップクラスだが、本格的な半導体製造、特にファウンドリ事業の経験は、TSMCやSamsungといった業界の巨人たちに比べて浅い。最先端プロセスで安定した歩留まり(良品率)を確保し、コスト競争力を維持できるかは、依然として大きな課題だ。
SMICの限界とHuawei自身の挑戦
今回、Huaweiが自社での大規模生産に踏み切った背景の一つとして、既存の委託先であるSMICの生産能力や歩留まりの問題が挙げられる。SMICは中国最大のファウンドリだが、最先端プロセス(特に7nm N+2)の立ち上げには苦労しているとの報道もある。つまり、Huaweiは他社に頼るだけでは需要を満たせず、自らリスクを取ってでも製造能力を確保する必要に迫られた、という側面もあるのかもしれない。
専門家コメント:「前例のない試み」「国家支援の巨大プロジェクト」
前述のSemiAnalysisのPatel氏は、Huaweiの取り組みを「前例のない」ものだと評している。サプライチェーン全体を一つの企業が掌握しようとする試みは、過去に例がないほど野心的であり、それゆえに困難も伴うだろう。一方で、国家的な支援が背景にあることも事実であり、その資金力と政治的な影響力がプロジェクトを後押ししている面も見逃せない。
複雑なサプライチェーンと米国の監視
Huaweiの半導体プロジェクトを取り巻く環境は、技術的な課題だけでなく、地政学的な要因や複雑なサプライチェーンの問題にも影響されている。
TSMC経由のチップ入手疑惑とその否定
現在流通しているAscend 910Cチップの一部には、もともとTSMCが中国の別の設計会社Sophgo向けに製造したシリコンが、中間業者を通じてHuaweiに渡ったものではないか、という疑惑が持たれている。これが事実であれば、米国の制裁を迂回している可能性があり、米国規制当局もTSMCのSophgo向け取引について調査していると報じられた。Huaweiはこの疑惑をReutersに対して否定しており、TSMCも規制を遵守しており2020年9月以降Huaweiへの直接供給は停止していると述べている。真相は不明だが、制裁下で先端部品を調達するためのサプライチェーンがいかに複雑化しているかを示唆している。HBMのような重要部品についても、同様に複雑な調達ルートが存在する可能性が指摘されている。
パートナー企業への制裁強化
米国政府はHuaweiの動きを厳しく監視しており、その包囲網はパートナー企業にも及び始めている。米商務省は2024年12月、SiCarrierとSwaySureを「エンティティリスト」に追加し、米国企業がこれらの企業に技術を販売することを禁止した。これは、Huaweiがパートナー企業を通じて米国の技術規制を回避しようとする動きを牽制する狙いがあると見られる。
国内企業との連携:競争と協力の狭間で
興味深いのは、Huaweiが国内の競合企業からも支援を受けている可能性が示唆されている点だ。関係者の話として、「企業は支援することが期待されている、たとえそれが競合他社を助けることであっても」というコメントが紹介されている。SMICやSMEEといった企業が、国家的な目標達成のためにHuaweiに協力している側面があるのかもしれない。これは、中国の半導体産業における競争と協力の独特な力学を示している。
今後の展望:巨大プロジェクトは世界を変えるか?
深圳で進むHuaweiの巨大プロジェクトは、まだ初期段階にある。Financial Timesによれば、Huawei直営工場の一つは、約1年後(2026年頃)に稼働を開始する見込みだという。初期の7nmウェハー生産開始が2025年末までに行われ、SiCarrierの高度なDUV装置が実証されれば5nmへの道筋が開ける可能性があると予測している。
このプロジェクトが成功すれば、その影響は計り知れない。
中国半導体産業への影響と地政学的インパクト
まず、中国国内の半導体自給率向上に大きく貢献することは間違いない。特にAIチップのような戦略的に重要な分野で、海外依存から脱却できれば、中国の技術的・経済的な安全保障は強化される。また、Huaweiが最先端プロセスでの量産能力を獲得すれば、世界の半導体サプライチェーンにおける中国の地位は大きく向上し、TSMCやSamsungといった既存のプレイヤーに対する新たな競争圧力となるだろう。これは、米中間の技術覇権争いをさらに激化させ、世界の地政学的なバランスにも影響を与える可能性がある。
Huaweiの執念と技術競争の未来
一連の動きを見て、強く感じるのは、逆境におけるHuaweiの驚くべき「執念」と「適応力」だ。米国の制裁は、同社を窮地に追い込んだかに見えたが、結果的に、より強靭で自律的な企業へと変貌させる触媒となったのは皮肉としか言い様がない。もちろん、技術的なハードルは高く、TSMCやASMLといった巨人が築き上げてきた牙城を崩すのは容易ではない。EUV技術の国産化など、まだ実現が不確かな要素も多い。
しかし、国家的な支援、垂直統合戦略、そして恐るべきスピードで進む建設状況を見る限り、Huaweiの本気度は疑いようがない。このプロジェクトの成否は、単に一企業の浮沈だけでなく、今後の世界の技術勢力図を左右する重要な試金石となるだろう。我々は、まさに歴史的な転換点の目撃者なのかもしれない。
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